15
翌日。いつも通りギルドに行こうとするアルツを止める。
「アルツ、今日はギルドにはいかない……というか、依頼を受けるつもりはないぞ」
「え!? なんでだ!?」
なんでって、そもそも依頼を受けてもどうしようもないだろう。
「お前の武器が使い物にならない……ってわけじゃないが、よくない状態だろ。まず剣を買わないと」
「ああ、そうだったな」
武器は鞘に無理やり入れて持って帰った。おかげで鞘の一部が壊れている。
「とりあえず、鍛冶屋に行くぞ」
「ああ!」
アルツが返事をして、だっと走って宿の外に出て行った。相変わらず行動が早い。だが鍛冶屋の場所をわかっているだろうかあいつ。
案の定、鍛冶屋の場所が分からずすぐに戻ってくる。俺も鍛冶屋の場所を知らなかったので、いろいろと必要なものを買いつつ、鍛冶屋の場所を店の人に聞いた。
「見ない顔だな。何の用だ?」
鍛冶屋に入ると、一人の男性がこちらに用件を聞いてくる。筋肉隆々、親方っぽい感じの人だ。というか、ほかに人はいないのだろうか。相槌を打つ人間が必要だったりすると思うのだが。
「俺の剣を作ってほしい」
「……剣士か。まず、そっちにおいてある剣を試して、一番使いやすいの持ってきてくれ」
「ああ!」
アルツが元気よく返事をして剣の置いてある場所に向かう。置いてある剣は長剣、大剣、細剣、短剣さまざまだ。短剣までおいてあるのはちょっと奇妙に感じるが、本当にどんな剣が欲しいかを調べるためのものなのだろうか。
部屋の他のところに目を向ける。剣以外にも、鎧やその他の鉄製品などがおいてある。アルツを待っている間、話を聞いてみた。
基本的に街なんかの鍛冶屋の仕事は一からすべてを作るというよりは、すでに作られたものの破損の修繕や、使いにくいものを本人の手に合わせ使いやすくするのが主であるらしい。一から鉄を打ち、道具を作ることはほとんどないらしい。だから人数が少ないのだ。
実際の生産を行っているのは大きな、王都やその領地の主要都市なんかで行われている。そういえば何か聞いたことがあるような気がする。ああ、家で教育を受けている時に聞いたっけ? あまり必要性の低いことには忘れてるのもいくらかあるな。
「これだ!」
親方と話し終わったくらいにアルツが一本の剣を持ってきた。全長で百四十……くらいか? ちょっと長めなロングソードと行った所だろう。
「よし、ちょっと待ってろ。それで試し切りして技量を確認させてもらう」
そう言って、外に出ていく。アルツと俺もそれについていき、外に出る。ごそごそと親方が何やら準備し、巻き藁をまいた棒のようなものを立てる。前世、テレビなんかで刀で切断する対象としていたようなものだ。
「これを好きに斬ってみろ」
「よし、行くぜ!」
親方が言って、即断即応でアルツが巻き藁に向けて剣を振るう。横、切り上げ、横、英語のゼットを逆に辿る道筋だ。恐ろしいことに、それらを一秒かからず行っている。というか、一度横に切って不安定になっているところに切り上げ、さらに横と、普通に考えれば吹っ飛んで終わるようなものを切断しているのだ。しかも、切れ味がいいとは言えないだろう普通の剣で。ちょっとおかしくないか?
「………………」
親方も目を見開いて驚ている。流石に親方も見たことがない技量だろう。
「これでいいのか?」
「あ、ああ…………すげえな」
アルツに尋ねられ、はっとしたように親方が返事をする。ぽつりと先ほどの光景の感想も呟いた。
「なあ、お前何かの剣の流派を習っているのか?」
「ああ!」
言葉が足りない。
「アルツは神儀一刀を習っていたそうです」
「何!? 本当か!?」
「ああ!」
なんだろう。もうちょっと何か言うことはないのだろうか。しかし、アルツの返事を聞いて親方は難しそうな顔をする。
「ふーむ…………神儀一刀、となるとここの剣程度ではな」
一応親方も鍛冶屋としての矜持があるみたいで、素晴らしい技量を持つ相手にはふさわしい武器を渡したいらしい。だが、現状どうしようもないだろう。
「とりあえず、武器が必要なので。そいつの腰の剣を見ればわかると思いますけど」
「む? 見せてみろ」
親方に言われ、アルツが鞘ごと手渡す。傍目で見ても明らかにひどい。
「こりゃあ……こんな状態じゃあ、まともに扱えないな。確かに新しい剣が必要だな」
剣を見て親方の方も納得する。
「これはうちで買い取ろう。二束三文の鉄屑扱いだがな」
「ええ、いいですよ……いいよな?」
「え? ああ。別にいいぜ」
アルツはあっさりと答える。一応お前の所有物の扱いに関してなんだが。
「それと、新しい武器なんだが、一応これを調整して渡すが、もっといいところで作ったほうがいい。紹介状を書いてやる」
「……そこまでする理由は?」
「これだけの腕前を持つ奴がその辺の武器で満足しているなんてのは気に入らねえ」
職人気質という奴だろうか。
その後、アルツの持ってきたロングソードを軽く打ち直し、受け取る。その分の代金を支払う。
「これが紹介状だ」
「どこの鍛冶屋の紹介状ですか?」
「マルジエート領のだな」
「えっ」
……うちの領地の鍛冶屋だと?
「……ちょっと、マルジエートは戻れないなあ」
「理由は……まあ、いいか。もう一枚の方にいけばいい」
「こちらは?」
「王都のものだな。まあ、ここからだと結構遠いが……」
「王都かあ……」
確かに遠い。だが、一度、冒険者として行ってみるのもいいだろう。
「駄目だ!」
「うわっ!? いきなりなんだよアルツ!?」
考えているところにアルツが叫んできた。
「王都は駄目だ! いけない!」
「……なんでだ?」
「王都には師匠がいるんだ! まだ修行中で戻るわけにはいかない!」
…………なるほど。
「じゃあ、当分無理か」
「お前らなあ……」
親方が若干呆れている。まあ、個人的理由で行かない、とそれぞれが言い出すんだからそう思うのもわからなくもない。
「紹介状、ありがとうございます。機会があったら行ってくることにしますね」
「おう。せっかく書いたんだから、ちゃんと使ってくれよ?」
「はい。ぜひとも」
そう親方に答え、鍛冶屋を出た。
「よし! 試し切りだ! 討伐依頼に行くぞ!」
「今日は依頼を受けないぞ。そもそも、シェリーネをおいてきてるんだからな」
昨日の時点で今日は依頼を受けない、と言っておいてある。今日はもともと剣の用意をするつもりだったし。
「何!? 試し切りは!?」
「……依頼は受けないが、試し切りくらいならちょっと街の外に出て魔物相手に試すくらいならいい。ただし、遠出はダメだ」
流石にこれだけわくわくとしているアルツを止めるのは厳しそうだ。流石にこの辺りの魔物を狩る程度ならば問題はないだろう。
「いいのか!?」
「ああ。絶対遠出はダメだからな。近場の魔物相手だぞ」
「ああ! よし、行くぜ!」
だっ、とアルツが走り出す。俺の手を取って。
「おい、ちょっと待てぇぇ!!」
結局、そのまま連行され、魔物を狩るのに付き合わされた。アルツは始終新しい武器を喜んでいたが、巻き込まれた方はたまったもんじゃないな。