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黒幕の魔王

ゼルファードが自身に妹が居ると知ったのは、つい四年前のことである。

その頃は健勝であった前魔王に連れられてやってきた幼い少女は、見る物すべてが珍しいとばかりに辺りを見回していた。


前魔王の一人息子として育てられたゼルファードは齢300を越えるが魔族の中では若輩であり、その権力はまだ乏しい。

そもそもの問題、前魔王の時代からある魔族の貴族が政治面で暗躍し王の権力を削っていたこともあり、ゼルファードが王位を継承する前から魔王の発言に力は無かった。


「まったく、こいつらのやっている事は理解しがたい」

側近であり、幼いころからの友人であるコロンドールと共に一つの報告書を見ながら魔王ゼルファードは頭を抱えた。

なんでも、人間達の国が勇者を探しているらしい。

理由は魔族が人間達の国への侵攻しようとしているから……なのだが、そんな事をゼルファードは許可した覚えはないし聞き覚えも無い。一部の権力を持つ魔族が勝手に動いているのだ。おそらく、彼らを止めようとしてもなんだかんだと言ってのらりくらりとかわされて、最終的には若造が出しゃばるなと言うだけで在ろう。

ゼルファードは人間に対してべつになんの感情も抱いていない。ただ、人間に攻撃を行えばそれ相応のしっぺ返しを食らうだろうと理解し、決して手を出す事をよしとしていなかった。が、たかが百年も生きられない脆弱な種族と侮っている者もいる。彼等はゼルファードの考えなど弱者の考えと斬り捨てて聞かないふりを戦いをふっかけているのだ。

「ゼルファード、悪い知らせがある……エルリーカを保護し、預けていたはずのフェンネス家の者が裏切っていたようだ……」

「は?」

「どうやら、エルリーカを監禁してなにかあればこちらの人質として利用しようとしていたらしい」

「なっ!!」

普段、あまり表情を見せないゼルファードが驚きと怒りで顔を歪ませる。

「あの、フェンネスがっ。よくも、恩を忘れてっ」

震える声でゼルファードはフェンネスを罵倒する。

ゼルファードは、四年前から妹の事を溺愛している。それを知っているのはコロンドールだけである。

人間との混血である彼女の存在が他の魔族に知られるのはまずいとゼルファードは信用できる数人にしかエルリーカの事は話していなかったし、姿を見せる事もしなかった。だが、彼女を預けていたフェンネスが裏切っていたとなると話は別となるだろう。きっと、他の魔族たちはエルリーカの事を知っている。

彼女は魔王であった父の血を継いでいるにも関わらず、魔力は多くない。見た目もほとんど人間だ。だが、彼女は不死というめったに見られない能力を持っている。それを利用しようとする輩がきっと出て来る。

「今、エルリーカは」

「先ほど、私の城に保護をしました」

コロンドールの生家は貴族であり商人である。おそらく、現魔王よりも発言権を持つであろう家の一つだ。だが、コロンドールは幼馴染であるゼルファードを主として従っている。彼の下ならばきっとこんどこそは大丈夫だろうとゼルファードは息をついた。

コロンドールならば大丈夫。むしろ、コロンドールにこのまま彼女を……。

そんなことをゼルファードが考えていることなど露知らず、コロンドールはゼルファードの指示を待っている。

「コロンドール」

「なんですか?」

じっとゼルファードはコロンドールを見つめる。本当に、大丈夫かと考える。

彼の家名と彼の性格からして、おそらく大丈夫だろう。

「そういえばお前、結婚など浮ついた話を聞かないな」

「そんな相手が居ませんからね。いきなりなんですか、同じく相手が居ないとの噂の魔王殿」

「どうだろう、まだ幼いがいい話があるのだが」

魔王ゼルファードが勇者と会うのは、その数年後の話である。




人間達と一触即発、どころか血気盛んな魔族が数人喧嘩をふっかけて人間達との戦いへ発展。そして人間側に勇者が現れたと言う情報が来たゼルファードは考えた。

この状況を、どうにかいい展開にできないモノか。むしろ、勇者を利用する事は出来ないのか。

ゼルファードは数年以上かけてある構想を練っていた。


魔王を王として見ない者達――一部の貴族をどうにか出来ないかと。


家の権力を振りかざし、魔王の言葉すら聞かずに暴走する彼等。彼等のくだらないプライドや人間達への敵意のせいで魔界を危機に立たせている。

彼等を――勇者とぶつけるのはどうかと。

勇者が死んだらそこまでの人間だったと諦めることになるが、もしも、その勇者が本当に勇者なのだとしたら。

魔王に従わぬ血気盛んな魔族ら。彼等が勇者に独断で襲いかかって死ぬ。実は、その裏で魔王ゼルファードが糸を引いていたなんて誰も思わないはずだ。

そして、あわよくば、魔族の地に縛られているエルリーカを、任務と称して人間達の世界を見せるための裏準備を始めた。

エルリーカは、その立場上ほとんど外出したことが無ければ、魔族とも人間とも会ったことが少ない。彼女を勇者側へのスパイとして送りだしたのは、世界を見せるため、そしてもしも望むのならば……人間達の世界へ逃がそうと考えていた。

一応婚約者を作って自分がもし死んでも大丈夫なようにと手を回しておいてはあるが、この機会を逃せばきっと彼女はずっと魔族たちの世界に閉じ込められたまま。せめて、自由な時間を作ってあげたかった。



かくして、ゼルファードによる計画は始動した。

計画は予定通り……むしろ勇者があまりにも強く、消して欲しかった魔族をほぼ全滅させてくれたのだ。

ただ、誤算だったのは……。


勇者がゼルファードの城に来たとき彼は丁重にもてなした。

今回のことの顛末を話すためだ。

わざと、現魔王に反抗的な魔族を勇者に倒してもらった事やら何やらを話し、そして魔族にこれ以上戦う気はないことを伝える。その際、問題があるのならば自分の首でもやるつもりだった。

心は大荒れだが、外にそれを出さずに彼は魔王らしく形だけの玉座に座って一対一で会う事を望んだ勇者に話そうとした。

「あなたにあやまらな--」

「私にあなたの妹をくださいっ!!」

「は?」

ちょっとまて。である。

いや、本当に。

いきなり何をいうのかと思えばなんだそれは。

しかも、婚約者のいるかわいいかわいい妹にいったいこやつはなにをのたまっているのか。

なお、顔にはそんな感情を全く出さない。

「婚約解消はさきほどすませてもらいました」

「なんだって」

そう言ってうやうやしく勇者が差し出したのは、たしかにコロンドールの字、そして婚約を解消する旨が書かれている。

ゼルファードは切に願った。難聴になりたい。

「あとはお兄さんに了承をもらうだけです」

「おい、まて」

誰がお前の兄になった。

ちょっと本気を出して勇者を殺そうかと思い始めたゼルファード。

「なあ、一番最初に渡そうって言ったやつ、忘れてない?」

「あ、人間との和解案も持ってきました」

部屋の外にいた神官に促されて、ちょっとどころかかなり重要そうな書類をぽいと渡して来る勇者に、ゼルファードは半眼になっていた。

主にお兄さん発言で。

「それで、返事のほうは如何に」

これは答えなくてはいけないのだろうか。

「しまった……想定通り行ったが、さすがにこれは想定してなかった」

まさか勇者と恋仲になってしまうとは……いや、まだつきあっていないか。

とりあえず、ゼルファードは思った。

婚約者を決めたりなんだりしていたが……かわいい妹を誰かには……やはりやりたくないと。とりあえず、左の頬を思い切りひっぱたいておいた。





その後、勇者とエルリーカが婚約し、ようやく結婚するのはいろいろあった後の話である。



これにて終了となります。

三ヶ月くらいで終わらせるつもりがなんだかんだで六カ月もかかってしまいました。

もしかしたらいつか婚約者さんの番外も書く、かも……


ここまでお読み下さりありがとうございました。


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