14
アルツと一緒にシェリーネと合流する。
「とりあえず、牛呑みの死体を運んでもらうために休憩所に置いてきた運搬人員を呼ばないとな」
二つの牛呑みの死体を見ながら呟く。しかし、二つとなると運べない可能性が高いな。
「わたしが呼んできます!」
「お、おお」
シェリーネが大きな声で宣言して走っていく。大丈夫だろうか。まあ、これだけ大規模な戦闘をしていたのだから、周辺の獣や魔物はどこかに行ってそうだ。シェリーネも橙の採取依頼を受けていたくらいだから相応の対応はできるだろう。
「………………」
アルツが牛呑みを無言で見て苦々しい表情をしている。
「どうした、アルツ。そんな表情をして」
「……ああ、ハルト。あいつを倒すのに神儀一刀の技を使わざるを得なかったのがな」
何を考えていると思ったら……
「それの何が悪いんだ? 相手を倒すのに全力を尽くすのは当然だろう」
「俺が冒険者になったのはそもそも修行のためなんだ。もっと強くなる、実力をつける。だけどあいつには技を使わざるを得なかった。まだまだ実力が足りてないってことだ」
なるほど。確かに技なしで倒せれば相応に実力があるということの証左になるだろう。
「技もお前の力だろ。技を使わなくても倒せるならそれでもいいだろうけど、そうでないなら技を使って倒すのは何らおかしなことじゃない。実力がない、とかじゃなくて適切な判断、行動をとるのも実力じゃないか?」
そうアルツに言うと、はっとしたような表情をしてこちらを見てくる。
「……それは思いつかなかった。技を使ってもいいんだな」
「もしかして技を使わずに戦ってたのか?」
「ああ。流石に逃げられたら困るから技を使ったけど」
「………………」
つまり全力を尽くさなかったから逃げられたということか。少し小突きたくなったが、我慢する。人間だ、一度や二度失敗することもある。流石に何度も同じことをされるとあれだが、認識が変わったから次からは……多分大丈夫だろう。
「ところで、何で剣を持ったままなんだ? 鞘に入れないのか?」
「……曲がったんだ」
アルツの持っている剣を見ると、少し歪んでおり、直剣がわずかに反っている。よく見ると欠けも多い。牛呑みに剣で挑んだ代償だろうか。流石にでかくて固い相手だしな。
「後で剣を買う必要があるな」
「そうだな。一応師匠からもらった剣だったんだが」
「……いい剣なのか?」
「いや。ただの鉄の剣だ。安く売ってたのを買った。いらないからくれてやる、って言われてもらったんだ」
師匠としてそれはどうなんだ。弟子への餞別にいいものを渡してやれよ、と思わざる得ない。
「特に思い入れがないならいいのと買い替えるか」
「神儀一刀は武器を選ばない。何でもいいぞ?」
「だからってわざわざ悪いのを選ぶ必要はないだろ? いい武器を使うのを恥じることはない。武器に頼りきりなのはあれだけどな」
武器だろうと、魔術だろうと使いようだ。技術も道具も、適切に扱えるのが一番だ。
アルツと武器に関しての話をしていると、シェリーネが運搬人員を連れて戻ってきた。牛呑みの死体が二つあることに驚いた表情をしている。
「二つ……これをあんたらがやったのか?」
「ああ。俺とアルツで一体ずつな」
よくよく考えたら、牛呑みは橙ランク、事前準備無しで桃のランクと考えると、それを一対一で倒すって相当だよな。まあ、うちはもともと親が冒険者やってたし、貴族で家庭教師付きで鍛えられたし、魔術はかなり特殊で魔力も多いらしいし。こうして考えると、神様転生もののチート入ってるんじゃないかって思うな。
「……すげえな。だけど、俺一人じゃ一つ分しか持っていけない……ちょっと待っててくれ! 休憩所にいた商人や他の冒険者なんかと話してもう一体の運搬ができないか交渉してくる!」
そう言って運搬人員は他に運搬ができる人間がいないかを探しに行った。こういうことの対処をしてくれるのはありがたい。俺だとそういう交渉はちょっと切り出せたかわからないからな。
運搬人員は商人の一人と話をつけ、運搬の報酬を出すことを条件に一体を運ぶことを了承してくれた。こういう場合の報酬はギルド側が出してくれるらしい。一つ前の町で荷物を下ろし、次の町で荷物を載せる予定だったので空きができていたらしい。流石にちょっと都合がいいな、と思ったが運んでくれるならばそのあたりの事情は気にしないでおこう。こういうこともあるからギルド側から送られる人員がいるのはありがたい。
二体の牛呑みを運び、採取物も所定の量を集め、受付に報告と提出をして依頼を完了する。流石に牛呑み二体は色々と驚かれた。というか、ギルド側も持っている情報は一体だけだったらしい。一応ギルド側の情報収集の不備を謝られたが、まあ、仕方ないと思う。自分も最初二体目を見た時は罵ったが、実際そこまでの責任はギルド側にはないはずだ。
何とかなったから気にしていない、次回はおなじようなことがなければいい、とだけ伝えて、離れてテーブルのほうに向かう。
「とりあえず、報酬をもらったら分割だな。えっと、三分割……いや、二分割でいいか?」
牛呑みを倒したのはこちらだが採取依頼を行えたのはシェリーネのおかげだ。依頼は俺たちとシェリーネの共同で行ったことになっている。基本的に三人で分割するのが一番妥当だとは思うが、チームごとに考えると二分割が正しい。まあ、もともと報酬目的というわけでもないし、そこまでこだわる必要もない。そもそもシェリーネはこちらが巻き込んだ形だ。苦労に見合った報酬をあげたほうがいいだろう。
「……えっと、その」
何か言いづらそうに、言葉を選んで言おうとしている。少し真剣な表情だ。何だろう。
「……えっと、二人、アルツさんとハルトさんはチームを組んでいるんですよね?」
「ああ、そうだな」
「……その、二人だけなんですか?」
どういう意図の質問だろう。まあ、別に答えるのはかまわないが。
「そうだよ。他にメンバーはいない」
「…………」
すう、はあと深呼吸をしている。本当にどうしたのだろう。
「あの、わたしもチームに入れてくれませんか?」
「…………えっと」
シェリーネがいきなり自分を売り込んできた。どういう意図だろう? どう考えてもうちのチームは討伐依頼しか受けないと思うが。
「駄目、ですか?」
シェリーネが不安げに尋ねてくる。
「駄目なのか? チームの仲間が増えるのは俺は嬉しいんだが」
アルツも援護じみた発言をしてくる。
「駄目っていうか、多分討伐依頼が中心になるぞ? それでもいいのか?」
そうシェリーネに言うと、少し難しそうな顔をして黙り込む。だが、すぐにこちらの方をきっと見て言う。
「大丈夫です、頑張ります!」
真剣な表情でこちらを見てくる。流石にこれで断るのはな。
「わかった。いいだろう」
チームを組むことを認めると、ぱあっと笑顔が花咲く。輝かんばかりの笑顔だ。何故そんなに嬉しそうにするのだろう。
「よし、これからよろしくなシェリーネ!」
「あ、は、はい!」
ああ、なるほど。まあ、頑張れとしか言えないな、こちらは。
「チームを組む、ということだから報酬は分割しないでチーム分とさせてもらおうぞ。まあ、個人で持つ分もしっかり渡しておくけど」
「はい。わかりました」
その後少し今後のことを話し、依頼の終了の確認、報酬の内容の確認が終わり、受付に呼ばれる。なお、牛呑みを二体倒したからか、橙にランクが上がった。ちょっと早すぎないか、とも思ったが、受付さんがここだけの話、と裏事情を話してくれた。
そもそも前回のゴブリンの巣の討伐の時点で橙に上げたかったが、そういうわけにはいかず俺たちは茶への一ランク上昇にとどめられた。だが、ギルド長としては橙に挙げたかったらしく、依頼を受けそれが成功しすればすぐに橙に挙げるつもりだったらしい。なので今回橙に上がった。
まあ、今回の牛呑みを二体、実質二人での討伐ということでさらにランクを上げるつもりだと言う話になっているらしいが。
そんな裏話を聞き、報酬を受け取りギルドを出た。シェリーネはこの街に実家があるということで、そちらに住んでいるらしい。家はもともと薬師で、親が高齢になり、ギルドの採取依頼を受けるのが難しくなったため、シェリーネがそのあとを継ぐ形で冒険者として採取依頼を受けるようになったらしい。ただ、最初はちょっと冒険者っぽいこともしたくてチームを組んだらしい。結局馴染めなかったようだが。
そんな話を帰りながらしつつ、シェリーネをアルツと二人で家まで送った後、宿に帰った。