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「さすがにちょっと遠出しすぎか……」
そろそろ夕方に差し掛かる頃合いだ。森の中とはいえ、日の傾きはある程度分かる。まだ暗くはなっていないが、そのうち暗くなるだろう。帰るならばもうそろそろ帰らなければならない。
「そろそろ戻るぞ」
「まだまだ俺は行けるぞ」
アルツが大丈夫でも俺が大丈夫ではない。
「アルツは全然体力が有り余っているのかもしれないが、俺はそろそろ疲れてくる。魔術も結構使っているしな。次のゴブリンを倒したら戻るぞ」
「……それならしかたがないな」
まだまだ俺は行ける、といった感じで若干不満顔だ。だが文句は言わせない。
「"風よ形ある者を探せ"」
俺はまたゴブリンを探しに何度も使っている魔術を行使する。
「ん?」
ゴブリンを発見したのはい。だが、ゴブリンと同時に別の存在も感知した。この存在を探知する魔術は条件を人型に近いことを条件としている。そのため、ゴブリン以外の人型の存在ももちろん探知する。いや、つまりは人間も探知するってことだ。
それ自体は問題ない。問題は探知した人型の存在が、もう一方に人型の存在に追われているような状況だったことだ。具体的には、女性の人型がゴブリンらしき人型に追われている状況だ。
「アルツ、北西、六百メートルほど先にゴブリン、あとそいつらに人が追われている」
「何!?」
俺の言葉を聞き、アルツが叫ぶ。
「それ大変だ! 急ぐぞ!!」
アルツは考える様子もなく、一歩踏み込み、一気に素早くなって言った方向へと駆けていく。
「あ、おい! ちょっと待て!」
こちらが止める暇すら与えられない、速すぎる行動の選択だった。
少女が森の中を走って逃げている。結構な距離を逃げていたのか、はあはあ、とすでに疲れて息を切らしている。後ろを振り返ると、まだゴブリンが自分にめがけて迫っている。
少女は最近森の中でゴブリンが増えている、という話を聞いていた。しかし、実際に出会うことになるであろうとは思っていなかった。ゴブリンについての知識は少女にもある。女性を攫い、その胎を借りて子を作る。自分が捕まってしまえばひどい目にあうことになることを理解している。だから必死に逃げているのだ。
少女は必死に逃げているが、少女とゴブリンでは体力の差は歴然だ。このままでは少女が疲れ切ってゴブリンに追いつかれることになるだろう。少女はそれをわかっているが、自分の村に逃げようにも、ゴブリンたちを連れ帰ったまま逃げるわけにもいかない。
「きゃっ!?」
どこに逃げてゴブリンたちをまけばいいのかを考えながら走っていると、疲れていたせいで途中に出ていた木の根に足がひっかかり、倒れこんでしまう。すぐに立ち上がろうとするが、今まで走ってきた疲れが走ることをやめたせいで一気に襲い掛かり、彼女の立つ気力を奪う。
「早く、逃げなきゃ!」
少女も倒れたままではいけないことは理解している、だが、疲労のせいでその意思に体が追い付かない。すでに少女が立ち上がる前に、ゴブリンたちが少女に追いついていた。
ゴブリンたちは少女を攫おうと、その手を伸ばす。
「いやぁっ!!」
目の前に迫るゴブリンたちに少女が叫ぶ。このまま自分はゴブリンたちに連れ去られひどい目にあう、少女はどうすることもできないと思い、目を瞑る。
「神儀一刀!」
遠くから、大きく叫ぶ声が少女の耳に届く。
「先駆け!!」
ぎゃあっ、とゴブリンの叫びが響く。今まで少女を追っていた時にはありえない、苦痛や驚きが混じった声だ。何が起こったのかと少女は目を開けて目の前の光景を見る。
そこにあったのは、一体のゴブリンの死体とその死体を作り上げた、自分を背中にかばう男の姿だ。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい! 大丈夫です!」
目の前の男が少女のほうに軽く視線を向け、尋ねてきた。少女はどぎまぎとしながらも、自分の無事を伝える。男はその答えを聞きにっ、と笑う。
「ならよし。あとは俺に任せろ!」
男が少女に向けてそう言うと、ゴブリンに向けて駆けだした。先ほどゴブリンを倒した時のように、瞬く間に残りのゴブリンを男が倒す。
「……………………」
少女はどこか呆けたよに、ぽーっとその姿を見ていた。
早い。そして速い。アルツの馬鹿、人を置いていくんじゃない。下手したら場所が分からなくなるだろうが!!
俺は先に行ったアルツを追う羽目になっている。いきなりダッシュで、しかも走り始め以降は普段の速度の十倍の速さだ。普段も早いのに、どうやって追いつけと言うのか。
アルツが見せたあの速度の上昇は、恐らく最も有名な神儀一刀の技、テンカウントだろう。あの技はどこの神儀一刀の流派でも学ぶもので、その効果も有名だ。神儀一刀の圧倒的な強さはこの技一つで十分理解できるほどだ。
まあ、有名だからこそ、対処法も普通に考えられている。要はただ速いだけなのだから、対応はできる。他の技と合わせられると分からないところだが。
風による探知を展開したまま、アルツを追う。倒れた少女をアルツが助けるところまでばっちり確認できている、
しばらく走り、ようやくアルツに追いつく。
「ハルト! 遅いぞ!」
「お前が早いんだ!! テンカウントも使われて追いつけるはずもないだろ!!」
アルツが文句を言うが、あれを使われれば普通の人間に追うのはほぼ無理だ。
「とりあえず、討伐部位の回収だな……しかし、暗くなってくるか」
人助け、ということでこちらに向かったが、少々戻るには遠い。
「今日はその辺で野宿でもするか?」
「野宿か。俺は別にいいぜ」
アルツはまるで気にしない様子だ。そういう所はありがたい。
「あ、あの!」
アルツの助けた少女がこちらに声をかけてくる。いや、こちらというよりはアルツにだろう。
「私の村に来ませんか? 野宿するのは大変ですし、助けてもらいましたし。結構近くなんです」
「おお、それはいいな! ハルト! 村に泊まれるぜ!」
こいつはもう少し何とかならないのだろうか。いや、そう言うことに対する機微があれなのはもうわかっていることなのだが。
「……俺も泊まっていいのか」
「えっ、あ、はいもちろんです」
あ、といった感じにこちらに気づいた少女。いや、別にいいんだけどさ。こういう場合はなんというんだろう。吊り橋効果ではないの確かだと思うが。
「とりあえず、村にいこうか。そろそろ本当に暗くなるし、またゴブリンが出る可能性もある」
「そうだな。行くぜ、えっと……名前何だ?」
アルツが少女に名前を聞く。
「私はマリエッタです。村はこちらです」
マリエッタが村への案内を始める。その前に、念のため魔術を行使し、ゴブリンが近くにいないかどうかを確認し、案内を追った。