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小部屋までたどり着く。一応魔術で外からの攻撃に反応して一瞬防壁を張るようにしていたが、罠が無かったのであまり意味はない。もしかしたら罠がないタイプの迷宮なのかもしれないが、あったら問題なのでまた使わなければならないだろう。
小部屋の外から中の様子を見る。およそ二メートルほどの半牛半人の魔物が徘徊している。いわゆるミノタウロスだ。というか、この世界でもこの手の魔物はミノタウロス呼びだ。
「どうする?」
二人に尋ねる。基本的に小部屋にいる魔物は小部屋から出ることはほとんどない。外から攻撃して誘い出したり、迷宮内の魔物が増えすぎたりすれば小部屋から出てくることもある。だが、それは今は適用されないだろう。この場で会話しているうちはよほどの大声で話さなければ出てこない。
「早くやるぞ!」
アルツは今すぐに突撃しそうだ。だが、一応は抑えているみたいだ。
「え、えっと、えっと……」
シェリーネはどうしたらいいかわからないようだ。まあ、とりあえず今回はアルツを暴れさせよう。
「よし、三人で小部屋に入ってアルツがあいつらを引き付け戦う。俺がシェリーネを守りつつ、アルツの援護だ」
「わかった!」
「わかりました!」
アルツが元気よく、シェリーネがきりっ、と覚悟を決めた表情で強く返事をしてくる。
三人で部屋に入る。中にいるミノタウロスが入ってきたこちらに気づき、大きく鳴いて向かってくる。数は三、近くに二体、遠くに一体。
「神儀一刀、先駆け!」
部屋に入ったアルツの姿が消え、近くの一体の前にすでに剣を振りかぶった状態で現れる。この技は相手が使ってくることを知っていないと防ぐのが難しい。技を受けたミノタウロスは防御もできず、切り裂かれる。迷宮内の魔物は討伐依頼なんかがないので討伐証明を確保する必要がない。素材となる部分ならば残してとるのはありだが、必須でもないのでアルツにはやりたいようにやってもらっている。
切り裂かれたミノタウロスはまだ生きているが、流石に大きく切り裂かれ、致命傷ではないかもしれないが戦闘を続行することができる程ではなく逃げようとしている。他のミノタウロスは仲間が斬られたことに怒り、興奮した様子でアルツに向かっている。
「"炎よ無数の槍となり彼の物を焼き焦がせ"」
他の二体がアルツに向かっている間に、逃げようとしているミノタウロスに炎で構成された槍をぶつける。ふらふらとするほどではないが、ダメージにより動きの鈍ったミノタウロスは魔術で楽に狙える相手だ。槍が体に着弾、食い込みその部分を炎で焼く。その熱は触れたところから内部にまで届き、背中、内臓を焼き、逃げようとしていたミノタウロスは地面に倒れた。
アルツの方を見ると、ミノタウロスを翻弄している。テンカウントのあるアルツならば、二体相手でも全然余裕だ。すでに一体の腕を切り落としている。そして今腕を切り落とした方の足を切り落とした。左腕、左足のないミノタウロスはバランスをとることもできずに倒れる。そして、残ったミノタウロスもすぐに首を切り落とされ死んだ。倒れてどうしようもないミノタウロスも、同じく首を切り落とし、戦いを終える。
「アルツ、怪我はないかー?」
「全く問題ないぜ!」
アルツは変わらず元気そうだ。まあ、この程度の相手で怪我をすることはないだろう。大分大人しいな、と思いシェリーネの方を見ると、若干気分がよくなさそうな感じだ。そういえば戦闘慣れしていないのは知っているが、もしかしたら魔物の殺害、その光景になれていないのもあるのかもしれない。
「シェリーネ、大丈夫か?」
「は、はい……」
ちょっと表情はよくないが、そこまで無理をしている感じではない。まあ、これからも討伐に連れていくのであればこういう戦いの光景になれるのは必須だ。採取依頼でもずっと戦闘を避けられるとは限らない。
「大丈夫ならいい。えっと、ミノタウロスからとれる素材は……」
ミノタウロスなどの牛の素材は蹄、および角だ。といっても、この手の素材はある程度成長したミノタウロスでなければ意味はない。血も素材になるが、保存方法がなければすぐに悪くなるのでほとんど回収されることはない。依頼があれば迷宮を探して確保するようなかんじで、手間がかかるから報酬は良いらしい。
今回のミノタウロスからは蹄を回収した。角は長さがあまり伸びていないので無理だった。血は保存方法がない。ちなみにこの手の動物系の魔物は肉を採ることもあるが、半獣半人系の魔物は殆どの場合おいしくない。余程切羽詰まったときは食べることもあるらしいが、そもそも人型の生物の肉を食べるのはあまり好まれない。
「素材も回収したし、次に行くぞ」
「おう!」
「はい!」
その後も同じように小部屋に行き、魔物を倒す。この迷宮はどうやらミノタウロス以外の魔物はいないようだ。この迷宮はラビリンス、迷路の迷宮だが、風による探査によりわざわざ自分の足で地図を作らなくてもマッピングができている。行き止まりに当たることはないし、小部屋に行く道も最短ルートだ。本来ならもっと時間がかかっただろうが、俺たちにとってはまったく苦労がない。
「"風よ世界の形を探れ"」
この迷宮の構造、マップを把握するための魔術を使う。今回の構造の把握で、大きな空間が把握できた。この手の迷宮は小部屋と通路だけだが、一つだけそうでない場所がある。迷宮の核がある場所、そしてボスが存在する場所だ。
「アルツ、シェリーネ。迷宮の一番奥の場所がわかった。どうする?」
二人に尋ねる。アルツとシェリーネはよくわからないといった顔だ。
「どうするって、行くんじゃないのか?」
「えっと、行かないんですか……?」
「……迷宮の一番奥はボス部屋、迷宮の核を守る存在がいる場所なんだけど」
そういうと、アルツは楽しそうな表情をし、シェリーネは少し怯えた様子を見せた。もしかして二人は迷宮の奥に何がいるのか知らなかったのだろうか。
「行こうぜ、ハルト!」
「……シェリーネは?」
「あ、えっと、い、いきます!」
シェリーネが覚悟した表情で答える。アルツもいつも通りだ。
「じゃあ、行くか。ボスは……シェリーネは中に入らず外に待機な。流石に守る余裕がないかもしれないし」
絶対はないが、通路は安全だ。中に入るよりは大丈夫だと思う。
そろそろボスの部屋、迷宮の最奥の部屋に通じる通路で微かに音が聞こえる。アルツも音に気が付いて体をぴくりと反応させている。
「アルツ、聞こえるか?」
「ああ。金属の音、剣か何かをぶつけてる音だな」
流石にこちらより耳がいいのか、それともよく聞いたことのある音だからわかるのか。
「"風よ在る物を探れ"」
魔術を使用し、先の様子を把握する。しかし、わざわざ把握しなくても予想はついている。この迷宮には先行していた探索者がいた。
風による探査で先の情報が分かる。予想通り、二人の冒険者がすでに迷宮のボスと戦っているようだ。
「……すでにボスと戦ってるな」
「何!? じゃあ急がないと!」
アルツがすでにボスと戦っている人間がいるということで急いでボス部屋に行こうとする。急いでアルツにつかみかかり、先行を止める。
「待て! とりあえず待て! 冒険者間にもルールがある!」
「ルールってなんだ!?」
基本的にこういった場所では先に戦闘している場合は横入りしない、という暗黙の了解がある。別に絶対守らなければならないというわけではないが、こういったことを守らないと評判も悪くなるし、注意を受けたり評価を下げられることもあるらしい。
「……しかたない」
アルツはそれらの説明を理解し、受け入れる。本当は戦いたいが、仕方ないと言った感じだ。
「まあ、絶対だめってわけじゃない。もし危険な状態なら見捨てず助けに入ってもいいしな」
「本当か!?」
頷く。まあ、相手が危険な状態になっていれば、だ。