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フォルティーナ・マルジエートは俺の妹だ。だが、俺はルティに対して結構な苦手意識を抱いている。それはなぜか。それはルティの俺への態度である。ルティは俺に対して愛情を見せ、尽してくれている。それは普通の家族としての愛情をもって、家族として尽くすのであれば別に苦手意識を持つようなことはない。それは家族として、兄弟として当たりまえのことだからだ。
しかし、それが異性として、その全てを捧げるくらい愛し、自身が死ぬような目にあったとしても尽くす、となればどうだろうか。それはどう考えても普通なことではない。家族でなければまだ普通かもしれないが、家族相手であれば相当異常なことだ。
はっきり言おう。すなわちフォルティーナ・マルジエート、俺の妹はヤンデレと呼ばれる存在なのである。
「……ただいま、ルティ」
ルティが挨拶してきたので俺も帰還の挨拶をする。別に妹は悪い人間というわけでもないし、よくあるヤンデレものみたいに他人に傷をつけるような存在ではない。だが、どうしても苦手意識がある。その理由は愛が重いとか、ちょっと声にこもった感情の色々とかそういうものが原因でどう対応すればいいのか迷うせいである。
いや、最大の原因は妹がヤンデレであることを知ってしまった時の事だろう。それまでは頼めば何でもやってくれるし、言うことを聞いてくれるとしか思っていなかったのだが、その頼みごとをやったことで死にかけてしまったことがある。しかも死にかけているのになお、俺のためにそれをやり続けようとしたのがどうもトラウマ気味になっているのだろう。
別に苦手意識があると言っているが、妹のことが嫌いなわけではない。普通に家族としては愛している。だからこそ、愛の重さと頼めば死んでもその頼みごとをやりきりそうなヤンデレさがどうしても苦手なのだ。
「ハルト様、ルティちゃんからハルト様のこといろいろ聞いてます!」
「ルティ……から?」
ルティが自分のことをルティと呼ばせるのは珍しい。母親ですら俺のようにルティという愛称で呼ばせるのは珍しい。しかしルティは何を話したのだろうか。
「はい! ハルト様が凄い魔術を自分で作ったこととか、ほとんど勉強しなくてもすぐにできるようになったこととか、色々です!」
ルティのことだから俺が色々とした失敗を教えたりはしないんだろう。ルティの行動原理は俺にとっていい結果になるようなことである。ならばリフィに教えるのは俺を持ち上げられるようなことになるだろう。まあ、言っていることは真実だが、前世がなければどうだったろうか。仮定の話には意味はないが、前世があったからこそできたことなので褒められても微妙な気分だ。
「まあ、それくらいは他の人でもできる人はいるよ」
「そうですか? あ、あとゴブリンキングの討伐とか、迷宮攻略をした話とかも聞きました!」
ちょっと待ってほしい。そのどちらも俺が冒険者になってからの話である。俺はルティの方を見て睨む。それに対してルティは笑顔をこちらに向けているだけだ。いったいどこで知ったのか。いや、ルティが諜報できる人員を育てて放っているだけだろう。理由は考えるまでもないのだろうが。
「まあ、一人じゃないしな。仲間と一緒だから」
「でも凄いです!」
ああ、リフィは癒しだな。こう素直な子に好意を向けられると嬉しい話だ。可愛いし、小さいし。年齢差は三つ、妹と同じ年だ。
「お話聞かせてください! ハルト様が冒険者になったのは知ってますけど、それ以外は全然知らないんです」
それはいいのだが、リフィとルティの相手だけをしているわけにもいかないだろう。婚約者との時間を大切にするのは重要だが。
「そうだな、でもそれは後にしよう。ここには俺一人で帰ってきたわけじゃなくて、仲間もいるんだ。リフィのことを紹介したい」
「ハルト様のお仲間さんですか? 会いたいです!」
リフィは以前から俺の言うことに対して素直に聞いてくれる。それは嬉しいのだが、どこか誰かの教育が入っている気がする。婚約が決まって、会った当初から友人関係の俺の妹の教育が。
「お兄ちゃん、冒険者仲間のところに行くのでは?」
「ああ、そうだな。リフィ、ルティ、行こうか」
「はい!」
リフィが元気よく答える。ああ、どこかアルツの猪突猛進差を思い浮かべる返事だ。でもアルツよりは軽いというか、元気の良さだけな感じだ。押しはそこまで強くないな。
中庭に出ると、木剣のぶつかる音が響いている。父さんとアルツが模擬戦闘を行っているのだ。流石に模擬の戦闘である以上、真剣を扱うわけにはいかない。木剣でも事故が起こる可能性はあるが真剣よりはましだ。剣のぶつかり合いは相当に激しい。こういうのは真剣ではやれないのだが実践の訓練にはなるのだろうかと疑問に思う。
周りを見ると、シェリーネとメリーとカリン、それにその後ろにメイドが二人待機している。シェリーネははらはらどきどきしながら見守っており、カリンは真剣な表情でアルツと父さんの戦闘を見ている。メリーは普通に試合を見ているような感じみたいだ。こちらではリフィが目を輝かせながらその戦いを見ている。ルティは全く表情を変えていない。事前にこちらの情報を収集しているならアルツのことは知っているだろう。
戦闘の様子を見ていると、父さんの方が優勢だ。最も、互いに技の類は使っておらず、直接の攻撃のみだ。それならば実際の戦闘経験と年季、鍛えた時間の差などがある分父さんの方が優勢になるだろう。
「ふっ!」
父さんが気合を入れた一撃で剣を弾き、喉をつく手前まで木剣をつける。アルツは負けたことを理解しているのだろう。動きを止め、剣を下ろし下がる。かなり悔しそうな表情をしているな。
「メリー、どういう感じだ?」
「あ、ハルトさん……その隣の人たちは?」
メリーに尋ねると答えられる前にリフィとルティのことを尋ねられた。まあ、知らない相手がいるのも困るか。
「それは後で、皆がそろってからな。アルツと父さんの訓練は? 一応今のは見たけど、何度かやったか?」
「今回のも含めて三戦三敗。流石緑の冒険者、強いですね」
どうやらアルツは一度も勝っていないらしい。最も、あくまで肉体での闘いのみでの話だ。技を使っていればどうなったかはわからない。最も、それはアルツに限らない話でもあるが。
「ま、互いに本気でやったらどうなるかはわからないけど、そうするわけにはいかないしな」
「そうですね。本気の強さを見てみたい話ではありましたけど……」
メリーと話していると父さんがこちらに来た。
「ハルト、アルツ君を洗ってやってくれ。着替えは持ってこさせる。リフィちゃんとフォルがいるんだ、紹介してあげろ。俺は水を浴びてくる」
「わかった」
そう言って父さんはメイドの一人を連れて家に戻っていった。あー、でもここには女性五人がいるな。
「アルツ、ちょっとこっちに来い」
「あ、ハルト。何だ?」
アルツがこちらに来る。結構な汗が見て取れるな。
「あー、女性陣はしばらくあっちを向いていてくれ」
ルティはどうするのか知っているので自分とともにリフィの顔を背けさせる。シェリーネとカリンは疑問符を浮かべている。メリーは俺と父さんの会話を聞いていたからか、ルティとリフィの様子を見て真似ている。
「え、どうしてですか?」
「なんでよ?」
「これからアルツを丸洗いするから。着替え持ってくるまでは裸だからだ。アルツ、服脱げ」
それを聞いて二人が顔を赤くして急いでアルツの方から顔を背ける。アルツはおう、と答えて服を脱ぎ始めた。間一髪、まあ、上はともかく下はすぐに脱げないからそこまでやばい事態にはならなかっただろうけど。
「抵抗するなよ、身の危険はないが息は水が収まるまで止めてろ、目もつぶってろ」
「おう!」
アルツが服を脱いで目を閉じる。
「行くぞ! "水よ渦巻き包みその身に纏う汚れを取り去れ"」
基本的に俺の使う魔術は風と火が主体で水や土の類はあまり得意ではない。だがこれは自分でもだいぶ使用して改良し、使いやすくしたものだ。水がアルツの体を覆ってぐるりと回転して汚れを取り去る。水はそのまま庭の一角にもっていく。汚れをそのまま周りに捨てるわけにもいかないし。
アルツの体を洗ったはいいが、しばらくメイドが服を持ってくるまで待つことになった。まだ寒い時期ではないので問題はなかったが、もうちょっと着替えが来るまでの時間を考えてやるべきだったと反省した。




