13
全国大会、初戦の相手は魚型のドールだった。魚型のドールは空中を水中同様に動くことができる。
呼吸に関しても水中同様エラ呼吸だ。ちなみに水の中に入ると呼吸ができなくなるらしい。
この魚型のドールは高速の空中遊泳によりこちらに接近し、その体を剣のように鋭くして攻撃してきた。
ただ、予選の決勝戦で戦った祐司の犬型のドールのほうが圧倒的に速かったせいか、あっさり動きに対応し倒した。
二回戦からSランク、前回の大会のベスト8が入ってくるが幸い当たらなかったらしい。次に戦ったのは自分と同じ人型のドールだ。
人型のドールを使う相手は普段の戦いでも殆ど会うことがなく、戦うことがあってもほとんどの相手が強い使い手ではない。
そのせいもあり、普通は人型同士の戦いは経験不足でうまく戦うことができない。今回戦った相手は強さは十分だったが人型同士の戦いになれていなかった。
自分は以前ダブルスを訓練したときに蛇型ともにもう一体の人型を買った。結局人型を戦闘に出すことはなかったが、人型相手の訓練は行っている。
今も様々な術式の検証や術式を相手にした場合の訓練をつけるために使っている。
人型同士の戦いは相手が人型相手の戦い方に適応する前に倒した。人型を相手にした訓練を行っていたのが勝因だ。
そして、三回戦。相手はSランク、前回の大会のベスト8だ。
<人型使いか>
メッセージが届く。どう対応するべきか考えていると再びメッセージが来る。
<人型が相手ならば苦労はしないな。今回はあきらめるんだな>
人型への偏見は上位の人間はほとんどが持っていない。これは上位に存在する人型のドールが相当強いものでそれを経験しているからこそらしい。
全体に人型が弱いと認識されているからこそ、上位にいる人型の強さが際立つ形になっている。上位組はその時の印象で人型への偏見を完全に払拭する。
しかし今回の相手のSランクでありながら人型への偏見が残っているらしい。
<上位でも人型への偏見が残っているものなんだな>
人型の使い手として少しイラッとしてしまい攻撃的なメッセージを送ってしまった。すぐにメッセージの返答がくる。
<まだAランクにもなっていないのだろう? お前のドールを見たことがないからな。それとも普段は別のドールでも使っているのか。どちらにせよ私に勝てるほどではあるまい。ここまでは運がよかった>
確かにBランクであることは事実だ。拡張はAランクが最大だ。Sランクの拡張もあるがこれは大会の勝利者にならなければならない特殊な形なので、通常の拡張の最大がAランクだ。
自分のランクでの拡張はまだ最大ではない。Aランクの強さまでは確かに届いていないだろう。だがそれで勝敗が決まるわけじゃない。
<戦ってみればわかる>
<そうだな。私のほうが強い。お前を倒して証明するとしよう>
戦闘エリアを見る。ユアの前に存在するドールは三頭の巨犬。これを表すのにふさわしいのは神話における冥府の門番、ケルベロスだろう。
まるで神話に対するかのような印象を受ける。見た目が持つ威圧感はこれまでのものとは比較にならないほどだ。
「ユア、最初から全力で行くぞ」
『はい』
戦闘開始の合図が鳴る。それと同時にユアが飛び出す。相手の真正面だ。
正面の首が即座にその動きに反応し、首から炎を吐き出す。
「水を纏え!」
『はいっ!』
魔力変換により体を覆う魔力を水に変換する。炎を防ぐが、熱量が高い。すぐに蒸発してしまうだろう。
だが、ユアの飛び出した勢いは炎の勢いである程度そがれたが、そのまま炎を突っ切って正面の頭に攻撃しようとする。
しかし即座に右足の攻撃が飛んできた。ユアが攻撃を防ぐがそのまま右の頭部がこちらを向く。その口が開く。
「着地したら退け!」
『っ!』
攻撃を受けたユアが地に着くと右の頭部が炎を吐く。同時に後ろへと跳躍したが、わずかに炎のダメージを受ける。
「大丈夫か?」
『何とか大丈夫です。問題ありません』
はっきりと火傷に見えるダメージはないが、確実に少しの間炎にのまれている。見えないダメージがどの程度かはわからない。
しかし先ほど正面の頭が炎を吐いている中を突っ切った時に即応してきた。正面の頭部からは見えていなかったはずだ。
つまりそれぞれの頭部で見た情報も把握しているということになる。まあ、そうでなければ三頭の意味もないだろう。
三頭それぞれが攻撃でき、それぞれが入手する情報は統合され全体で対応される。回り込もうにも左右の頭がこちらに攻撃を仕掛けてくるのは確実だ。
厄介どころじゃない。現状対応ができそうにない。
「どうすればいい……?」
対処法が思いつかない。祐司の時もそうだが、単純に強い相手に人型は勝利を取りに行けない。
人間は素の能力ではほとんどの獣と戦って勝つことは難しい。だが、人間は知恵を使う。様々な武器や技術だ。
だが、槍一本を持ったところ、炎のついたたいまつを持ったところで象を倒せるか?
単純にとんでもなく強い相手に武器や技術を持って挑んでも勝つことはできない。
『マスター』
「ユア? なんだ?」
考え事をしていたせいか、少し時間がたっている。ユアの体にいくらか火傷の痕が見える。
何度か攻撃を受けたのか、相手に挑んでいたのか。こちらの指示がない間も行動していたようだ。不甲斐ない姿を見せたようだ。
『私に少し考えがあります』
「考え?」
『はい。ただ、マスターの許可なしでやるわけにもいかないので……』
「……好きにやっていい。こちらはいい案が思いつかなくてな」
『わかりました』
「悪いな、頭の悪いマスターで」
『そんなことないですよ』
ドールに任せるしかないというのはマスターとしては三流以下だろう。
ユアは戦闘の最初と同じように正面から突っ込む。それは最初のやり取りの焼き直しだ。
ただ、今回は纏う魔力が最初より多い。ユアの意図は不明だが、それが何かの役目を果たすのだろう。
炎をユアが突っ切る。最初と同じように相手から右腕の攻撃が炎を突っ切ったユアに振るわれる。
それをユアは何も対策をせず受けその体を宙に躍らせ、吹き飛んだ肉体が消失した。
その吹き飛んだユアと同じ行動をとったユアが遅れて現れる。いや、最初から存在していたのだ。
全部を見てユアの行動の内容が理解できた。これは魔力変換を利用した、かなり特殊な普通は思いつかないような手だ。
魔力変換で自分の肉体を作り出せることはすでに実証している。そう、ユアは魔力変換で自分の肉体全てを作り出したのだ。
魔力操作は能力など魔力を使用したもの全般に作用でき、魔力変換した肉体の操作を可能とする。
自分の前に自分の肉体を作り出しそれを魔力操作で操作、あいてにそれを攻撃させる。そしてそれに追随して遅れて自分が攻撃に入った。
もちろん左右の頭部からはユアの姿を見ることができる。しかしそれは正面の頭部よりは見えるというだけのようだ。
炎にまかれたユアは魔力変換で体の表面を火に擬態した。厳密には完全な擬態は不可能だが、火にまかれている状況で何とかごまかせる程度に、ではある。
だがそれで十分だった。その僅かなごまかしでもかまわない。相手に攻撃を空振りさせることができれば。
最初と同じように右側の頭部がこちらを向く。最初と違うのは右側の頭部にユアが迫っている点だ。
右側の頭部が口を開け炎を吐こうとする。しかしそれは間にあわない。ユアの全力の魔力強化の攻撃が右側の頭部を完全に粉砕した。
右側の頭部を粉砕した後、相手の右側にできた隙をつくことで何とか勝つことができた。
三つの頭部で一つの意思という存在であったためか、その一つを失うことがかなり大きな影響をもたらしたらしい。
今までこういったことはなかったせいかかなり戸惑っていた。
戦闘が終わった後、メッセージが届いていた。
<勝利おめでとう。お前の実力を認めよう>
上から目線のメッセージだ。だが、実力を認めると書かれている。相手を倒し認められるというのは最初馬鹿にされていただけに少しうれしい。
<ベスト8おめでとう>
そのメッセージ内容を見て、自分が上位8名に入ったことに気づいた。
これだけで十分だ、と思う部分もある。だが、やはり優勝を目指すべきだろう。やれるだけやろう。