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『名も無き物語』  作者: 矢久 勝基
第1章 神に見放された少女
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第八節

「俺が死ぬことがこのゲームの目的か……」

 "銀"はようやく飲み込んだようだった。

 ヒロがあの黒ずくめのビッツという男に弓を向けたのが宣戦布告であったかのように、武装した者が次々に襲い掛かってくる。それならその方が分かりやすい。数多くの相手にただひたすらの正面突破はゲームの醍醐味の一つだった。

 敵にも個々に性格があるのか、遠くで見ているだけの者や戦わずに逃げ出す者もいるが、そんなものは彼にとって、背景オブジェみたいなものだ。他の3Dアクションゲームとなんら変わるものではない。

「ははっ!」

 "銀"は修羅であるかのように、押し寄せる戦いを楽しみながら走る。実生活でこれほど自分の思い通りになるのはゲームの世界しかない。相手の剣を受けては斬り、よけては斬り……鮮やかな快進撃に、彼は酔いしれながら、ヒロの言う川へと急ぐ。

 しかし、あるところで彼ははっとした。

「おい、大丈夫か!?」

 自分が伴っている娘に白刃が向かったのを跳ね除けそれを斬り伏せた時。"ようやく"目に映ったのは、妖精のようだった少女の、今にも崩れそうな姿だった。

「大丈夫か……」

 言いつつ、"銀"は気付かない。この場所までどれほどの全速力で来たか。どれほどの戦いを繰り返したか。

 肩で荒く息を重ねる彼女は、"銀"が立ち止まったことをいい事に、糸がぷっつり切れてしまったように座り込んだ。とめどなく噴出している汗が長い髪を全身にこびりつかせ、端正な顔からは完全に生気が失われている。

 加えて、"銀"に護られていたとはいえ、今の今まで死と隣り合わせの連続だった彼女は、実戦など経験したこともない。元来が好戦的でもないただの少女であることを思えば、その精神的圧迫からくる精神疲労は計り知れまい。

 そういうことに、疲れ知らずの"銀"と、この世界をゲームとして捉えている英治は、まったく気づくことは出来なかった。

 彼女が消え入るように何度か発していた「待って」という声も、バトルに明け暮れる彼の耳まで届くことはなかったのである。


 しかし、ともあれ彼は立ち止まった。それほどにヒロの朽ちた姿は画面を通してもリアルだった。

 太陽はすでに西に大きくかたむいている。その日が照らす広大な畑地帯を抜ければ川はすぐだと彼女は言っていたが、目分量でもあの日が落ちるまでにたどり着ける距離には思えない。

「悪かった」

「……ごめんなさい……わたし弱くて……」

「少し負ぶってもいい?」

「……重いと困ります」

「俺は重さを感じないから大丈夫」

 "銀"はヒロを背中に背負い、辺りを見回した。重さはないが、このままではまともに戦えまい。

 出発した場所に比べればだいぶまばらになった家を値踏みして、その一つに目星をつける。彼はいたずらっぽく笑ってみせた。

「この家入っちゃえ」

「え、誰の家ですか?」

「知らん」

 誰の家だろうと占拠する。追手もまさか家に逃げ込んだとは思うまい。

 どうせ世界中が敵なのだ。なにをしても生き残ったほうの勝ちだろう。


 一方、先ほどこの二人を取り逃がした監視役、ビッツは子飼を駆使して放射線状に偵察網を広げていた。

 このゲームはすべての参加者が"銀"を追っているとはいえ、協力体制があるわけではない。各それぞれのネットワークを通じて個別に彼を追っている。先ほど英治が"世界中が敵"という発想をしたが、実は彼らにとっても似たような状況にあると言えた。野心のある者にとって、"銀"を狙う者はすべてがライバルなのだ。

 そういうシステムにすることによって"世界中が敵"のはずのこの世界で、展開によっては幾度となく"敵"に助けられる……というパワーバランスを形成する。

 この世界の敵をモンスターやゾンビにしなかった理由であり、物語を自由に膨らませるための製作側の意図がここに見える。

 このビッツという男も、上司でありライバルでもあるユンクの意思から離れようとしている。

 なんとしても"銀"は自らの手で始末する。それこそが自分の生きる意味であり、最大の功名なのだ。ユンクという男には敬服しているが、このことだけは話が別だった。言ってみれば、惚れた女を取り合うのに上司も部下もないようなものだと考えていた。


 "銀"とヒロを隠した家は、すぐに割れた。

 もともと戦闘を避けることもなく進んでいるために、点々と足跡のように残された死体が彼らの進行方向を示していたことが大きいのだが、それにしても急に身を潜めた家を簡単に割り出せたのは彼らの持つ諜報技術の賜物だろう。彼らは自警団と呼ばれるこの街の警察組織の中でも、その道の専門部署であった。

 ちなみに彼の上司、ユンクはこの地区の支隊長であり、彼ら諜報部も含めてこの一帯の統括をしている人物である。手続きの順を追えば当然目標の発見に対する報告をしなければならないのだが、ビッツはそれをせず、人数を使って円状に包囲した。時はすでに夕刻、日は落ちている。

 家はヒロの家のような石造りではなく、木造である。二階を作れる高さがありながら、吹き抜けのような1階建ての建物であり、中は部屋がいくつか区切られているものの、その部屋数は少ない。

 ビッツはこの暗がりで、まず対象の家の四方の窓ガラスに一斉に矢を放たせた。

 寒気のするような暴力的な音が辺りに響き、中から短い女の悲鳴が上がる。その声を確認したビッツは攻撃を中止させ、平然とこの家の扉を開けた。

「ビッツ!?」

 中には叫んだヒロに"銀"、そして男が一人。その男は自分が入ってくるなりこちらへ駆けてくるとすがるように言った。

「お助けを!!」

 ビッツは今、自警団の服を身につけている。この男には手荒な扱いを受けた形跡もないが、「追われる者」に加担していたわけではないというサインを自警団という制服に対して送ったのだろう。

 みえみえだけに小ざかしい。ビッツは舌打ちをして、言葉を吐き捨てた。

「下がってろ」

 腰を低くしたまま扉の向こうへ消えていった男の家は明るい。電気ではないがこの時点では部屋が明るいことさえ"銀"は自然のことのように受け止めていたので、彼がその異様に気づいた日に説明しようと思う。

 扉を占拠して立ちはだかる黒いフードの男をやや睨みつけ、"銀"は口を開いた。

「お前、さっきの奴か」

「ああ、そうだ。この家は包囲した」

 ウソではないことは窓ガラスをすべて同時に割ったところで伝わっている。

「さて、ここからが交渉だ。まずヒロ」

「はい……」

「こちらへ戻って来い」

「……」

「でなければ……すべての攻撃は貴様に集中するよう指示をする」

「え……?」

 ビッツは意外な顔をするヒロをそのままに、"銀"のほうを向いて続けた。

「どうするね。貴様が無理にヒロを囲おうとすればこの女は死ぬことになるが」

「お前卑怯なやつだなぁ……」

「俺たちは「追われる者」……貴様を死に至らしめることが最大の名誉だ。手段は選ばんよ」

「なら俺を狙えばいいだろ」

「自警団としてはヒロは殺したくない。おとなしく返せば安心して貴様に当たれる」

「……」

「だが貴様のエゴでヒロを危険にさらしてもいいというのなら手放さなくてもいい。俺個人はその女のユンクへの裏切りは許せん」

「……」

 ヒロは悲しげな顔をした。自分はユンクを裏切ったつもりはない。

 しかし一般的にはそう思われるのだろう。ユンク自身も、同じ空の下でそう考えているかもしれない。それが、悲しい。

 そんなヒロの頭が、ぐしぐしぐしとなでられた。そのたくましい腕は"銀"のものであることに気づいた彼女が彼の顔を見上げる。その男の顔は、自信に満ち溢れていた。

「心配すんなよ。指一本触れさせねえ」

 ノーリスクの自信。主人公になりきった"銀"はそのゲーム内の実力も相まって乗りに乗っている。

「お姫様は俺のもんなんだよ。取り返したきゃ力ずくでやってみろ三下」

 そして目の前の少女に笑いかける。

「で、いいよな? ヒロ」

「お姫様ってわたしですか……?」

「いや、そうじゃなくて……」

 つまりだな……と、"銀"は意外に律儀に説明を始める。

「俺についてくるなら俺に任せろ。……それとも危ねぇことはやめて、家に帰るか?」

「……」

 ヒロはしばらく唇をかみ締めて、小さく首を横に振る。ビッツはいかにも不愉快そうに"銀"を睨みつけ、そして二人に背を向けた。

「ユンクが率いる本隊が南から向かっている。どのみち貴様らは時間の問題だ」

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