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「ん?」
内部を歩いているとアルツが何かに反応する。
「どうした?」
「足に何か引っかかった」
どちらの足に引っかかったかを尋ね、その足の通過した辺りを調べる。その場所をよく見ると、何か細い透明に近い白い糸のようなものがあった。
「蜘蛛の糸かな? これ」
足元に蜘蛛の糸が張られている。正直嫌な予感がする。大体こういう仕掛けは警報装置かブービートラップの類だと思う。攻撃を受ける様子はない。ならば恐らくは警報装置だ。
「アルツ、メリー、カリン。周囲に何か変な様子があったら言ってくれ。多分アルツが引っ掛けたのは魔窟に存在する魔物の警報装置だ」
「この魔窟の魔物は蜘蛛型で、糸を仕掛けていたのならその可能性はありますね」
俺の意見にメリーが同調する。メリーやカリンは魔窟ではない場所で蜘蛛の魔物と戦ったことがあったが、その蜘蛛は巣を張り待ち伏せをするタイプだったらしい。なので全員、徘徊系の蜘蛛の魔物が実際にこういう罠を仕掛けるかどうかは知らない。ただ、巣を張るわけでもないのに糸が張られているのならば何らかの役目があることくらいわかる。
俺たちは警戒して魔窟を歩く。しばらくまっすぐ歩いているが、魔物に遭遇しない。少々妙に感じる。先ほど調べた時、それほど極端に魔物が少ないというわけではなかった。特別多いというわけでもないが、もう一匹二匹に遭遇していてもおかしくない。
「魔物いないなー」
アルツが呟く。それはどこかぼやきにも近い。それでも魔物やはり出ない。しかし、しばらく歩いていると左と前に道が続いている場所の手前に到達した。そこで一匹の蜘蛛型の魔物がいた。およそ一メートルほどの大蜘蛛だ。
「よし! 魔物だ!」
アルツが駆け出し魔物を攻撃しようと剣を振り上げる。魔物はこちらに背を向けていて気付かない。そのまま攻撃を受けずにやれるだろう、と思っていたが何故かアルツが途中で攻撃を取りやめる。横の道と前後の道が交差する場所に大蜘蛛はおり、その手前までアルツが走っていた。アルツが止まった次の瞬間、横の道からあふれるように大蜘蛛が現れる。
「なっ!?」
「うわぁっ」
「ひぃっ」
いくら魔物相手に戦いなれていたとしても、なかなか生理的嫌悪感は完全にはなくならない。大蜘蛛の群れとなると流石に気持ち悪い。アルツがその大蜘蛛の群れが溢れてきたのに巻き込まれそうだったが、途中で止まっていたおかげで後ろに下がって回避していた。アルツが止まったのはあの大蜘蛛の群れを感知したからだろう。
「ハルト!」
アルツが後ろに退いてくる。いくらアルツでも地を這う蜘蛛相手に攻撃はしにくい。そのためか、こちらに攻撃をしろと言っているかのように叫んだ。
「"炎よ渦巻け留まり燃やせ"!」
かなり雑で荒い構成になったが、魔術を構築し呪文を唱え発動させる。炎が大蜘蛛の群れの真ん中で生み出されその周囲を巻き込む炎で燃やし尽くす。火力は高かったが持続時間はそれほど長くない。中心にいた幾らかの大蜘蛛は燃え死んだが、外側寄りの大蜘蛛は十数匹生き残っている。さらに炎の範囲外の無傷の大蜘蛛が近づいてきていた。
「うりゃあっ!」
一匹はアルツが剣を振り下ろし切断する。俺に跳びかかってきた一匹は杖で弾いた。ただ、あんまり遠くまでは飛ばせていない。その飛ばした一匹は後ろから矢が飛んできてその頭を貫いた。メリーの矢だ。
生き残った大蜘蛛のうちの火傷の軽い数匹が壁を伝い俺たちの下まで移動しようとしてくる。火傷の酷い大蜘蛛はあまり動ける様子がなく、そのまま放置していても大丈夫そうだ。そう思っていたらアルツが突っ込んでいく。
「アルツ!?」
「まだ奥にいるぞ!」
アルツがまだ何かがいることを告げるが、俺たちはその前に横からくる大蜘蛛へ対処しなければならない。
「"風よ切断せよ"」
風による鎌鼬の魔術を構築し、横にいる大蜘蛛達に放つ。何匹かの足を切断し落としたものの、二匹が壁に残っているうえにもう片方の壁にも数匹いる。残った大蜘蛛、もう片方の大蜘蛛が跳びかかってくる。
「"風よ"!」
簡易の魔術で風を生み出し俺に襲い掛かろうとしてきたものはある程度飛ばすことは出来た。だが、メリーたちに襲い掛かってきたのは無理だ。
「はっ!」
「くっ!」
カリンの声とメリーの声、それに剣で何かを切り裂いたような音。後ろを振り向き、メリーとカリンの様子を見る。カリンはどうにかなったが、メリーの方に大蜘蛛が掴まっており、噛みつこうとしている。
「メリー!」
持って居た杖で大蜘蛛の足をつく。あまりダメージにはなった様子を見せない。力はそこまで高くないのだからしかたない、とも言ってられない。
「やあっ!」
「うおっ!?」
カリンが剣を振って大蜘蛛を斬る。しかし、その軌道をもう少し考慮してほしい。メリーには当たらないようにしていたと思うが、俺の方が結構近くを通ったぞ!?
「ハルトさん、後ろ!」
「っ! "風よ"!」
メリーの声に瞬間的に魔術を構築して呪文を唱え発動させる。時間を少し魔力を多めに籠めて持続させ、後ろを振り返る。近寄ってきていただろう大蜘蛛の一匹がひっくり返っている。もう一体の大蜘蛛も近づいてくる。
「"風よ切断せよ"」
跳びかかってきた大蜘蛛、鎌鼬を放つ魔術を構築した俺、ぎりぎりで俺の方が早く、大蜘蛛を切断した。目の前で。
「ぎゃあああっ!?」
思わず叫ぶ。流石に蜘蛛の体液とか勘弁してほしい。とりあえず周囲から襲ってきた蜘蛛は何とか対処し、こちらの戦闘が終わる。あとはアルツを追わなければ。
アルツの言った方向に向かうと、蜘蛛の糸がかかったアルツと、アルツの持ってきた剣の突き刺さった蜘蛛の頭をした多腕の死体が転がっている。ちなみにこの剣はうちの兵士に持たせているタイプの剣だ。もともとはアルツの剣を作る目的でここにきたはずだったが、里帰りで忘れていたのでまだ新しい剣を作っていない。
「遅かったな!」
アルツが蜘蛛の糸にまみれた状態でこちらに来る。ちょっと蜘蛛の糸が地面に引っかかるのか動きづらそうだ。
「アルツ……あの蜘蛛人間を倒しに行ってたのか?」
「ああ! あいつがいるのが見えたからな!」
まあ、俺たちが後ろで大蜘蛛あいてに争っている時に襲われたら危険だっただろう。そういう意味ではアルツが向かったのは悪いとは言わないが。
「そうか……とりあえずその糸をどうにかしよう。俺もちょっと体液を洗いたいし」
「確かに汚いもんな、ハルトの顔!」
別に含んだ言い方をしているわけではないが、どこか嫌な言い方である。今は気にしないでおこう。糸と体液を魔術を使って取り去り、少しの間休むことにした。もちろん警戒は怠らずに。