第一節
チャックビルでは、王の居城である巨大な宮殿の普請が急ピッチで進められている。"新法"とやらにはひと月で完成させるといった無茶が制定されていて、実際意気込みだけは本気なのであろう馬鹿げた人数の召集命令が街全体に飛んでいた。すでに到着して作業に入っている者に加えて、到着していない人数も続々とチャックビルに向かっているから、現在は元スラムへ流れてくる人の列が、川のようになっている状態である。その川の一部になることを拒否した者は家族までもが殺された。
そのように集められた群衆がアリのように列を成して右へ左へと動いている様を、ルーディギウスは遥か高い岩山の中腹から満足そうに眺めていた。
「ふふ……」
笑いが止まらない。まさか「追われる者」をしとめた報酬がこのようなものだったとは。
本当に誰も自分に逆らえないではないか。自身が発布した走り書きがどれだけ理不尽かは理解できている。しかしその理不尽な世界が今、当たり前のように眼下に広がっているのだ。笑いが止まるはずがなかった。
ちなみにそれが「追われる者」を倒した報酬であることは、この王だけが知っている。それを伝えた二体の獣。「ガーゴイル」と名乗った十メートル近い化け物が、王の武力の象徴となっているようだ。
そういうわけで現在、チャックビルに向かう人の流れが極端に多い。ヒロがその姿を消した地区はチャックビルの玄関口でもあり、人の往来が激しく、土地を知らない者で溢れている。ヒロの足跡は、まるで大雨に流されたようにたちまちに掻き消されている状態にあった。
自警団の懸命の捜索も空しい。彼らは現地での聞き込みに加えて、チャックビルへ諜報員を潜り込ませたが、有用な情報は上がってこない。ユンクは捜索期限を十日と定めたが、成果も上がらないまま、すでに一週間が経とうとしていた。
だが実際、ヒロはまだ、この地区にいる。
自警団の動きはそれなりに功を奏しており、彼女をさらった元自警団の諜報部長バーツは、思う動きができないでいる。ヒロというお荷物がいる以上、鉢合わせは不利であり、うかつには動けなかった。
ところでこの男は一人ではない。
バーツはもともと謀略を生業とし、一族郎党闇にまぎれて生きる部族の生まれだ。独自の情報網を世界全体に張り巡らして得られた情報を売り、時にはゆすりたかり、依頼されれば破壊活動を行い、その報酬で一族を生きながらえさせている。族名をマオラという。
マオラの命はその情報網にある。それぞれの活動にそれぞれの情報は有益であり、おのずと一族同士の絆が深い。バーツが諜報部長として優秀だった理由には、彼らの暗躍もあるわけだ。
今、バーツとヒロの二人は、ニフェルリングの通う高等学校の北東数キロにある雑貨屋の裏、少しかび臭い雑貨を押し込めた倉庫に潜んでいる。
この雑貨屋は昔からあるが、店主がマオラだ。この地域の情報を得るために店を構え、死ぬまで雑貨屋の店主として生きる。偽の生い立ちもすべて用意され本人もその気で生きるから、彼の本当の稼業など疑われる余地もなかった。
マオラは、一族を挙げてバーツの仕事に協力をする方針を本人に伝えていた。
得体の知れない新王の登場で街の秩序が変わりつつある。心臓部に発信装置を埋め込むことはこの際彼らにとっては急務であり、彼の提案は渡りに船であった。
バーツはここに潜伏してまず情報の収集を行おうと思っていた。自警団の連中がどういう動きをするかは見極めてから行動は開始したほうがよい。
マオラの協力の下、元自警団にはさまざまな偽情報が飛んでいる。何かに引っかかればそれをきっかけに行動を開始するつもりだった。
ヒロは荒縄で手足を拘束されて倉庫の片隅に座らされている。用途が「王への貢物」なので、衰えないように食事は与えられていた。
彼女はそれを黙って食べている。その屈辱に涙が浮かぶが、他の自分たちが簡単に選んでいった死を、受け入れるわけにはいかなかった。
思えば、他の多くのヒロは軽々しく死んでいったと思う。
死んでもいずれ同じ自分として生き返ることを知っている。その次の希望に賭けて、簡単に自分を見限った。絶望という名で、名誉という名で、役割という名で。
……そういう意味で、この「ヒロ」は初めて、生き残ることに躍起になっていた。




