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優樹の振るった剣、突如現れたその剣から撃ちだされた剣戟はアニメで出てくるビームのように撃ちだされ、竜の炎にぶつかり、それを貫き、払う。その剣戟は竜にぶつかったが、炎を払うことで威力が落ち、竜に傷を負わせることは出来なかった。しかし、痛打を与えることは出来たのか、竜は怯んだように空中での体勢を崩す。少し混乱した様子で、体制を戻そうとしている。
「ユウキ……あんた……」
ミーネは驚いたように優樹を見ている。それも仕方のないことだろう。突如どこからともなく現れた剣を持ち、竜に向けて振るわれた剣から剣戟が飛んでいったのだ。こんな現実離れしたファンタジーじみた世界でも、ありえないような状況だ。
「………………」
そして、それは優樹自身にとっても同様だ。ただ本能的、直感に従った行動が生み出したその光景に自分自身が驚いていた。だが、それは優樹にとってはありがたいことだった。その本能的な行動が、自分にできることを感覚的に理解するきっかけになった。
今、優樹が思っていること。それは二人を逃がす、宿を守る。恩返しをする。自分にできることがそれだけだから、と。
「ミーネさん、ビルツさん。逃げてください」
「え?」
「宿は俺が守ります。早く安全な場所に逃げて待っててください」
そう言って優樹は二人の方を向く。優樹の表情は時々見ることのできるいつもの笑顔だ。だが、少し悲し気な、儚げな印象を抱かせるものだ。
「ミーネ、行くぞ」
「え? でも……」
ビルツに呼ばれたミーネが戸惑いを見せながら優樹の方に目を向ける。優樹を置いていくことになる。それで本当にいいのか、と。
「ユウキ」
「はい」
「ちゃんと、帰って来い」
「……はい」
無骨で、少ない言葉だったが、その言葉に込められた気持ちは色々な心がこもっていた。
「ユウキ、無事に逃げるんだよ!」
ビルツとミーネがその場を去っていく。
体勢を崩した竜はようやく混乱から脱し、姿勢を戻した。その目は自分に対して攻撃をしてきた優樹を見ていた。
「さて、まず宿から離れないと!」
たんたん、と、竜が炎を吐いてきても攻撃が当たらないよう、空中を駆けていく。優樹は本能的に理解していたが、本当にできたその動きに驚きながらも、空中を階段を上るかのように駆け上がる。
それに驚いたのは優樹だけではない。優樹を怒りを抱きながら見ていた竜も、またその動きに目を剥いた。竜は今まで空を飛ぶ生物や、空にいる自分に対して攻撃してくる生物などは見たことがあった。しかし、空を駆けあがる、空を走る、そんな生物は今まで見たことがなかった。その優樹の行動に対し、驚き硬直するしかなかった。
そんな竜の事情は分からず、硬直している隙を狙うような戦闘的な思考がない優樹は、空中に浮かび、竜の様子をうかがう。剣道もしたことがない、子供のころちょっとした傘遊びで傘を剣に見立てて振っていた程度で技術のない優樹は剣を持っていても、それを攻撃にどう使うか、どう行動すべきかなど思いつかない。
「……どうする?」
今まではできる、と思ったことをその思考の赴くまま、本能的に行動したが、それだけで竜が追い払えるわけでも、倒せるわけでもない。すでに今までの行動から空を駆ける方法は感覚的に理解し、自由にできるようになったが、剣の扱いは先ほど振るった剣戟を打ち出すことくらいだ。
「これしかできない……なら!」
他にやれることもない。先ほどと同じように、剣を自身の右上のほうに持ち上げ、竜に振るう。先ほどのようにビームのような剣戟が打ち出される。
しかし、すでに一度竜はその動き、その技を見ていた。宙を浮かぶ竜は悠々とその攻撃を避け、優樹に向けて炎を吐いた。
「うわわあああああっ!?」
思わず優樹は空、真上に駆け上がる。今まで優樹のいた場所を炎が通り過ぎる。
「くそっ!?」
優樹の動きを眼で追った竜は、翼を羽ばたかせ、優樹に向けて突進を仕掛ける。大質量、高硬度、圧倒的な力を持つ竜の突進を受けてしまえばただの人間に近い優樹ではひとたまりもないだろう。その竜の突進を避ける。そのまま過ぎ去った竜はターンして戻ってきて、次は炎を吐きながら突進を仕掛けてくる。
それからは優樹は防戦一方だった。避けるので精一杯で攻撃ができない。炎、突進、と攻撃が続く中で剣を振るってその剣戟を打ち出す事すらできない。
「はあ……はあ……」
肉体的なダメージ、疲労はないはずだが、精神的な疲労は感じている。それが肉体の疲れに感じ、息を荒げさせる。
だが、そんな中、自分の中で何かがはまるような、何かを思い出すような感覚を優樹は感じていた。それは自分の記憶とは違う、何かの記憶だ。
「…………はあ…………はあ」
精神的疲労により乱れた呼吸を整える。なんとなく感じる感覚的な、記憶にあるような何かの感覚。それは自分が宙を駆けた時、剣を出し剣戟を打ち出した時にも感じていたものだ。
何度も攻撃し、有効であると判断したのだろう。今までと同じように竜は炎と突進を合わせ優樹に向かってくる。
しかし、それに対し優樹は竜に向け、剣を構えた。そうすることが最適であるかのように。優樹の持つ剣に薄っすらと光のようなものが浮かぶ。竜はそんな優樹の様子に気づいているのか、気づいていないのか、そのまま向かってきていた。
「天剣!!」
大きく振るわれた剣、その剣から伸びた剣戟は炎を切り裂き、竜へと届く。それは最初に見た剣戟と同じように見える。だが、今までとは明らかに違うものだった。炎を切り裂いた剣戟は衰えることなく、竜の体も切り裂いた。痛み、傷を受けたことに大きく竜が吠え、空中に浮かんだ体勢で傷に手を伸ばす。人間が採るような動きも見える。
それは明らかに大きな隙だ。その場で硬直し、傷に手を伸ばした竜は咄嗟の行動をとることは出来ないだろう。そんなことを優樹が把握していたかは定かではない。宙を駆け、竜の懐に飛び込む。そして、先ほどと同じ一撃を竜に振るった。
「天剣!!!」
先ほどと同じ、いや少しだけだが強力な一撃。炎による軽減すらもないその一撃は、世界でも最強レベルの硬度を誇る竜の鱗をあっさりと切り裂き、その胸に致命傷を負わせた。竜が吠え、地に背中から墜落する。致命傷を受けていても竜はまだ健在だ。その命が尽きるまで長い時間がかかるだろう。
「天剣!!!!」
竜に致命傷を負わせるほどの技を、三度優樹が放った。その一撃が再び竜に刻まれ、竜はいずれ訪れる死を待つこともなくその命を失うこととなった。




