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<まさか本当に決勝で戦うとは思わなかったな>
<それはこちらの台詞だ>
メッセージでやり取りをする。全国大会であれば専用の電子空間なのでお互いに許可をすれば相手の姿を見ることができる。
今回は県大会なので少し特殊な形態ではあるものの、いつものバトルと同じような形になっている。
なので相手の姿を見ることはできない。ただどちらもメッセージでしか言葉をやり取りできないことには変わりないが。
<今回の俺はマジで本気だ。ポチを見てビビんなよ?>
<わかったわかった。こっちも前のように軽い感じにはならないから安心しろ>
<なんだよその反応。いいぜ、そっちがその気ならこっちはいきなり本気で行かせてもらうさ>
不吉だ。嫌な予感がする。祐司のこのメッセージに危機感を覚える。
ユアには戦闘に入ってすぐに攻撃が来るかもしれないと言っておこう。
戦闘エリアを見るとそこには前に見た犬型のドールがいる。しかしその大きさはあの時見た普通の犬のサイズとは違い、少し大きな虎位のサイズだ。
大きさを変える術式を刻んであるのは確実だ。大きさの変更に筋力強化でも刻まれていれば相当に攻撃力、防御力は高いと見えるだろう。
「ユア。戦闘に入ってすぐに攻撃があるかもしれないから今から警戒しておいてくれ」
『はい。攻撃して来たら攻撃で対応しますか?』
「いや、相手の強さを確認するためにも防御のほうがいいな」
『わかしました。防御で対応します』
とりあえずこれでいい。そのまま戦闘の合図が鳴るまで待つ。
ピリと、緊張感を感じる。今までは誰か知らない相手だったからか感じなかった。
今まで長い付き合いを持っていた友人だからか、本当に真剣に戦うことを考えているせいか。
そして戦闘の開始時間が来る。
それは暴風だった。いや、本当に暴風だったわけではない。ただそれを見た印象がそうであったというだけだ。
ドン、と大地を蹴った跳躍、その勢いのままに振るわれたその前足がユアを吹き飛ばした。
「ユア!」
『っ! 大丈夫、です! 何とか防ぎました!』
確かに攻撃は防いだが、その腕甲は大きくへこみ、防御手段としても攻撃手段として使うことは難しい状況だ。
恐ろしく強く速い一撃だ。その影はとらえることができたが、こちらが反応できないほどの速さだ。
「魔力強化、体全体と脚力、それに神経と視覚!」
『はいっ!』
少なくとも相手のことを目で追うことができ、攻撃に対しての反応速度を上げなければ勝負にならない。
強い。単純戦闘だけでこれほどの強さなのは恐ろしい。だが、これだけの強さを持つ、持てるのには理由があるだろう。
誰でもこれだけの強さをドールに持たせられるのならそうしているはずだ。これだけの強さを持たせるのに何かを犠牲にしている。
「回避を優先! 攻撃は無理してするな、当たらなくてもいい」
『わかりました……でも攻撃しなければ勝てないのでは?』
「勝つための手段は回避しながら考える。まあ、想像通りなら大丈夫だ」
相手が一気にこちらに走り寄ってくる。こちらのスピードでは逃げるのは難しいが、相手の攻撃をギリギリ回避できる程度には対処できている。
だがギリギリだ。少しでも動きが鈍れば攻撃が当たってもおかしくない。
ドールには体力消費による疲労なんてものはないが、精神の疲労はあるらしい。ギリギリの回避を繰り返せば精神の疲労により動作に鈍りが来るだろう。
予想以上に攻撃が激しい。すぐに精神の疲労の兆候が見える。一度仕切り直した方がいい。
「魔力変換、全体で炎! その後退避だ!」
ユアの体が一気に炎に包まれる。相手はそれに怯んだように一瞬動きが硬直し、攻撃の手を止める。
それと同時にユアが相手の攻撃範囲から下がる。まだ直ぐに相手が詰めれる範囲だ。だが、攻撃をしてこない。
メッセージが来ている。
<流石だな智治、強いな。だけど俺のポチも強いだろ?>
<まさかここまで強いとは思わなった。だけどいいのか、攻撃してこなくても>
<少しだけだ。そっちも少し休めるほうがいいだろ>
<でも時間がないだろ? お前のドールには>
<……お前にはお見通しか>
これだけの強さをドールに持たせるには普通のやり方ではそうはいかない。だが、手段を選ばなければ不可能ではない。
ドールの能力は魔力を消費する。筋力強化は刻んだ術式で行われる常時強化が普通だが、戦闘中に魔力を流すことでさらなる強化が可能だ。
ただ、この筋力強化は維持するだけでも魔力を消費する。ユアの魔力強化はこのタイプだ。
そしておそらく祐司のドールもこのタイプの強化を使っているのだ。獣型は魔力量が少ない。これほどまでに強化をしていれば、ドールの戦闘時間は少ない。
ドールの戦闘は最大30分と決められている。あまり魔力消費をしなければある程度術式を刻んだ獣型でも十分に持つ。
だが、これだけの強化であればその半分も持たないだろう。ユアに全力の強化で対応させていれば確実にこちらが相手の魔力切れで勝利できる。
<逃げ切れればこちらの勝ち。追いつかれればお前の勝ちだ>
<魔力切れが先か、倒されるのが先か。行くぜ>
その祐司のメッセージを合図にしたかのように犬型のドールが動く。ユアはその攻撃を回避する。
攻撃と回避の応酬だ。こちらの回避が失敗するのが先か、相手が力尽きるのが先か。短い持久戦が始まった。
<あーあ、負けちまったな>
<何とか勝てたな。だけどもう二度と戦いたくないくらい強かったよ>
<そういってもらえると嬉しいぜ>
薄氷の勝利、といったところだろうか。こちらが負けてもおかしくないくらいにギリギリだった。
<全国大会頑張れよ>
<ああ>
全国大会。そうだ、この戦いは県大会の優勝戦だ。祐司と自分、どちらかの全国へ出場を決める戦いだったのだ。
……自分は祐司に勝ったのだ。全国大会も、相手に恥じない全力の戦いをしなければならないだろう。