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「ん…………」
ごとごとと揺れる馬車の中、優樹が目を覚ます。意識がはっきりしていないが、何やら柔らかいものの上に頭がおかれた状態で寝かされているようだ。
「あ、起きた?」
優樹の頭上から声がする。そちらの方を見ると、フェニアの顔が優樹には見えた。覗き込むように優樹を見ている。頭、体、視線を動かしていくと自分の状態にようやく気付く。どうやら優樹はフェニアの膝の上に頭がおかれている、膝枕の状態のようだ。自分の状態に気付き、今まで全く経験のない、膝枕をされている事実に顔を赤くしわたわたと落ち着きなく動き始める。
「ちょ、ちょっと!?」
「わ、いきなり動かないでよー」
いきなり自分の上で動き始める優樹に軽くとがめる様子のフェニア。だが別にその行動を止める様子もなく、優樹は頭を上げ、膝枕の状態から脱する。膝枕をされていたのが気持ちが悪いというわけでもなかったが、どうしてもそういうことを女性にされているというのは気恥ずかしいところがあったようだ。
膝枕をされ、天井の方を見ていた状態から普通の体勢に戻ったことで、ようやく優樹の視点が馬車内に戻る。そして優樹は戦いの前の状態とは違い、フードをかぶった面々がいなくなっていることに気づく。いや、正確にはいなくなったわけではない。一人は外に出ているのでいないのは事実だが、他の二人はフードを外しているだけだ。
しかし、たとえそれが分かっていたとしても、外套とともにフードを外したその中身に当たる人物が可愛くて綺麗な少女や騎士の格好をした男性であるなどと誰が思うだろう。あまりに見た目のタイプが違うその光景に戸惑う様子を見せている。
「えっと……」
「初めまして」
優樹がどうしたらいいか、どう話しかければいいのか。今まであったことのないタイプの人物たちを前にして対応に迷っていると、少女の方から話しかけてきた。人見知り気味なところもあり、一気に優樹の思考が混乱する。
「は、初めまして」
優樹は変な緊張で体の動きが固まった感じになってはいるものの、なんとか口だけ動かして返事をする。その緊張した様子を見て少女がくすり、と笑みを浮かべる。
「あまり緊張しなくてもいいですよ? 普通に話してください」
そう少女は言うが、優樹が緊張した様子を見せるのは初めて話す相手には普通のことだ。緊張した様子に変化はない。ただ少女も優樹の様子が変化しないことは気にしないようで、再び話し始める。
「まず、自己紹介をさせていただきますね。私はセシリエ・フォーネ・アグライアです」
「セシリエ……さんですか。俺はい、優樹です」
優樹は名字を言いそうになったが、この世界では名字は家名、そしてそれを持つものは上の階級だ。それを言いかけたところで思い出し、名前だけを告げる。少女はそれに気づいたわけではないが、優樹の反応にちょっと驚いた様子を見せる。横にいる騎士、そしてフェニアも疑問と驚きの混じった表情を見せている。
なんとなく、雰囲気がおかしいことを察した優樹が周囲に視線を向け、騎士とフェニアの表情を見てどうしたのだろうと疑問を浮かべる。
「えっと、どうしたの?」
優樹がフェニアに尋ねる。どうしてそんな驚いたような表情をしているのかわからなかったからだ。
「ユウキ、アグライアだよ? 驚かないの?」
「え?」
どうやらセシリエの家名は驚くようなことであるらしい、と優樹は理解する。しかし、優樹はこの国のことをほとんど知らない。この国の名前がアグライアである、なんてことを知らないのである。つまり目の前にいるのがこの国の王女であるということに気が付いていない。気が付いていれば大きな声を上げ驚いていただろう。
「…………あのね、アグライアはこの国の名前だよ」
「…………」
国の名前がアグライアである、と聞いてようやく優樹は理解に至る。国の名前を家名に持つのは普通に考えれば国の最高峰、王様やその家系だ。すなわち、目の前にいるのがこの国の王女であるということだ。そして、そんな相手に『さん』という敬称で呼ぶのは失礼でないか、と思い至る。それが不敬になっているのではないかと表情を青ざめる。
その表情の変化、フェニアと優樹の会話内容で察したのか、セシリエの方から話しかけてくる。
「あまり気にしないでください。私は王女ですが、この場では畏まった対応をしなくてもいいですよ?」
セシリエのほうはそう言っているが、騎士の方はそう言うセシリエの方をとがめるような視線で見ている。それにセシリエも気付いているようだが、まったく気にした様子は見せない。優樹はどうするべきか戸惑っていたが、頑張って話すことに決めたようだ。
「えっと、セシリエ……さんでいい……ですか?」
「ええ。構いません」
あまり自分に対して使われない敬称で呼ばれることを少し楽しく思っているようで、セシリエは笑顔を浮かべて答える。騎士はそれを気に入らない様子で見ているが、王女の決めたことに対して文句を言うことは出来ない。
「それではユウキ、ユウキさん。今回の山賊との戦いに参加してくださり、ありがとうございました」
セシリエは最初敬称をつけず呼ぼうとしたが、一瞬考え敬称をつけて呼びなおす。王女として敬称をつけるのは変な感じだが普段やらないことができる楽しさと、相手の行動への感謝を表す意図があった。そして優樹が山賊と戦ったことへの感謝を言う。
「え…………あ……」
その感謝の言葉で、優樹は思い出す。自分が山賊と戦ったことを。山賊を殺したことを。自分が人殺しをしたことを。一気に優樹の顔が青ざめる。優樹にとって人殺しとは悪行、してはいけないことだ。たとえ自分の命を奪うような愛であったとしても、その心情は簡単には変わらない。
「ユウキ!」
フェニアが後ろから優樹に抱き着く。その温もりはどこか優しく、そして懐かしく優樹は感じる。優樹は一度この馬車に戻ってきたときにフェニアに抱かれ、その安らぎの中で眠った。その時の感覚を覚えていたのだろう。フェニアに抱きしめられたことで優樹はある程度精神的に落ち着いた。
「ごめんなさい。つらいことを思い出させたようですね」
優樹の様子を見ていたセシリエも、山賊との戦闘が優樹にとって多大な精神ダメージであることに気づき、謝る。確かに少々相手の心情を考慮しない発言ではあったかもしれないが、この世界では通常山賊を殺すことに戸惑いを持つ人間は少ない。それが普通の人間であるならまだしも犯罪者である山賊を殺すことに心が痛むものはほとんどいないだろう。それに気づけと言うのは難しい。
「ああ、いえ、大丈夫です」
「あなたが彼らを殺したことは悪いことではありません。あなた戦ったことで私たちも命を救われたのです。それを忘れないでください」
悪いことではないと言われてもすぐに精神を切り替えるのは難しいだろう。しかし、優樹がとった行動が彼女たちの命を救ったと、それを伝えることで人を殺したことに意味が生まれ、誰かのためという免罪符になるような理由ができる。だからと言って許されるわけでもないだろうが、精神的な負担は少しは軽くなっただろう。
「はい……」
ただ一言だけ優樹は返事をする。それ以外の返事は優樹にはできなかった。
「それで、今回のあなたの行動、私たちを守ってくれたことに褒章を与えるつもりなのです」
「えっ」
優樹は驚くが、別に変な話ではない。騎士二人が戦っていたが、かなり劣勢に追い込まれていた。そんな状況に突っ込んでいって劣勢を覆し山賊を壊滅に追いやったのだ。それにより王女が助かり、供である二人の騎士の命も救われたのだ。その内容だけで考えれば相当大きな功績だろう。
最も優樹はそんなことは全く考えていなかった、フェニアを守る、その意志だけで状況を考えずに突っ込んでいっただけだ。だからこそそんなことを言われても戸惑うだけだった。しかし、だからと言って簡単に断ることもできるはずもない。相手は一国の王女である。
「えっと、褒章……とは?」
とりあえず話だけは聞いて、よっぽどなものでなければ、多少の金子とかそういうものであればとりあえず受け取って終わらせ、もっと何かとんでもないものであれば断り、もっと小さい内容のものを受け取るようにしようと優樹は考えている。だが世の中はそうそううまくいかないものだ。
「好きなものを言って下さい。今回、あなたが行ったことはそれだけ大きなことなんですよ?」
「そ、それじゃあ……」
そこまで言って、優樹の発言が止まる。もともと内容なんて考えていない。お金を受け取るにしても、幾らをもらうか、この先どうするかも決めていない優樹には決められない。
「フェニアさんも、欲しいものがあれば言ってください」
「えっ!? 私何もしてないけど!?」
止まってしまった優樹からセシリエはフェニアのほうに矛先を向ける。まさか自分に話が来るとは思っておらず、フェニアは困惑している。確かにフェニア自身は大きなことをしたわけではないが、それでも馬車から弓を用意し山賊を寄せ付けないようにするつもりではあった。それをセシリエは見ていたのである。二人はすぐに答えは出ず、暫く考え込んだ。




