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亜神を倒し、道をふさいでしまった土砂を戻して魔窟の最奥に向かう。そして、最奥の部屋の一つ手前までたどり着く。中に何がいるかを確認したいところだが、洞窟内の薄暗さを考えると中がのぞけるくらいに明るくすると確実にこちらの存在がばれるだろう。
「最奥のボス相手にどうする?」
仮に奇襲するのであれば、一気に中を明るくして戦闘したほうがいい。事前に確認するために明るくすれば奇襲は無理だ。確実にこちらの存在がばれる。別に戦闘の入り方だけでなく、メリーとカリンの立ち位置や、後ろから来るかもしれない魔窟内に残った魔物の存在もある。
「四人で一気に畳みかければいいんじゃないの?」
「奇襲は悪くないとは思いますね。ただ、相手が何かわかりませんからうまくいくかは不明ですね」
「難しく考える必要はないだろ、さっと行ってがっと倒せばいいんだ」
なんというか、あまりいい意見は出ない。まあ、相手の正体もわかっていない以上仕方ないだろう。相手のことが分かっているならばわざわざ考える必要もなく対策を打つだけだし。
「じゃあ、俺が明かりの魔術を打ち込んだところで各自突入、中にいる魔物に攻撃するということで」
相手の情報がないのに事前に決めたところで仕方がない。やるだけやるしかないだろう。
俺が明かりの魔術を唱え、ボスのいる魔窟の最奥の部屋に生まれた光の玉を放り込む。持って数十秒なのでその間に明かりとなる光をある程度確保する必要があるだろう。光の弾が放り込まれると同時に全員で突入した。
目の前にいるのは下半身が高さで二メートルある大蜘蛛、上半身が六つの腕を持ち、顔に幾らかのの蜘蛛の特徴を持つ存在だ。いわゆるアラクネみたいなものだろう。アラクネは光に目をやられたのか、光を嫌うように二本の腕で顔を隠している。そのせいでこちらの突入に気づいていない。
「神儀一刀、空太刀!」
アルツが近づきながら剣を振るい、斬撃を飛ばす。斬撃は人間の体である上半身部分に当たり、大きな傷を負わせた。普通の人間なら斬り飛ばされる一撃だと思うがそんなことにはならない。恐らくは人間の体のように見えるがかなり硬質的、耐久力があるのだろう。カリンは近づいて足に切りつけているが、蜘蛛の身体は甲殻でおおわれ硬くはじかれている。メリーは入り口付近から腕や体に矢を飛ばしている。当たってはいるが刺さったりはしていない。俺は次の明かりの魔術を発動し飛ばす。暗くなったら向こうに有利になるだろう。
目が光になれたのか、アラクネが顔を覆っていた腕をさげ、こちらを見やる。一番側にいるカリンに蜘蛛の脚が攻撃を仕掛ける。カリンはそれを回避し離れた。アルツはカリンと入れ替わりにちかづいて、動いている足に乗り飛び上がる。
「神儀一刀、鬼」
神儀一刀の技を振るって上半身を斬り飛ばそうとしたところに上半身の人の頭、その口が大きく開き、アルツに向けてねばねばとした糸を吐き出した。それに巻き込まれアルツは吹き飛ばされる。
「アルツ!」
ねばねばとした蜘蛛の糸を除けることは難しいだろう。飛ばされたアルツの方に向かおうとするが、気づかれてこちらに攻撃が来る。
「"土よ"!」
地面の土を壁上に展開し攻撃を防ぐ。しかしこのまま攻撃が続くようでは近づけない。そう思っていると、後ろにいるメリーがアラクネの頭部を狙い矢を放つ。辺りはしなかったが、顔に向けて放たれた矢に気を取られメリーの方を向く。今がチャンス、とアルツの方へと走る。足の側にカリンも近づいて、今度は甲殻の隙間、間接部位を狙っているようだ。
アルツはもごもごと糸の下で動いている。
「アルツ、熱いけど我慢しろよ!」
聞こえているかどうかわからないが糸を外さなければ呼吸できない可能性もある。
「"炎よ張り付く糸を焼け"」
炎で糸を燃やす。糸だけ燃やすなんて器用なことは出来ないので火傷するかもしれない。
「あついっ!」
炎か熱か理由は不明だが粘着力を失った糸をアルツはどける。一応火傷はしていないようだ。次の明かりの魔術を使っておく。
カリン、メリーは頑張っているがダメージはない。人型の部分、手に何かの玉を持っている。先ほどは持っていなかったはずだ。
「"風よ弾丸となりて宙舞う玉を打ち落とせ"!」
あの玉はアルツに放った糸の塊と同じ、そう考えついた時点で魔術を構築した。多腕のうちの二つの腕がメリーに対して糸の玉を投げつけた。それと同時に魔術を発動し、風の弾で糸の弾を打ち落とす。
「"土よ数多の足を押さえ込み動きを阻害せよ"」
土を操り相手の行動を抑制する。足の一部を土の魔術で拘束する。先ほどからほとんど移動はしていないが、あの蜘蛛の体で部屋の中ならばどこにでも移動できるだろう。あまり活発に行動されると困る。
カリンが足が抑え込まれたことで攻撃できない。そのため先ほど攻撃されたこともあるのかメリーの側に戻っていた。アルツは拘束した土を足場に次は蜘蛛の背中に上った。
「神儀一刀、鬼振り!」
背中から横一文字に人の部分を切り裂く。人型の上半身が宙を舞い落下した。そして、大蜘蛛は死に至る……ことはなく、下の大蜘蛛の部分が暴れ始めた。
「下と上で個々の意識があるのか!?」
こういうタイプの敵は大体の場合、上半身の方が主体だと思うが、下半身の方だったか、それとも両方で独立していたのか。まあ、それはいい。大暴れし始めたことで拘束が破れそうになっている。
「"炎よ爆炎となりて焼き尽くせ"」
下の大蜘蛛の頭を狙い炎、爆発の魔術を使う。蜘蛛の頭が爆発的な炎で焼かれる。その程度では死なない、とばかりにさらに大きく暴れ出す。大暴れする蜘蛛の背中の上でアルツが行動しているのが見える。頭の上に飛び上がり、落下の加速を加えたうえで頭に剣を突き刺した。頭に剣を突き刺されたことを感じ、蜘蛛が頭を振ってアルツを振り回す。流石に剣を持ち続けることは出来ずにアルツが飛ばされた。だが、その後大蜘蛛は少し暴れたが徐々にその動きを止め、命を失った。