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「さて、そろそろ終わらせましょうか。いつまでもあなたたち二人だけの相手をしていても仕方がないわ」
クロが"闇の祝杯"を傾ける。傾けられた杯から闇が大きく溢れ始める。
「闇のない子も、強い光の子も、飲みこんで……」
「?」
途中で言葉が止まる。クロの方を見ると、"闇の祝杯"の方を見て、驚いたような表情をしている。こちらもそれにつられ、"闇の祝杯"を見る。大きく闇をあふれさせる杯の中から、一筋の光が出ている。"闇の祝杯"は闇を出すものだ。その中から光がでているのはおかしい。クロはその光に気づいたのだろう。
「まさか……」
クロがその光を見ながらつぶやく。もしかすると、あの光は何かあるのかもしれない。
「アーシェ、あの光が見えるか」
「ええ。見えるわね」
アーシェと小声で話す。あの光に気を取られてこちらが疎かになっているうちに相談する。
「クロが気を取られるほどだ。何かあるかもしれない」
「……あれをどうにかできるくらいに?」
「わからない。だが、今はほかに頼れるようなものもないしな」
絶望的な状況だ。藁にも縋るような思い、とはこのことだろう。あの一筋の光に縋りたい。
「アーシェ、あの光をこちらの力にできるよう、頼めるか?」
「……どうせこのままじゃだめだものね。もちろん、いいわよ」
アーシェに能力の使用をお願いする。寿命一年は簡単に使っていいものではないが、今何とかしなければ全部失うことになるだろう。アーシェもわかっている。
「私の力、あの光に……」
「っ!」
アーシェが能力を使う。流石に秘法を使えば相手にその動きを察知されてしまう。
「何を、させ」
「邪魔はさせない!!」
向こうがこちらの動きに気づくが、こちらの行動に邪魔される前に銃で撃つ。相手はそれに対し、周囲に満ちた闇で防御をする。半ば自動的な防御のようだが、それによりこちらが視界から外れ、闇が防御に使われることでこちらの攻撃に回されない。
アーシェの力が"闇の祝杯"、そこから漏れる光に届く。
「あっ!!」
杯から漏れる光がはじけるようにあふれ、周囲の闇を消し去る。クロもその影響を受けたのか、思わず"闇の祝杯"を取り落とした。そして、落ちた杯の中から飛び出すように一振りの剣が現れた。
「っ!"闇から生まれし闇を祓う光の剣"!!」
クロがその飛び出した剣を見て叫ぶ。長い呼称だったが、もしかして正式名称なのだろうか。剣は床に突き刺さり、その全体が光に満ちている。周囲の闇は近づくことができないかのように離れている。
「ツキヤ!」
「わかってる!」
剣など使ったことはない。だが、ここで一番動けるのは自分の方だ。剣をとり、クロに向かう。ファンタジックな内容になるが、この剣の光なら、強力な闇であるクロを討つことができる。そう心のどこかで確信できた。
「させない!!」
クロが落とした"闇の祝杯"を広い、大きく振るう。大量の闇があふれ出る。
「剣には効かなくても、あなたには届くわ!」
周りにあふれた大量の闇が、剣を持つ俺に向け迫る。しかし、その大量の闇はある程度近づいたところで壁に阻まれたように防がれる。
「っ!?」
「私のことを忘れてない?」
アーシェが己の能力を使い、壁を作ってくれたようだ。恐らくは先ほど闇を防いだときと同じく、二年分の年齢を代償として。そのおかげでクロの目の前にたどり着く。
「残念ながら、ってところかしら」
その言葉は自分に向けたものだったのだろう。その胸に剣を突き込む。すっ、と豆腐のように柔らかく、背中を突き抜けるほどに剣が差し込まれた。全力だったが、拍子抜けするほどあっさりとその体を突き抜けた。
剣から輝かんばかりに光があふれ出て、周囲に満ちたすべての闇を祓い、元の小学校の姿が見えるようになった。恐らくは外も元に戻っているのだろう。
「はあ。まさかこれが出て来るとわ思わなかったわ」
残ったのはクロだけだ。まだ普通に話せる程度には無事なようだ。
「……なんで胸を貫かれて生きてるんだよ」
思わずつぶやく。
「私は人間じゃないわ。でも、今の状態だとすぐに消えてしまうわね」
そう言ってクロは胸に刺さっている剣の柄を掴む。
「せっかく闇の世界が増やせるところだったのに、これに邪魔されるなんて……お母さまがしっかり封印していたはずなのに……ま、持ち帰るしかないわね」
クロはそう呟き、持っていた杯を置き、こちらに向く。
「おめでとう。あなたたちは大きな闇を討ち果たし、世界に平和をもたらしたわ。私はこれでこの世界を闇と共に去ることになるわ。しばらくは多少平和な世の中になるはずよ。それじゃあ、ね」
杯にのみこまれるように、クロが吸い込まれ消える。後を追うように、どこかから来た黒い闇が"闇の祝杯"の中に消えていくようにのみこまれる。
「…………………」
「…………………」
そこに残ったのは俺とアーシェと"闇の祝杯"だけだった。
「終わった?」
「……多分な」
まだ本当にすべてが終わったのかはわからない。終わったかのように見えて、終わってないことはよくある。帰るまでが遠足だ。
「とりあえず、あれだけ回収して、施設に戻ろうか」
「そうね……ああ、億劫だわ」
「ああ……流石に年齢が下がりすぎか」
今のアーシェは七歳だ。身長も下がれば歩幅も下がる。本人的には距離が伸びたように感じられるだろう。
「背負ってくれる?」
「まだ何かあったらどうする。流石にそれはできないな」
「はあ…………」
アーシェが大きくため息をつく。こればかりは仕方ないとあきらめてもらうしかないだろう。
今回の事件は、クロを討ち、クロの扱っていた闇がすべて"闇の祝杯"に回収され、解決したようだ。持ち帰った"闇の祝杯"は、闇を生み出す機能が喪失しており、秘宝としての機能を失っていたが、また今回のようなことがあってはいけないと破壊されることになった。
今回の被害は、物理的、人員的にはほぼないと言ったような感じだ。ただ、闇に覆われたことによる精神への汚染がひどいことになっており、その精神ケアが大きな問題だと言えるだろう。
俺とアーシェは後で博士の裏切りと死を知り、アーシェの能力使用が無駄になったことを知った。あの穴が博士の死後残る可能性も考慮すると、完全に無駄とは言えなかったのかもしれないが、色々と思う所はある。
事件後、アーシェは十年以上の待機が命じられる。まあ、そもそも待機状態だったところに能力を使い、七歳まで若返ったのだから仕方がないと言える。
「流石にずっと暇なのはきついわ……」
「まあ、あきらめろ。俺も同じ状況なんだから」
俺はアーシェのお守、というかそんな感じな状況だ。何か重要な、緊急事態でもあれば呼ばれることにはなっているが、俺の力が必要な事態はそうそうないだろう。
「そうね。私が勝手にしないよう、監視役みたいなことを頼まれたんでしょ?」
「棘のある言い方だな。一人でどこかに閉じ込められてるよりもいいだろ」
「……まあ、そうね」
あまりいいことではないが、そうしたくなる程度にはアーシェの能力は強力だ。倫理的にはあれだが、そうされてもおかしくはない。
「暇つぶしの相手もちゃんと用意してくれてるんだ。長い休暇だと思って我慢するしかないだろ」
「……ツキヤも大変ね」
「別にそうでもない。長い付き合いだ。何度か似たようなことはあっただろ?」
今までもアーシェが能力を過度に使い、同じようなことになったことはある。その時も俺がアーシェの年齢が元に戻るまで付き合うこととなった。
「……ごめんね」
「気にしてないって。何年来の付き合いだと思ってるんだ?」
「いつだったかしら? もうかなり昔のことよね」
そのまま昔の、かなり昔の頃の話に花が咲く。少し前に昔話をしたばかりだったが、事件の大変さで結構前に感じられる。でも、すぐに話が尽きるだろうから、また娯楽用のものを用意しないとな。