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優樹とフェニアはセシリエが案内した、王都で一番の宿でしばらく過ごした。王都で過ごすうえでのお金の問題はセシリエが保証してくれたが、もともと森で過ごしお金を使うようなことのなかったフェニア、普通の人間で普通の生活を送って大金を使う機会のなかった優樹には王女が自由に買い物をしてもいい、などと言われたところで簡単に行動に移ることは出来ない。結局あまり宿から出ることはなく、フェニアと優樹は宿で休んでいることがほとんどだった。
そして十日ほど滞在したが、フェニアは森へ帰ることとなった。フェニアは優樹と別れることに名残惜しそうにしていたが、王都に残るのも自分の生活、種族としてあまり良くないことになるだろうと森へと帰っていった。
優樹は一人となり宿に滞在していた。フェニアがいなくなって次の日、セシリエが宿を訪れ優樹の褒章に関しての話をする。そこで優樹は学園への入学を勧められる。もちろん、何故働き口を望んだのに学校に入ることになるのか、と優樹は思いセシリエに尋ねる。
学園は別に優樹の世界のように子供が勉学を学ぶために行く場所ではなく、どちらかと言えば職業訓練校としての側面が強い。一応学問も取り扱い、社会常識や礼儀作法などの知識なんかも学べるが、なりたい職業についての技術の訓練などが主となっている。そういった学園の内容を教えられ、優樹は一応納得した。結局のところ、優樹は働く上での必要な技術がほとんどない。学園で働きたいことに関しての技術を学べばその職業に就けるのであればそのほうがいいだろう。寮での生活や、入学にかかる費用、その他必要なものに関しての代金はセシリエが支払ってくれる。少々優樹としては複雑な部分があったが、学園に行くことに決まった。
優樹の学園生活は平々凡々だった。もともと優樹のようにある程度年齢の高い人間が学園で職業訓練を受けることは珍しいことではない。そういうこともあり、優樹が学園に入ったところで学園の様相に変わりはない。それに優樹は王女であるセシリエが支援して学園に入れたのである。その事情を知っているならば、優樹の強さを情報として知っているはずであるし、下手にかかわって王女側を刺激したくもない。たまに考えなしで行動する者もいるが、幸いなことにこのときの学園に入っていた人間の中にはいなかった。そもそも、この学園にわざわざ入ってくる人間はもともと知識を学ぶことや職業訓練を受けることが目的であり、貴族関連の云々を持ち込むような人間ではない。そういった諸々の性質もあり、優樹は普通に職業訓練を行い生活できたのであった。
「実に安定した生活だ、というわけだな」
白い世界、無数のスクリーン。その中の一つに映った学園生活を送る優樹の姿を見てひとりの男が呟く。優樹の観察と監視を行っている神、『伊達と酔狂の神』である。変化のない安定した変わらない学園生活を送る優樹の姿を見ながらため息をつく。
「つまらん。もっとこう波乱はないのか? 竜に襲われたところとか、山賊と戦ったところとか実によかったんだけどな」
もっと生活にドラマ性はないのか、だれか偉い人間とぶつかって絡まれたり、王女との関係性を妬んだり羨んだりされ絡まれたり、どうせならフェニアと何か恋愛的ものをやっていればよかったのではないか、と好き勝手言っている。
『伊達と酔狂の神』はもともと異世界に人を送り退屈しのぎをしているのである。優樹の観察はもともとは別の意図から始まったものだが、いつも通りの彼の活動の一つになっていた。それゆえに何も変わらない生活を送っていられると彼にとっては退屈なことでしかない。それまでが結構な波乱の生活だったからこそ余計にそう感じていた。
「…………しかし、なぜあんなものがあの世界に」
ぽつりと『伊達と酔狂の神』が呟く。彼が思いだしているのはあの世界を観察している時、優樹ではなくセシリエを観察していたときに見つけたものだ。セシリエが王と会い、王に渡した物。観察してる限りでその中身を見ることは出来なかった。王に視点を移せばあの後中身を確認した王の姿とその中身を見ることは出来ただろう。しかし、彼にそこまでする必要はなかった。中身が何なのか、隠されている状態でもわかったのである。それほどまでに存在が異質な代物であったのだ。
あの袋の中に入れられていたもの、それは世界樹の実と呼ばれるものだ。その実はもともとこの世界の一番上に存在する世界から世界の生まれる前のエネルギーの流れに落ちて流れ、時にはある世界の植物の起源となる大樹となったり、ある世界を生み出す核となったり、時にはそれを取り込んだ存在を神に匹敵する存在にしてしまったこともある。別にそれが存在するのは珍しくはあるが、変な話ではない。
ただ、それが偶然神を取り込んだ人間が送られた世界にあったというのは少々出来すぎだろう。
「絶対に何らかの運命の干渉があるよな、これ」
彼もそういうことをすることは珍しくない。自身の記憶にも干渉するような上位存在の運命干渉だ。確実に何かがある。
「さて、そろそろ別の世界でも」
『伊達と酔狂の神』が優樹の送られた世界の観察をやめ、別の世界を移したモニターを見ようとした。しかし、それは途中で止まってしまう。優樹の送られた世界、その世界を映していた画面が叩き割られたかのようにひび割れたからだ。
「…………あー、こりゃやばいな」
彼が生み出している各世界を映すモニター、その画面は物理的なものではない。各世界に干渉し、その世界に繋がりを作り観察点を作り画面を作り出しているのである。それがひび割れるような事態になるのは一体どういうことか。それはその世界に対して大きな干渉をしてきた何かが存在する、ということだ。例えばどこかの神なんかがその一般例だ。
しかし、この世界は『伊達と酔狂の神』と『調停と秩序の神』が関与している世界である。そんな世界にちょっかいをかけるのは余程の世間知らずの馬鹿か、彼らに宣戦布告をしたい愚か者か、それとも神に匹敵するような世界を渡り歩けるくらいの化け物となる。
「とりあえず連絡するか。前に何かあれば言えって言われていたしなあ」
『伊達と酔狂の神』は放っておくわけにもいかない、と『調停と秩序の神』に連絡を取ることにした。
優樹が送られた先の世界。その世界の国の一つ、アグライア。その国内にある一つの街で人々が空を見て騒いでいる。彼らの視線の先には、割られた空があった。空とはそもそも物理的なものではない。空間を表すものであり、それを破壊するなんてことは出来ないはずだ。そんなことを彼らが知っているわけではないが、空が割られるなんてのはとんでもない異常事態である、ということはわかっている。
それに対して彼らは騒ぐことしかできない。割られた空を修繕するような能力は彼らにはない。彼らが空を見ていると、その割れ目から何かが現れた。五つの目、二つの尾。七つの足に背中に生えた三つの腕。狼の頭、炎でかたどられた人間の頭、口と鼻だけが表面にびっしりと付けられた頭。それは明らかに彼らが見たことのない異常な化け物であった。そして、その大きさも異常である。空にできた割れ目から現れた怪物はその足で家一つを軽く踏みつぶせるくらいの大きさであった。
人々はそんな異常な存在を見て逃げ惑う。怪物はそんな有象無象の存在を気にかけることもなく、降り立ったその地に無差別の破壊を解き放った。




