17
真っ白な世界、大地以外の物が見えない世界で優樹は目を覚ます。
「……ここはどこだ?」
優樹がこの世界に来た時と同様に先ほどの場所とは違う所にいるが、今回はその時とは違うように感じられている。最もそう思った理由は不明である。ただ漠然と自分のどこかでそう感じているというだけだ。
白い世界は太陽も存在しないのに明るく、地平線の彼方にも何かが存在するようには見えない。風も吹いていない、そもそも空気すらないようにも思える。自分の体の感覚は存在するが、実在感、現実感が何処か足りない。一番形容するのが正しいとするならば夢の中が近いと優樹は感じた。
「よう」
後ろに突然気配が現れ、その気配が声をかけてくる。いきなりの声かけに優樹は振り返る。目の前にいたのは何処かで見たことがあるような感じがする男だ。優樹はどこで見たことがあったか、全く思い出せない。ただ、何かがその時にあったようなことは感覚的に覚えている。一体なんだろう、と優樹が思い出していると、優樹の前にいる男が話を続ける。
「返事ぐらいしろよな。ったくよー」
優樹に話しかけたのに何も言ってこない様子に少しイラついているようだ。しかし、相手もすぐにその態度を捨て、再び優樹に話しかけてくる。
「なあ、お前この世界について知りたくないか?」
何故目の前の男がこの世界が何なのかを知っているのは疑問だが、優樹としてもいつまでもこの世界にいるわけにはいかない。そういえばここに来る前にセシリエと話していたな、と優樹は思い出す。ならば早く元の世界に戻る必要があるだろう、と男の話を聞くことにした。
「知りたい。教えてほしい」
優樹の答えに男は口の端を吊り上げる。どこか嫌らしい笑みだ。
「おお、教えてやろう。ここはお前の心の世界、いやちょっと違うな。お前の存在の内側だな。ここに来る前にお前は世界樹の実を食っただろう? あれにより存在が拡張、強化されてこの世界ができた。ただ、存在の強化がされたのはいいんだが、それにまだ適応してないのが現状だな。だからこの何もない存在の内側の空間に精神、魂、存在と呼べるお前自身が落ちてきたんだ」
男の言っていることは優樹には分からない内容が多い。ただ、この世界は心の中の世界、優樹がこの世界に来る前に食べた世界樹の実というものが原因である、とかみ砕いて理解した。しかし、男の話を聞く限りではこの世界のことはある程度分かってもどうやって出ればいいかわからない。
「この世界から出る方法は?」
優樹が男にここから元々いた場所に戻るためにどうすればいいか聞くと、男はうなりつつ頭に手をやる。悩んでいる、考えているようだ。
「あー……そうだな、お前がこの世界の主になれば戻るだろうよ。ようはこの広がった存在の内側が誰かに掌握されていない状態だから精神とかが誘い込まれたんだ。だからこの世界の主になれば、お前の体……に戻れるだろうな」
男はそういうが、優樹はその方法がわからない。優樹はどうすればいいのか悩み始める。男はそんな優樹の姿を見て軽く笑う。
「まあ、お前がそれを気にする必要はねえよ」
何を言っているのか、と優樹は考え事に向けていた思考を男に向ける。にやけた男の顔が見え、同時に胸に衝撃、痛みが走る。優樹が自分の胸の方を見ると、そこには剣が心臓付近を貫いて刺さっていた。
「……え?」
胸を突き刺されたというのに痛みは薄い。しかし、それを見た瞬間に意識は一瞬だけゆるみ、前のめりに倒れそうになる。何とか膝立ちで抑えたが、一体何が起きたのか。いや、何が起きたのかはわかる。目の前の男が優樹を刺したのだ。改めて優樹は剣をよく見ると、それは自分が武器として使っていたどこからともなく出現させていた剣だ。何故この男がその剣を持っているのか。
「はははははははっ! お前の体は俺が利用させてもらうからよっ! まったくせっかく世界でいろいろ遊んでいたところに他所の世界神、しかも世界統括存在とかいう大物が出てきて追っかけてきやがった。おかげで死んじまったよ糞が!」
そう言って八つ当たり気味に優樹を蹴り飛ばす。優樹は抵抗できずに吹き飛び、仰向けに倒れる。いったい男が何を言っているのか優樹には理解できなかった。ただ、男の言葉を聞く限りでは自分の体を使うと言っている。それはどういうことなのか。
「ただ、あいつらは俺を殺した時に巻き込んだお前の存在を修復するために俺を使った。それが誤算だったな。おかげで俺という存在はお前の中で生き残り、お前が世界樹の実を食ったことでその影響が俺にも及んだ。おかげで復活の機会を得たっていうわけだ! はははははは、お前にわかるか? わからないよなぁ! お前はただの人間で、俺はもともと神という存在だ! お前の知らないところでいろんな存在が色々やってるんだよ! お前の中でいろいろ見ていたが、俺の力を得たくせに全然碌な使い方もできてねえし、こんなやつに混ざったのかと思っていたが、まさかこんな大逆転が来るとはなあ……あいつらに復讐したいところだが、まだ無理だな。今は力を溜めるしかねえか」
優樹はその男の言葉をどこか遠いところで聞いている。理解できない内容が多かったが、なんとなく優樹の心、記憶のどこかで失われていた情報が欠けているところにはまっていくような感触を感じていた。
男はいまだに自分がこの世界にいることに眉をしかめていた。優樹がいまだに死なないからだ。優樹が死ねばこの世界は男のものになる。そして実在するこの男の体をすべて掌握し、世界に神として戻れるはずだ。しかし、まだ優樹が死なないためそれができない。
「おい、とっとと死ねよ!」
男が優樹を蹴りつける。優樹はその攻撃に反応しないが、優樹が死ねばすでに消滅しているはずであるため、まだ生きているということになる。男はしぶとい、と思い剣に手を伸ばす。
「ったく、今度は首をはねてやる」
剣はかなり奥まで差し込まれていたため、少し男がかがまなければ手が届かない。わざわざかがむという面倒な行動をとらなければならないことに少しいらつきを感じ、一瞬男は止まる。その間に、倒れていた優樹の手が剣に伸びた。
「なにっ!?」
優樹がいきなり動いたことに男が驚く。胸に剣を突き刺した以上、優樹の受けたダメージは大きかったはずだ。今までも反応を見せていなかった。そんな優樹が動いたことは男にとって異常事態だ。
「ああ、思い出した」
優樹はこの世界に来る前に起きたこと、その全てを思い出した。その時にこの男を見た。空間の裂け目を作り出し、優樹のいた世界に逃げようとしていたことを。その時にその男を直撃した攻撃、その余波に巻き込まれたことを。そのあとにあったある男性と女性、『伊達と酔狂の神』と『調停と秩序の神』の会話も。
「ちっ! 大人しく死んでろっ!」
優樹に刺さっている剣と同じような剣を男が生み出し、優樹に振るう。優樹はその剣を胸に突き刺さっていた剣を抜いて弾く。優樹の胸の剣が刺さった痕は抜かれた直後に消えていた。この世界では自身の心象がそのまま体に反映される。斬られたと思えば斬られ、死んだと思えば死んでしまう。だから優樹は死ななかった。どこか夢のように、遠い感覚で自分を感じていたからだ。
「はっ!」
「くっ!」
男に向けて剣を振るう。男は剣で剣を受ける。普通は剣同士がぶつかれば使い物にならなくなる危険もあるが、彼らの使っている武器は神の力で生み出した剣であり、簡単に欠けるようなものではない。
「ああああああ! 面倒なことになったもんだな!」
男が空を飛翔する。この世界において男の立場は優樹と同等、この世界の半分、すなわち神に匹敵する力の半分を使える。その力を使えば空を何の動力もなく飛ぶのは簡単なことだ。優樹は空を飛んだ男を空中を駆けあがり追いかける。以前もやったことがあったが、今度はよりそれを意識できている。自身の力、神の使う力についてある程度把握できたから。男が言っていた余計な話が優樹の感覚にはまっていったからこそである。
男と優樹が空中で剣をぶつけあう。優樹の方が一方的に攻撃しているように見えるが、男はかなり余裕があるように見えた。
「はっ。ろくに力を使いこなせてねえなあ」
男の剣が優樹の剣を受け止めたタイミングで男の剣が力を放出し、衝撃波を生み出す。
「っ!?」
優樹の剣がそれにより弾き飛ばされ、優樹が無手の状態になる。そこに男が剣を横薙ぎに振るう。男と優樹の位置は優樹の件が弾かれた衝撃により遠のいていたが、剣が振るわれたその先にエネルギーの放出が伴い、優樹は放出されたエネルギーの斬撃で切り裂かれる。大きくダメージは受けたものの、優樹に痛みはない。死んでもいないし、すぐに傷が消える。だが、優樹はかなり精神的な衝撃を受けていた。
「こういうのを見るのは初めてか? なら……こういうのも初めてだよなあっ!!」
男が空に手をかざすと、空中に隕石が生まれる。どこかゲームで見たことがあるような、都市一つは収まるくらいの直系はあるくらいの巨大隕石だ。男は手を振り下ろし、優樹に向けてその隕石を落とす。膨大なエネルギーが優樹を周辺一帯の大地ごと吹き飛ばした。