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しばらく馬車の中は優樹とフェニアが何を欲するべきか、その内容を考えていたせいで無言になる。それにより空気も少し緊張している。しかし、そんな中で何を要求するかを思いついたフェニアがおずおずと話を切り出す。
「えっと、私はもともとユウキの見送りに来たようなものなので、街には少しだけいてあとは森に帰るんです。だから、街で過ごすのに困らない程度にお金をもらえればそれでいいかなって……」
もともとフェニアは優樹と違い戦場に出てたかったわけでもない。それほど大きな要求をするべきではないし、森にお金をもって帰っても仕方がない。ならば街に滞在する間の費用だけでも払ってもらえればそれでいい。それで満足するならいいだろう、と考えそう答える。セシリエはその内容を聞き、にこりとフェニアに笑顔を向ける。
「ええ、なら王都での滞在費はこちらで持ちましょう。宿も一番いいところに案内しますね。それだけじゃまだ足りませんし、王都で欲しいものがあれば好きに買ってください。その費用もこちらで持ちますから」
「えっ」
自分が止まる宿の数日の滞在費だけでも出してもらえればよかったが、王都の一番いい宿に滞在することが決められてしまった上に王都での買い物の代金も払ってくれるという。そもそも王都ではなく近くの街に向かっていたはずだがいつのまにか王都に向かうことになっている。別にそれはフェニアに限った話ではない。優樹も近くの街ではなく王都に向かう羽目になっているということだ。
「ユウキさんはどうですか?」
フェニアへの褒章が決まったということで、セシリエは優樹に何が欲しいか決まったかを尋ねてくる。自分一人にセシリエの意識が集中していることで優樹はありもしないプレッシャーを感じている。
「えっと、えっと、俺は……仕事、働く場所が欲しい」
なんとか考えを絞り出し、ようやく答えを出す。その内容は褒章というにはかなり異質だ。
「働く場所…………ですか?」
何故そんな内容が出たのか。セシリエは疑問の表情で優樹に訊き返す。普通に考えれば王女を救ったので働きたいという人間なんているわけがない。フェニアも騎士も何故そんな内容を言ったのかわからずセシリエと同じ疑問の表情だ。
「えっと、俺は……技術とか、そういうのがないから。伝手もないし、街に行った所でどこで働ければいいかわからないから」
優樹はこの世界の人間ではない。優樹くらいの年齢であればある程度家業か何処かの働き口で働いた経験があるものだ。一応優樹はこの世界の宿屋で少しの間働いていたが、あれは門番のバーシュが紹介してくれたからこそだ。宿屋の夫婦も誰かいないかと探していたのもある。そういう事情がなければよほどのことがない限り簡単に働き口を見つけることは出来ない。お金を稼ぐ当てがなければ宿に住むこともできないし、住み込みのできる働き口はそう見つかるものではない。
そこまで優樹が考えていたかは不明だが、王女に頼めば働く場所の提供をしてくれるのではないか、と思った結果の答えである。
「……そうですね、王都についたらその時相談してユウキさんがどこに行ってもらうか決めたいと思います。それまではこちらの用意した宿に案内しますね」
セシリエが優樹の答えを聞き、しばらく考え込んだ後、優樹の要求に対しての答えを現時点では保留、と返す。例え王女と言えども簡単に優樹が働く場所を決められるわけではない。
王宮ならばセシリエの一存で優樹を置けるが、それをするには優樹の能力や礼儀作法がセシリエにはわからない部分が多い。王宮は貴族や王族やらで色々と大変な場所である。安易に優樹を放り込んだ結果、優樹が駄目になるかもしれないと考えたので王宮への就職は却下となっている。
その後も、セシリエと優樹とフェニアが軽く話を続けた。優樹はこの世界の出身ではなく、フェニアは殆ど森で過ごしていた。それゆえに知らないことが多く、セシリエが話す色々な世界の事情やアグライアにある様々な街の事、魔術と呼ばれる使い手の少ない技術の知識や昔話、そういった話に目を輝かせ聞き入る。セシリエも自分の知っていることを話し、楽しんでもらえるのは嬉しいのか途切れることなくいろいろなことを話した。騎士は無言で話に入ってくることはなかった。彼は彼で王女を守る役目がある。
一度馬車で夜を迎え、野営した。王女と一緒に馬車内で寝るのは騎士が反対したが、かといって優樹とフェニアを外に出すのもどうか、とセシリエが言う。結局騎士の一人、昼間御者の代わりに馬を動かしていた騎士が馬車内で王女の守りにつくことで二人が馬車内で眠ることを許された。
そして翌日、前日のように山賊のような何者かに襲われたり、魔物に襲われるということもなく馬車は街に着く。そこで御者の死を報告し、一行は馬車を返却した。
王都に向かうはずだが、馬車を返してどうするのか、と優樹は思ったが、返却後新しい馬車、それも乗ってきた馬車よりもいい馬車を王女は購入した。優樹はその豪快な買い物に驚いていて、何故王女が最初からそうして移動していなかったのか、という疑問を思い浮かべることはなかった。
そして数日馬車で移動し、一行は王都にたどり着く。フェニアと優樹は同じ宿にしばらく滞在することになった。
「戻ったか」
王宮の一角、そこでセシリエと威厳のある壮年の男性が対峙している。
「はい、ただいま戻りました、お父様」
セシリエが頭を下げ、父親、すなわちこの国の王に帰還を報告する。王は厳つい表情を変えることなく、頷いて答える。
「供につけていた騎士から話は聞いている。山賊に襲われたそうだな」
「はい」
「お前の"予感"で回避することは出来なかったのか?」
奇妙なことを王は聞く。山賊が襲ってくることなど予感というものでわかるはずがない。
「……恐らくは無理でした。そもそも、馬車での移動は一日遅らせていました。遅らせた理由は、馬車に乗って移動すればよくないことになる、という"予感"があったからです」
セシリエも予感という言葉を使い、王の奇妙な質問に答える。
予感、それはセシリエの持つ特殊な能力だ。これは魔術のような才能ある人間が教えられて得るような技術ではなく、本当の意味で生まれ持った特殊能力の部類のものだ。その内容はセシリエにとってそれがいいことであるか、悪いことであるかがわかるというものである。かなり曖昧だが、その予感に従うことでセシリエは今まで自分に降りかかる危機の多くを回避してきていた。
「そして、あの馬車では悪い予感がありませんでした」
「しかし、実際山賊には襲われた」
悪い予感がなかったのに、山賊には襲われることになった。本来それであればセシリエにとっていい結果が出たはずだがそうはならなかった。それはいったいなぜなのか。
「ええ、確かにそうですが……私は助かりました。同じ馬車に乗っていた人たちのおかげで」
「……ユウキとフェニアと言う二人組か」
王も騎士からすでに話を聞いており、優樹たちのことを知っている。そして、優樹が山賊との戦いに加勢し、そのおかげで騎士も死なずに済み、王女を守る結果になったとも。
「彼らが私を結果的に守ることになる、だから悪い予感がなかったのだと思います」
「なるほど。彼らにはしっかりと恩返しをしなければならないな」
もし優樹とフェニアがいなければ王女を失っていた可能性が高い。それがセシリエの予感の内容から考えられた。
「はい。それと、ユウキさんは学園に入れてください」
「……彼の要求は働き先が欲しいということだったはずだが?」
セシリエは優樹の提示した要求とは違う褒章を王に提示する。それに対し王は騎士から聞いた話とは違うセシリエの褒章内容を聞き疑問を浮かべる。セシリエはそれににこりと笑い答えた。
「学園で学べば働き口に困ることはありません。その間も寮で過ごすので宿にも困りません。必要なお金はこちらで持てば十分な褒章になると思います」
「ふむ……確かに悪くはないかもしれんな」
納得して王はうなずく。だが、同時にセシリエをじろりと睨む。王は気付いている。セシリエがそう言ったことには他にも理由があることを。
「それだけの理由か?」
「……ただ、そうしたほうがいいな、と感じただけです」
王が尋ねるとセシリエは少し俯き、答える。その言葉で王は理解した。セシリエがそう言いだした理由はセシリエの"予感”がそうしたほうがいい、と示したからだと。
「そうか」
王は一言だけ呟く。それを最後にセシリエの旅に関しての話が終わる。そして王はもともとセシリエに聞くつもりであった本題を切り出した。
「それで、運んできた例のものはどうした?」
王がそう聞くとセシリエが腰に下げている袋を持ち、王に差し出す。
「これです」
「話に聞いていたが……実際にこれほど小さいのだな。後で確認し、宝物庫にしまっておこう」
王はそれを受け取り、セシリエに別れを告げその場を去った。
「…………あれは一体何なんでしょう?」
セシリエも詳しくは内容を知らない、今回の旅が奇妙な道をたどった原因の運搬物を思い、ぽつりとつぶやいた。特殊能力を持った王家の人間が周囲にそれを運んでいることがばれないようにお忍びで運ばざるを得ないほどの代物、それは一体何なのだろう、と。