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『名も無き物語』  作者: 矢久 勝基
第1章 神に見放された少女
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第四節

 その時だ。

 ばんっと荒い音を立てて開かれた扉と、どやどやと押し入ってきた人の群れが、一度二人の思考を停止させた。

「ヒロ!」

 その一番前に立つ、"銀"よりもやや年上そうな男が、その"惨状"をみて、荒々しく腰の剣を抜いた。

「すまない、遅くなった」

 ヒロは組み敷かれたまま首だけおこすと「ユンク……」とだけ、のどの奥で呻く。それを飲みこんだ男の拳に、震えるほどの力が篭った。鋭い切れ長の目が怒りに満ちている。

「「追われる者」だな。貴様は自警団で殺す」

「自警団だと……?」

 “銀”もそれに呼応するように起き上がると、ぼんやりと人数の勘定をはじめた。

 部屋の中に十前後……外にもいる。自警団というのは街の治安を守る警察組織のようなものだから、寄せ集めではないことは確かであった。

「ふーん」

 昨日の一件で、すでに戦い方は知れた。どの程度いけるのかは分からないが、目の前の脅威に怖さはない。

 ベッドから降り、すっ……と身を低くすれば、ユンクと呼ばれた男も、同じように体勢を作る。

「この人数でも臆することなしか……」

 さらにすぐ後ろの黒いフードの二人が、援護とばかりに右翼、左翼にそれぞれ散った。

「まって……」

 その間合いの真ん中に、ふらふらと割って入った影がある。ヒロだった。

 崩れた衣装を片手で抑えて、すでに一日分の気力を使い果たしたような足取りで、それでもはっきりと"銀"をその背中に隠す。

「ユンク、待って……この人に手を出さないで……」

 思わぬ抵抗に、ユンクは眉をひそめた。

「なぜかばう?」

「わかんない」

 ヒロは瞬きもせずに長身の男を見上げ、こう言った。

「でも、この人は……ひょっとしたらわたしが探してた人かもしれない……」

 だから帰って。わたしは大丈夫だから。……その目には、有無を言わさない迫力がある。

 だが、こちらの男もそんなに簡単に引けない。いや、絶対に引けない光景を、たった今目の当たりにしてしまった。

「わけのわからないことを言うな! こいつは「追われる者」だ。どちらにしても殺す義務がある」

「わかってる。でも……お願い。わたし、この人ともう少しだけ話したいの」

「ヒロ……」

 ユンクの目に、愛する彼女への甘さが浮かぶ。

「わかった……一晩だけ待つ」

 半ば震えながらゆっくりと剣を腰に納め、後ろに指示を出すと、人の群れは順々に散った。

 最後に、ユンクと、それを援護しようとした二人だけが残った。切れ長の目が、あわよくば睨み殺そうという勢いで"銀"を刺し貫く。

「明日の夜空が見られると思うな」

 そして険しいままの表情でヒロに目を移し、

「監視をつける。それは譲らん」

 後ろの二人は心得たようで、軽く会釈をすると一瞬で姿を消した。

「一晩おとなしく首を洗っていろ」

 そしてきびすを返すとそのまま扉も閉めずに出て行った。


 再び静寂の戻った部屋の中。

 しばらく、二人の時間もとまったように出口の方向を向いたまま立ち尽くしていたが、やがて女のほうが静かに服を直し始めた。

「好きな奴いるんだな」

 どうにも間が持たず、とりあえずそんなことを言ってみる"銀"。

「もうずっと前から付き合ってます、結婚もするんだと思います」

 帯を結びなおしてその長い髪の毛を手櫛でととえながら他人事のように答えるヒロ。言う間に、姿はみるみる元に戻っていった。

「おまたせしました」

 笑顔まで元通りである。が、その笑顔に「今までのことなんて何も無かったことにしたい」という心理が見えて、"銀"は、というか英治はつらくなった。

 瞳が深すぎるのだ。彼女と接していると、その眼差しが伝えてくる心の重さが現実世界にまで伝わって、心を圧迫してくる。

 もしこれが、精巧に作り込みすぎているだけだとしたら、ゲームがリアルすぎるのも考え物だと思ってしまう。無責任に世界を席巻できるのがゲームの気楽さであるはずなのに、ここにあるリアルは、プレイヤーに現実世界と同等の責任を負わせようとしているかのようだ。

 そんなのは……めんどくさい。

「なぁ、俺さ……」

 先ほどのベッドにもう一度腰かけると、ヒロを見上げた。

「はい」

 間が持たず、なにか仕事を求めてせかせか動き回ってる彼女が足を止める。

「俺、このゲーム無理だわ」

「え……?」

「やめるかも……」

 その言葉にすぐに何かを言いかけたヒロだったが、視線を落として黙ってしまう。落胆の中で、彼女は別の言葉をつぶやいた。

「……それってやっぱり作り物だから……?」

「そうじゃない」

 しおれてしまいそうな表情……。英治はこのゲームを始めてから、彼女のこの表情を何度見ただろう。現実にも味わったことのない、異性の重さに、英治の戸惑いが覚めない。

「やめないで……」

 その傍らで、ヒロの声が消え入るように小さく、英治を責めていた。

「あなたがやめてしまったら……わたしはまた、悩み続けないといけなくなる……」

「何で俺なの?」

「え?」

「何で俺ならアンタの疑問を解決できると思うんだ?」

「それは……あなたが、向こうの世界の人だから……それと……あなたは……わたしに迷った人だから」

「迷った……って?」

 先ほどこの青年は「お前がそんなだとどう接したらいいのかわからない」と、言った。……言ってくれた。

 それは、思えばもっともヒロ自身が望んだ反応であったのかもしれないのだ。

 彼女は作られてからずっと自身の存在に疑問を感じている。長い間自分が信じ切れていないのに、いとも簡単に「信じる」と言い放つ他人を信用なんてできるものだろうか。逆に、彼はそのことを頭から信じなかったわけでもない。でなければ、自分はとうに犯されていただろう。

 鼻と鼻が当たりそうな距離でお互いの瞳同士が通じ合った時、確かに二人は同じことを考えていた。同じことで悩んだ。

 だから、ユンクを止めた。この男なら自分の気持ちを理解してくれるかもしれないとほのかに思えたのだ。

 その気持ちが彼女の両手に伝わって、"銀”の両手を強く握り締める。

「だから……お願いします。もう少しだけ……わたしがわたしを信じられるようになるまで、一緒にいてください!」

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