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0.プロローグ

阪野準一の特徴を簡単かつ手短に説明するとするならば――――ぼっち気質。コミュ障。

これに尽きるだろう。幼稚園時代から、外でボール遊びや鬼ごっこだをやるよりは

部屋で本を読んだり積木をしている派であったし、小学校に上がればそれこそ学校に

こっそりゲームボーイを持ち込んでは一人トイレでピコピコやっていた。当然この頃から

友人などはいなかった。ただ、口うるさい幼馴染の女子が一人いた程度だ。


更に、中学に上がった頃には既に学校にすら足を運ばなくなっていた。俺は多少勉強が出来た。

自慢じゃないが、学校に態々行かなくても教科書レベルなら難なく解ける自信があった。この頃には

親も呆れ果てて、2つ下の妹に全ての期待を託して俺にはノータッチだった。それで十分だった。

家はそこそこ裕福な家庭だった。ので、ドアの目の前に「金を下さい。Give me money」とでも

張り紙を出しておけば翌日には、金が俺の口座に入っていた。それだけが親子のコミュニケーション

だった。


世の中便利なもので、買い物は勿論口座の管理すらもPC一つでこなせる。

俺はそれらの資金を元手に株を始めたりもした。それは困らないくらいには成功したし、いい小遣い

稼ぎにはなった。それらの金でゲームを、ライトノベルを、アニメを網羅しそれらを時に崇拝し、時に

叩きまくった。要はオタクになった。それも質の悪い。15歳ほどで、サラリーマンほどの収入を得て

完全に世の中を舐めきっていたわけだ。今思えば滑稽ですらあるが。


だから、高校に通い始める頃には、もう親に金をせがむことすらなくなった。だが、そんな

生活もやがて終わりを告げることとなる。

あれは久々に牛丼が食べたいなと思い、何年かぶりに外に出たことがきっかけだった。

たまには固形の栄養食以外の物を摂取したくなったのが運の尽きだった。


久々に浴びる日光は、眩しい以上に肌がヒリヒリ痛んだ。いつも窓から見えるより町は変貌

していたし、ご近所さんに至っては「あら、あそこのお宅に息子さんなんて……」なんて感じだ。

なんだ、俺一人いなくなっても世の中は回る。人間一人が世に与える影響はその程度だ。

そう思った。いや、長年の隠居生活を顧みれば当たり前か。ロクな栄養を摂らず、肌も顔も荒れ放題

だし、顔に至っては死んだ魚のそれだ。だがそんなものは関係なかった。


それでも繁華街を目指し歩く。記憶が正しければ大手牛丼チェーンがあったはずだと、記憶を

掘り起し歩を進める。家から出てすぐのところに懐かしい家を見る。薄い茶色を基調とした建売

住居の一件だが、俺は確かにその家を覚えている。確か、あそこには口うるさい女の子が住んでいた

ハズだ。もう、何年も合っていないが…。


きっと彼女が順当に人生を歩んでいるなら、今どきの女子高生ってのをやっているだろう。

顔はそこそこ良かったはずだ。そんなことを考えつつ、俺はその家を眺めていた。


「――――あなた……準一、君よね?」


ふいに後ろから声を掛けられた。俺はその時どんな声を上げただろうか。ネットでは大口を叩いて

いたが、現実は上手く行かないものだと、そう思ったのは覚えている。きっと気持ちの悪いほど、

キョドったに違いない。何故なら、その相手が件の彼女であり、想像通り所謂美少女とやらに成長

していたからだ。髪を染めたのかその色はブロンドになっていたし、スタイルも良くなっていた。

顔も幼さが残るものの、年相応の顔立ちになっていた。


「いやぁ……久しぶりだねぇ」

「ぇ――――ぁあ、そ、そう――――ですね」

「ップ、なんで敬語なの? 変なの!」


現実での話方を忘れたからに決まっているだろう。そう言える訳も無く、俺は立ち尽くす。

頭ではこの状況をどうするか回答を終えている。要は、逃走するか無難に挨拶でも言って

去ればいいわけだ。だが、どうしてこうして身体とコミュ力がついて来ない。

その間も彼女は幼稚園の頃からのメモリーをべらべらと並べていた。ていうより、9割は

自分の思いで話じゃないか。


「ぁ、の……」

「え? あぁ! ごめんねぇ。私ったら一人でしゃべってたわ!」

「は、はぁ――――じゃ、じゃあ俺はこれで……」


そう声を絞り、俺は繁華街とは逆。自宅へ向け歩き出す。外は面倒くさい。

そう思った。牛丼はレトルトでもいいか。だが、その腕を掴まれる。長年の引き籠り生活に

よってガリガリの俺の腕は女子にすら負けるほどだった。


「まぁまぁ! ここで合ったのも何かの運命でしょう? ね?」

「……」


その悪魔の誘いに抗う最適解が見つからず、拘束解除されたのは4時間後だった。


「疲れた……」


単純にそれしか出てこない。何とか部屋に戻った俺は、寝床に倒れこむ。何年かぶりに見た彼女は、

あんなに輝いていた。話を聞いていても俺とは真逆の人生を送っているのだと分かる。

それに比べ俺はなんだ。株が運よく当たって金がある。それを除けばただの引き籠りだ。

その差に軽く絶望を覚えた。実に遅い気づきだが。


だからこそ、非現実的な妄想を口に出してしまう。


「――――もし、もう一回人生をやり直せるとしたら」


きっと誰もが一度は抱く幻想だ。そんなことはありはしない。進んだ時間を戻ることは絶対に

不可能だ。やり直せる人生があるわけが無い。結局、俺はこのままなのだろう。


そう思って目を閉じた。どうか、せめていい夢でも見れるように。



草木を撫でる風の音。草の香り。鳥の鳴き声。それらが俺の知覚を刺激した。

目を開く。どうやら仰向けに倒れているのか。目には木々と満面の空が写る。


「ここは……」


未だぼんやりとする思考を起こす。そうか、夢だ。きっと明晰夢の一種だろう。

そう思えば後は楽だった。起き上がり状況を確認する。どうやら周りは森のようだ。


さらにこれが夢だという説を正しくするかのように、俺の服が変わっていた。

いつもの薄汚れてよれよれのスウェットでは無く、何故かRPGゲームの戦士のような

服に変わっていた。それは始まりの街で手に入るかのような薄い服に、胴には申し訳程度に

アルミプレートのような鎧ついている。さらには腰には片手剣が下げられている。


まるでプレイ開始3分後の勇者みたいな格好だ。

試しに剣を抜き出して振ってみる事にする。が、


「なんだ、これ……刀身が無い」


その剣には刀身が無かった。どうりで軽いはずだ。しかしこの装備で大丈夫か?

これじゃあ、RPGの序盤の定番である《スライム》にも勝てないと思う。

まぁ、夢だし。こういうデタラメもアリだろうと思って剣を鞘に戻す。


身体も軽く気分も変わり、次の街でも目指すことにする。どうせ夢だしとことん

やってやろうというゲーマー精神が湧いてきた。普段の肉体では鉛のように凝り固まり

運動どころの問題では無いので、たまにはこういうのもいいだろう。


そう思うと次第に楽しくなってきた。俺は、草を掻き分け森を進むことにする。


先に進んでも進んでも辺りは木しかない。こういう時ってマップでも所持している物じゃ

無いのだろうかと思って服を弄っても何も出てこない。アイテムログとか無いのだろかと

思ってもそんなものはない。某アニメのように、目の前で指をスライドさせてもメニュー画面は

でない。


「これ、詰んでんるじゃないか」


左右を見渡しても森。それ以上でもそれ以下でもない。さらに、日が沈んで来たのか若干

陰り始めた。夜の森は危ない。これはRPGゲームのお約束だ。その時間しかエンカウントしない

モンスターとかが出たりする。火を焚こうにもどうやればいいやら……。


「夢の中でも人生詰んでるのか、俺は」


急に気分が萎えてきた。何処に行こうとも人間は変われないんだろうか。

適当な木の幹に腰を落とす。暫くこうしていれば夢も覚めるだろう。そうすればいつもの

部屋に戻れる。結局あそこにしか居場所は無いのだから。


どれほど経っただろうか。日も完全に落ちて、森を静寂が包む。夜目なんて効くわけも無く、

完全に身動きが取れなくなった。


「早く夢よ、覚めろ」


そう何度呟こうとも状況は変わらない。


――――グルル……


「!?」


背後で背筋が凍るような重低音の声が響く。今のは絶対に《ウルフ》系のそういうアレの

声、だよな? とりあえず俺は、静かに移動を開始する。音を立てないように立ち上がり、

相手に居場所を悟られないように移動を――――


パキッ


小さいが、絶望的な音が足音でした。如何にもテンプレートな出来事だが、小枝を踏んだようだ。


『ガァッァアアアッ!!』


背後で大型犬のようなものが跳躍する。どうやら今の音で完全にバレたようだ。


「うあぁッ!!!」


前につんのめる。顔面から地面に倒れ鼻を強打。これが凄い痛い。鼻から生暖かいものが流れる。

鼻血だろうなと思うよりも駆け出す。


「うぁあああああッ!!!」


情けない声を出しながら必死に草に、木の根に足を捕られつつ前へ前へ転がるように――――


(誰かッ! 誰か助けてくれよッ!!!!)


もはや夢とか、そうじゃないとかそういう議論を捨て無様に逃げる。だが、すぐ後ろから

ハッハァと獲物を焦がれるような猛獣の声がする。恐らく足を緩めれば襲われるだろう。

抵抗しようにも、今ある装備は刀身の無い剣一本。どうしようも無い。


だが、もう走れる体力がない。ならいっそ迎撃――――

いや、ムリだ無理。怖すぎる。走る足音からして相手は相当に大型だ。《ヤマイヌ》の

ボスだろうか。絶対に噛み付かれたら変なウィルスを貰うだろう。それは御免だ。


「誰か、誰かッ! 助けてくれぇええええええッ!!!」


叫ぶ。まさか自分の喉からここまで大きな声が出るとは思わなかった。火事場の馬鹿力の

ようなものなのだろうか。生命的な危機に直面しているからだろうか。


「――――ハァッ!」


後ろからそんな声と共に、ザシュッという何か肉を捌いたような音が聞こえた。


「え?」


恐る恐る振り返る。いつの間にか森の開けたところまで来ていたらしく、月がその光景を

ありありと晒していた。地面には倒れ伏す大きな狼のような動物。と、そして剣に付着した

血液を振り払っている――――女性?だと思う人。


「あ……」


俺は情けなくそこにへたり込む。足がガクガクに固まっている。手も震えているしまともに

呼吸すら出来ない。オマケに顔は涙と鼻血のコンボと来てる。

助けてくれたお礼もしなくてはと思うが、どうしても声が出ない。


剣を鞘に戻した女性がやがて俺の方を向く。俺はその顔すら見れないでいた。


「あなた――――汚いわねぇ。こいつも餌は選ぶべきよねぇ」


“こいつ”と今し方斬り伏せた狼を指す。その狼も今はもう動かない。首筋を――――脈を

切られたのか致死量の血を流し倒れていた。死んでるだろう。


「あ、あぁ……うぁ」


目の前にある物が死骸だと分かるとたんに恐怖が襲ってきた。殺生とは縁遠い暮らしをしてきた

俺には衝撃が強すぎる。今もこの血の臭いだけで吐きそうだ。

数々のRPGゲームをプレイしそれこそ数えきれない魔物とかと戦ってきたが、なんだこれは?

夢じゃなかったのか。何が起きているんだ。夢なら覚めろよ――――


「ねぇ、大丈夫アンタ」


目の前に女性の顔がアップで映る。俺は「ひッ」と声を上げて不格好に後ずさる。


「何よ、人を殺人鬼みたいに。言っとくけど、「助けて」って言ったのあんたでしょ」

「え」


この人は俺の声で来てくれたのか。


「あ、ありがとうござます」


何とかそう言う。未だに落ち着かない。


「ま、これでも飲んで落ち着けば?」


そう言うと女性はボトルのような容器を俺の前に置く。言葉に甘え、俺はそれを飲み

一度落ち着くことにした。それは、フルーツジュースのような味がした。



「しかし馬鹿ねぇ。こんな時間に森をうろつくとか。夕飯になりに来ましたって

言っているようなものよ? 何してたのこんなとこで?」


起こした火に小枝を放りながら尋ねられた。


「道が分からなくて……それで、襲われたんだ」

「は? こんなとこで迷うとか。もしかしてどっかから来たの?」

「あ、あぁ。そういう事になる」


凄く馬鹿にされている気がする。しかし、よく見れば凄く美人だ。黒髪をポニーテールでまとめ、

顔つきは凛々しい。年齢は、18くらいだろうか。俺より上だろうきっと。


「まぁ、乗りかかった船だし。《リーンの村》までは案内してあげるわ。折角助けたのに

明日になったら餌になったましたじゃ目覚めが悪いわ」

「はぁ。どうも……」


それまでに夢が終わると信じたい。

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