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再戦の時が来た。相手もすでにきており、準備はできているらしい。
こちらが来ると向こうからメッセージが届いた。
<君との再戦、少し楽しみにしていたよ。条件は前回と同じドールとステージにしてあるよ>
挑発だろうか。いや、楽しみにしていたと言っているのだし、前回と同じでなるべく対等に決着をつけたいのかもしれない。
前回は自分の得意な条件での不意打ちだ。今回は相手がすでに条件を理解し、把握している。
相手のほうが経験は上だが、相手の能力は前回で全容でないが見ている。
もっとも、相手はこちらもドールを変えないで挑むとは考えていないかもしれない。本当に同条件で挑むのだ。
<前回と同じ条件だというならこちらは負けていられないな>
メッセージを返す。殆どメッセージを返すことはないが、今回は返すべきだろう。
<サバイバルは僕の得意なバトルだ。少しわかったからって負けられないね>
ドールを戦闘エリアに送る。前回と同じ、森林エリアだ。
<今回は勝たせてもらう>
<やらせないよ>
戦闘開始の合図が鳴る。
「ユア、予定通りにいくぞ」
『はい』
今回ユアにはいつもの腕甲ではなく双剣を持たせている。前回の戦いで恐らく相手は近距離戦闘タイプではない。
流石に自分の近くまで敵が来ていればそのことはわかったはずだ。不意打ちでも少なくとも敵が近くにいるのは把握できる。
つまり遠距離からの攻撃でこちらがやられた。
「聴覚と視覚を強化してそちらで何か見えるか?」
『いいえ。そちらでは把握できますか?』
「こっちでも特に何かあるようには見えない。いきなり近くに出ることはないそうだからやはりまだ遠くにいるんだろうな」
サバイバルは最初にドールのいる場所はお互いが近くに出ないようになっている。バトルの形態の趣旨によるものだろう。
恐らく相手は動いていない。いや、そもそも動かない可能性もある。
遠距離攻撃ができるのであれば下手に動いて相手に遭遇してしまうよりは待ち伏せを仕掛けたほうが戦いやすいはずだ。
だが、待ち伏せを行うのであればむしろこちらにとってはありがたい。こちらのすることの準備が十分にできるからだ。
「多分敵は待ち伏せだろうな」
『では全部切り落とすということですね?』
「ああ。こっちには来ないようなるべく広い範囲を切り落とす」
この森林がまるっきり自然そのものと同等でないというのも検証でわかった。
ここが現実の自然環境でないのはいいことだ。色々な意味で今回行うこれを思いっきりやれる。
「動きがないね。そっちは見えるかい?」
『いえ、見えません』
「彼は今回どう動くのかな。お前はどう思う?」
『私にはわかりませんね。ですが前のようにただこちらを探して近づく真似はしないでしょう』
「まあ、そうだろうね。でも、お前を見つけるのは簡単じゃないからな」
僕がドールに刻んだ術式は迷彩と遠距離攻撃の補助、視力聴覚強化の術式だ。
彼と1対1で戦った時は人型を使っていなかったから悪いとは思ったけど、こっちの全力は人型だ。
前回は何も対策をとらないまま近づいたところを弓矢で射貫かせてもらったからね。
本当は銃を使いたかったが、銃は武器として販売も制作の許可もされていない。弓矢は妥協だが、まあ銃だと強すぎるだろうし。
『主人』
「なんだい?」
『遠くに揺らめきが見えます』
「揺らめき…?」
ドールの視界のほうを確認する。強化されたドールの視界に空気の揺らめきが見える。
いや、空気の揺らめきではない。あれは炎だ。
「炎……火攻めか?」
『火攻めですか?』
「意図的な山火事を起こしているのか。普通は生木だと水分があるからそう簡単には燃えないはずだが…」
ここはヴァーチャルリアリティだ。もしかしたら厳密に現実と同じようなことにはならないのかもしれない。
木は燃えるもの、と設定されていれば火をつけるのは難しいことではない可能性がある。
しかし、それを実行してくるとなると相応に調べているだろう。
「少なくとも実戦で確認はしているだろうね。やっぱり再戦を受けたのはよかったな」
『主人、楽しそうで結構ですがどうしますか?』
「ああ、そうだ。やばいかな」
火の回りが早い。ただ単に燃やしただけ、というわけではないだろう。もう少し何か手を打っているみたいだ。
それが何なのかはわからないが、このペースで燃え広がってくるようではこちらが火にのまれてしまうだろう。
その前に何とかしなければならない。
「この燃え広がり方はおかしいが、相手側はどうだ? 炎の向こうのほうは燃えているか?」
『強化を強くしてみます……いえ、燃えていません。木が切られているようです』
「原始的だけど効果的な方法だ」
昔の火消しと同じようなことをしているんだろう。火を消すのではなく燃え広がらないように燃えるものを排除する。
森は広いから完全に排除したわけではないだろうが、向こうに燃え広がる前にこちらにも炎が来そうだ。
こちらがどこにいるかは向こうはわからないだろうから博打に近いかもしれないが、自分のところよりもそのほかのところに燃え広がるほうが早いだろうと考えたんだろう。
このままでは火にのまれる。早いうちに何とかするべきだが……
「どうする? 恐らく火の向こう側は敵の検知範囲だ。迷彩の利点を捨ててしまうが」
『現時点では意味はないでしょう。どのみち炎が近くにあると迷彩は使いにくいです』
「なら炎の勢いが弱いうちに安全圏に行くべきか……」
迷彩の能力は周囲の環境の変化が少ない状況ならば効果的だが、炎ような絶えず変化し続けるようなものがあると効果が弱い。
全く使えないわけではないが、絶えず変化し続ける炎に迷彩を合わせるのが難しい。だから迷彩効果がなくなってしまう。
つまり迷彩能力は炎のせいで無効化されてしまうわけだ。
「炎を突っ切ろう。ダメージは受けるが多少はしかたがないとみるしかない」
『わかりました』
ドールはさっと炎の薄い部分を突破する。軽く火傷とまではいかない熱のダメージは負ったが、それくらいだ。
「迷彩は使いなおせるか?」
『できますが、待ちに戻りますか?』
「……いや、さすがに無理かな」
このまま待ったところで状況は難しい。相手が自陣に入ったことが分かれば自陣に火を使う可能性もある。
「迷彩は使うが待ちはやめよう。迷彩効果は弱まるが仕方がない」
『わかりました』
そのまま相手の領域を探索する。しかしまるで見当たらない。いた痕跡は発見できたが、それ以外の痕跡がほとんど見当たらない。
妙だ。相手がこちらと同じように待ちの手を使っているのだろうか。
そう考えていた矢先、ドールの上部にいきなり相手の姿が見えた。
「上だ!」
『!?』
咄嗟に叫んだが遅かった。かろうじて回避しようとしたが相手の攻撃が早く頭頂に一撃。それでこちらの敗北が決まった。
「木の上にいるとはね……枝の上、なら気づいたと思うけどどこにいたのかな?」
今回の相手の手はなかなかに面白いやり方だ。これからの参考になる。とりあえず、メッセージを送ろうかな。
魔力強化、魔力変換、魔力操作。必要魔力は多くなるが、その利便性は相当なものだ。
今回の作戦に使った手は主に魔力変換だ。森を燃やし火攻めを行う上で、火を使うだけでは簡単に燃え広がらせるのは不可能だった。
だが、魔力変換は魔力を自分の肉体にすら変換できる。つまり、変換させようとするものが何であれ変換できる。
厳密にはすべてのものに変換させることはできない、不可能なものも存在するらしいが、おおよそ全ての物への変換ができる。
すなわち、油にも変換ができるということだ。だからこそ剣、自分の体からある程度離せる武器を使用した。
魔力操作で剣に魔力を纏わせそれを油と火に変え、木を斬り油を付着させそのまま燃えさせる。
もし現実の木と同じなら簡単に燃えなかったかもしれないが、この空間での木はそこまで燃やすのが難しくない。
今まで今回のためにサバイバル条件での戦いを行い実践してどうなるかを試してきた結果が今回の山火事だ。
そしてこれが第1段階。相手もおとなしく火にのまれるとは思わない。最終的に火にのまれないこちらの作った領域に入ってくるはずだ。
その相手に不意打ちを仕掛けるために、上空に待機させた。空を飛んだのではなく、枝にくっついてだ。
魔力変換の利便性は自身の体色を変化させた肉体を作ることでもる。薄皮程度だが、木の枝に擬態させたのだ。
実は結構全部を行うには魔力消費がやばかったので相手が早いうちに動いてくれたのはありがたかった。魔力消費に関しては要検討だ。
対戦後、メッセージが来ていた。内容はまた対戦してほしい、というものと向こうの連絡先だった。
送るべきかは迷ったがこちらも連絡先を送った。もしかしたら友人かライバルみたいな感じになるのだろうか、自分たちは。
向こうからはありがとう、とまた楽しい戦いを、と返ってきた。