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「よしっ! ゴブリン退治に行くぞ!!」
ギルドを出たとたん、元気よくアルツが何処かに走っていく。どこに行けばいいのかわからないのに走っていくのはなんでなんだろうな、本当に。あの思い立ったら即行動的な性格は矯正しないとだめだな。
とりあえずアルツのことは放っておいて、ゴブリンを退治に行くのに必要なものを買うことにする。武器や防具はお互い既に装備しているので必要はなさそうだが、例えばゴブリン討伐の証明の鼻を切り落とすため、討伐証明や素材の回収に使うための短剣とかだ。近場とはいえ、もしかしたら何かがあって森に滞在する可能性も考慮すれば簡易の寝具や火起こしの道具、保存食なんかも必要だ。
あまり物を持ちすぎると持ち物が圧迫されて戦闘しにくかったり、素材の持ち帰りができなかったりするからあまり買いすぎないように、本当に必要なものだけを買うようにする。
そうしていると、アルツが戻ってくる。
「ハルト! 場所が分からない!」
「わかったから、もっと小声で話せ。周囲の迷惑になるだろう」
「しかしだな、ハルト!」
「アルツ」
少し声に怒気を籠めて強く言う。流石にその籠められた意思は感じられたのか、むぐっ、と言葉を止める。
「アルツ、人の話は聞いて欲しい。今までどうだったのかは知らないが、まずその大声と何か思いついたらすぐ行動するのは直すべきだ」
「…………何でだ?」
「基本的に大声はうるさくて人の迷惑になる。すぐに行動するのはそれを行うべきか、本当にしていいのか、正しいことなのか判断する前にやってしまうことになるからだ。それで困ることになったら嫌だろう?」
「……そうだな」
「だから、声は俺が話しているくらいの声量で話してほしい。行動するときは、何をするつもりなのか、何をしたいのか教えてほしい。今までどうだったのかは知らないが、これから俺たちはチームで行動するんだ。相手の行いが自分に取って迷惑になる可能性があることをしっかり考えてほしい」
「……わかった。努力する」
アルツはちゃんとこちらの話を聞いてくれた。何故あんな行動指針というか、性格というか、そういう状態だったのかはわからないが、これかは改善されるだろう……改善してくれるよね?
「それで、ハルト。早くゴブリン退治に行くぞ」
「その前にいろいろとやることがある。ゴブリンをただ退治すればいいわけじゃないぞ」
「何? そうなのか?」
……わかってくれたのは嬉しいが、今度は頭が足りないのを何とかするべきか。一応ギルドで教えられるし、ギルド手帳にもいろいろ書いてあるんだが。ああ、そういえば文字が読めないんだったか。一般的に文字が読めるのはある程度勉強できるだけの土台がある家だからな。アルツがどの階層の出身かは不明だが、文字を学ばない層の人間が冒険者をやることは少なくないはずだ。
「……これからいろいろと教えてやる。わからないことがあったらちゃんと聞くように」
「わかった。なんでゴブリン退治に行かないんだ? やることってなんだ?」
……もしかしたら脳筋というやつなのだろうか。神儀一刀を学んで使える以上、戦闘は優秀なはずだよな。
あの後、アルツに討伐証明を確保したり、素材を確保するのに必要な短剣などの道具の必要性、物を入れておくための袋などの必要性、いざというときのための保険、安全のための道具の必要性など、色々と教えることになった。
討伐証明が必要な理由も聞かれた時はさすがにどうかとも思ったが、ちゃんと教えれば理解してくれている、ような反応はしてくれている。本当に理解してくれているかどうかは不明だが。
あの後傷薬、毒消し、包帯などの応急的な傷の治療に使う道具も購入し、ようやくゴブリン討伐に出ることになった。それを伝えた時は大きな声で喜んだのできっちり叱る羽目になった。
ゴブリン。一般的なイメージでは悪いことをする妖精、魔物の部類と考えられるような生き物だろう。最近はファンタジー系の創作の最初の相手、雑魚敵として書かれていることが多いと思う。作品によっては、人間の女性を攫い、その女性を孕ませて子供を産ませるような設定が付け加えられているような感じだ。
この世界ではその設定を加えられた、人間に対して敵対的な小鬼の魔物というのが主な見方だ。
何故、ゴブリンという生物が今も生きているのか。普通はこういう人類に対して敵対的な種族をわざわざ生かすことはない。もちろん、この世界でも見つければ討伐、巣を見つければ巣ごと全滅させるのが一般的だ。しかし、それでもまだゴブリンという存在が生きている。それはこの世界における魔物の生まれ方の問題だ。
この世界の魔物は一般的な生殖でも増えるが、魔窟と呼ばれる魔物の生まれる洞窟が時折どこかに生まれ、そこから湧いて出てくることで増えることもある。こういった魔窟は場合によってはそこから出てくる魔物の巣になったり、大きなものは迷宮化することもあるらしい。そういったものが存在するせいで、魔物をいくら狩っても完全に全滅することはない。
ゴブリンはあまり有用な素材となるような生物特徴がないため、討伐して数を減らしたことだけが貢献となる。ゴブリンは高い繁殖力を持ち、雌のゴブリンは妊娠してから二週間で子供を産むという。人間の女性であれば一月ほどに伸びるらしいが、かなり早い。そのため、増えるときは爆発的に増える。ちなみにゴブリンは毎日生殖行為を行うらしい。何でも性欲が無駄に強いのだとか。
強さがさほどでないため、狩りやすいのだが、多くの場合はゴブリンは三から五くらいのグループを作って行動している。まとまっているため、討伐数を増やすのは楽だが、集団戦闘となるのが厄介なところだ。
「他にもメイジやホブゴブリンという上位種の存在、キングなんかの最上位の存在、クイーンは確認されていないが、いるのではないかともっぱらの話で……」
「ハルト、さっぱりわからん」
アルツにゴブリンに関しての諸々の話をしていたが、流石に色々と知識を詰め込まれたせいか、頭が痛くなっているようだ。まあ、少し話しすぎたか。途中で脱線もしたし。
「重要なのは三つ、見つけたら殺せ、弱いが数だけは多い、普通のゴブリンじゃないのには注意しろ、だ」
「それだけ簡単ならすぐにわかるな」
ゴブリン自体は数だけは多くて弱いから、捕獲して色々研究されつくしたらしい。何故うちにゴブリン大全とかあったのだろうか。読み物としては面白かったけど。
「それで、ゴブリンはどこにいるんだ?」
「目撃証言自体はこの森だな。場所は明確じゃないし、一匹見たら百匹はいると思え、って言われるくらいだ」
ゴキブリ以上だ。食事とかはどうしているんだろう。生態系に影響が出ていたりしないだろうな。
「……見当たらないぞ」
「俺が探す」
剣のように腰に下げている杖鞘から杖を取り出す。魔術を使う人間にとって杖は魔術発動の重要な触媒であり、魔力を通すことによって物理的な攻撃力を持たせられる武器だ。
「"風よ形ある者を探せ"」
術式を構築し、呪文を唱え魔術を発動する。俺の使う魔術は発動が早く、魔力の消費が少ない便利なものだ。その魔術を使い、風を森に展開し、人の形を持った存在を探す。
ゴブリンは小鬼、というくらいでその身長は子供くらいの大きさだ。頭には小さいが角が生えている。そんな特徴を持ち複数で纏まっている存在を発見できればそれがゴブリンたちだ。
風を結構遠くまで展開し、ようやくそれらしき存在を感知した。
「西にだいたい一キロメートル行った所にいる。相手に気づかれないよう、注意していくぞ」
「わかったぜ」
アルツの返事を聞き、見つけたゴブリンたちを確認しにそちらへと向かった。