第七節
王の命令を聞かずに正面から戦えるのは「追われる者」だけだ。
そんなジョーカー的存在が簡単に近づけないようにするための用心棒がこのガーゴイルらしい。
しかしこんなに強く、しかも王に近づくと探知ができてしまうレーダーを備えているのでは王を倒すことなどかなわないのではないだろうか。
……これを英治はこの物語と平行してインターネットで答えを突き止めている。
仲間を集める。より強い武器を手に入れる……なるほど、冒険ゲームのセオリーであった。
前にもやや触れたが、このゲームは「「追われる者」を追い、王を決定する」パートと「王が決定した世界で主人公として立ち回る」パートが交互に続いていくものである。いろんな人物と出会い、王の性格で世界は変わりながら、オンライン管理で広がり続ける世界で、永遠、飽きるまで主人公として生きていける……というのが実態であった。
だから本来この「王が決定した世界で……」のパートはもっともっと余裕を持っていろいろなところを回り力を蓄えることを期待されているのだろう。その中にいろいろな物語が用意されているに違いない。
だが、"銀"の物語はそんな悠長なことは言っていられず、いつ死んでしまうかも分からないヒロと再会するまでは、展開を急がなくてはならなかった。
「ひとついいか?」
"銀"はガーゴイルという名の大型獣に話しかけてみた。
「お前みたいなのはあと何匹いる?」
「我らは二体をもって王の護衛を行う者なり……」
「するともう一匹がヒロのところにいるわけね」
「ヒロ……?」
「ヒロは王のところにいるんだろ?」
「ヒロ……?」
「……いないの?」
全身漆黒に身を包んだ獣はしばし考えている。意外に親切かもしれないと思いつつ、ひょっとして知能が低すぎてヒロを認識していないのかもしれないという気にもなってしまう。
「我の記憶にはない」
「お前、人間の顔の種別できる?」
「……?」
今大マジメに確かめることかと思うとおかしくなるが、とりあえず"銀"はユキを指差した。
「例えばこの子と別の女がいたとして、この子と見分けがつくの?」
「当然だ……」
「そうか」
しゃべれるだけで知能は爬虫類並みとかじゃなくてよかった。
「それに……お手前の下らん時間稼ぎでその娘のセラが完成したこともわかる……」
「あ、わかっちゃいました? あははは」
ユキが斜め後ろで作り笑いをしている。
「姑息な輩どもだ……次は命中すると思うな……」
「はい、ゴメンナサイ」
ユキは確かにおびえているようだが、彼女のしぐさや言葉を見てると、なんだかいつもコミカルになってしまう。"銀"は苦笑しつつ、
「いいよ謝んなくて……だけどな、それなら今俺らが戦う理由はない」
「戦う理由……?」
「お前は王を守ってるんだろ? 俺は王を倒す気はない。それより急いでんだ。道を開けてくれ」
「……」
この獣には、"銀"が何を言っているのか、今度こそ理解不能だった。王に迫る「追われる者」を排除するために存在しているという理由から、「追われる者」が王に迫らないというシチュエーションが理解できない。
……あるいは"銀"の思った通り、彼?にはそれほどの知性は用意されていないのかもしれない。
「命乞いは無駄だ……」
「違うっての」
「もし命乞いでないとすれば……」
魔獣の身体がまたすっと低くなる。
「我を倒せばいい……」
そして後ろ足の筋肉が一瞬隆起したかと思うとはじかれるように飛び上がった。路線バスが浮き上がるほどの加速をして飛び込んできたような重量感と思えばわかるか。とてもじゃないが、正面から受け止められる代物ではない。
「えい!!!」
それでもこの女子高生は撃った。掛け声とともに現れたのは直径二メートルほどの赤く透き通った球状の何か。……恐怖の中でも彼女が冷静さを失わなかったのは、ひとえに戦闘訓練を真摯に行っている証拠であった。
球体は正確にガーゴイルの正面へと迅ったが、巨体とは思えない身のこなしがその攻撃をも空しくする。かすめ飛んだ半透明の塊が上空へ消えていくのと同時に牙を剥いた魔獣は、再び"銀"を亡き者にしようと欲す。
その一撃が再び横飛びに退った彼の背中をかすめ、まるで台風のような気流を起こす。ゲームの向こうだ、動揺はなかったが、間髪いれずに角から発せられた電撃が目の前を覆ったものを受けることができず、ユキの防御型のセラに救われた。返す刀で踏み込んだ反撃二つ、いずれも有効打には至らない。
この時、この闘いに引かれるように現れた二人が、現れるなり派手に叫び散らした。
「ほんとにいた!!」
「うわ! 何だこのバケモン!」
「ニール! メル!」
ユキの表情が歓喜に沸く。
「おい、なんだこいつ。説明しろよ魔王」
身の軽そうな赤い装束を身に纏い、二メートル近い槍を携えているこの男はニフェルリング。
「ユキ! お前の悲鳴が聞こえたんだよーー」
鎖帷子のような、やや装甲の厚いいでたちで反りの入った刀を腰に下げているのがメルケル。
「二人ともナイスタイミング過ぎて泣ける!!」
ユキの歓声にニフェルリングが答える。
「俺は全然聞こえなかったんだけど、こいつがどうしてもっつーから来てみたら……」
「俺がユキの声を聞き逃すはずないだろ」
「そんなことよりユキ!!」
ニフェルリングは自分の得物を脇に構えると、やや怒気を帯びた声で幼馴染の名を呼んだ。
「はいっ!」
「後で説教だからな……」
「ゴメンナサイーー!」
「いいから下がってろ」
そしてガーゴイルから目を離すことなく、魔王に声をかける。
「おい、こんな奴との戦い方、学校で教わってねーぞ」
「俺も勝ち方わからん」
"銀"も構えたまま苦笑を浮かべたが、彼もこの加勢を天佑に感じていた。




