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『名も無き物語』  作者: 矢久 勝基
第4章 王のいる世界
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第二節

 ダンダンダンッ!!

 不意に、ドアを激しく叩かれる音で三人は振り返った。……といってもここから玄関扉は見えない。母親が二三言つぶやいて立ち上がろうとすると、

 ガタン、バン!!

 という音が続けて聞こえ、その後もガタンガタンいいながら三人の目の前に現れた少女がいる。

「ニール! かくまって!!」

 そのままベッドへダイブ。掛け布団に姿を隠した。

「今の……」

 母親が何か言おうとすると、続けて

 ダンダンダンッ!!

 さっきと同じ音がした。

 今度こそ母親が立ち上がろうとしたが、ニールがそれを制して立ち上がる。

「僕が行くよ」

 今一瞬でベッドに潜った金髪少女はユキで間違いない。どうもこの娘は災難に巻き込まれるきらいがある。と、立てかけた槍を担いで廊下を歩きながら思った。途中、いろんなところにぶつかった跡がある。後でここでここをぶつけてこんなアザになった、こっちはこうで……と説明されるのだろう。ユキは、そんなことが手に取るように分かるほどの幼馴染みであった。

 ドアを開ける。……すると、小汚い男が三人ほど扉の前でふんぞり返っていた。

「今ここに娘が一人入って行っただろ」

「お前ら誰だよ」

「口を慎めよ。俺たちゃ王直属の近衛兵だぜ」

「近衛兵……?」

 思わず吹き出してしまう。近衛兵という格の耳障りのよさと目の前の男たちとのギャップが大きすぎた。

 一方この三人はそんな学生の生意気さに血液を沸騰させる。

「おぅてめえ、なに笑ってんだよ!」

「俺らを笑うってことは王を笑ってんのと同じなんだよ。死ぬか? コラ」

「その槍はなんだよ。逆らうつもりか?」

 その時のニールには二つの感情が生まれている。

 小突いてしまえば痛い目を見せるのはたやすい。恐らく、こうしてああして、こうなったところをこうすれば片付くだろう……と容易にシミュレートできるほどにこの男たちは隙だらけだった。

 だが……もう一つの感情がニールを強く諌めた。

 槍を床に置き、頭を下げる。

「すいませんでした」

 王には逆らえない……とするなら、この場を逆らうわけにはいかなかった。ここで暮らしていけなくなってしまう。

「けっ」

 その場でツバをはく男が、ニールを蹴散らすように玄関を上がってくる。

「気にいらねえが……さっきの女を出せ。てめえはどうでもいい」

「それは……」

「できねえなら反逆罪でこの家のモン全員死刑だ」

「……」

 彼は槍の達人といっても一般の高校生だ。そういう言葉を直接聞いて、個人の判断でそれを突っぱねることができるほど成熟はしていない。

 すっかり黙ったニールをそのままに、三人は土足のままどかどかと廊下を進んだ。そして程なく"銀"、ニールの母親、ユキのいる部屋に達する。

「さっきの女はどこだ」

「何だあんたら!!」

 声を荒げる母親に三人は不敵に笑い、先ほどと同じ水戸黄門の印籠のような言葉を吐いた。

「王直属の近衛兵だ。さっきの女を王の元へ連れて行くから早く出せ」

 ベッドはこんもり膨らんでいるが、まるで石化したかのようにピクリとも動かない。母親の眼球が一瞬だけそちらを向き、眉間にしわを寄せて叫んだ。

「ふざけんじゃないよ! どのツラ下げてうちのものに手を出そうとしてんのよ。あんたらに髪の毛一本渡す義理はないよ!」

「へぇ」

 それを荒くれどもがわらった。

「王にはそう伝えておいてやる。いいからさっきの女を出せ」

 口臭漂う男が一歩、母親のほうへ歩み寄ると、彼女ははじかれたように一つ奥の部屋まで走った。

 まもなく戻ってくる彼女が手にしていたのは包丁である。

「それ以上寄るな!」

 だがその切っ先は音がするほどに震えていて、下卑た笑いを浮かべる男たちの、緩んだ表情を引き締めることすらできそうにない。

「寄るなっ!!」

 まったく臆せず歩み寄る彼らに、彼女は必死で叫んだ。

 だが、この母親は決して一人ではない。……部屋の入り口に駆けてきた息子。それに、

「任せて」

 そんな震える肩に手を置いて、進み出た"銀"がいる。

 "銀"は狭い出入り口で槍を窮屈そうに構えたニールのことも制止した。手には血塗られて赤黒色に身を染めた刃が殺気を帯び、男たちの喉を威嚇し始める。

「い、いいのか? 俺たちは王の直属……」

「お前ら、俺が誰だか知ってる?」

「……」

 彼らはその威圧感に飲み込まれそうになりながら、思えば先ほどからなぜか引っかかるこの男の記憶をたどろうとした。

 そして彼らの思考に、この際不運としか言いようのない答えが浮かび上がる。

「てめえ……「追われる者」……」

「そう。アンタらが狙おうが狙うまいが俺にとっちゃみんな敵」

 だから斬るよ……その言葉をあまりにそっけなく、鋭く言い放った次の瞬間、彼の姿は震えている母親の隣にはない。

 狭い空間の中にもかかわらず長剣を巧みに翻し、瞬き三つもしないうちに三人を絶命させていた。


 その鮮やかさにニフェルリングは目を見張った。

 やはりこの男はすごい。狭い部屋で木刀などを振りかざせばわかることだが、どういう動きをしても何かに当たってしまう。多少振るえたとしても一撃で絶命させるような斬撃を残すことは難しい。

 それを、この男はほとんど態を変えることなく同時に三撃行ったのだ。

 一人目は喉元を小さく薙がれ、一人はいなされて後頭部を鍔元で打撃され、最後の男は突かれて心臓が二つに割られた。

 グロテスクであるはずの死体が、ニールには名工が拵えた芸術品であるかのように見えている。……もっとも、そんな冷静な目でその様を見ていたのはこの天才槍使いだけであり、母親は顔を真っ青にして包丁を持ったままへたりこむし、ユキに至っては、まだ死んだふりから回復していない。

 "銀"は黙ってその死体の一つを担いで出口のほうへ歩き出した。

「どうすんだよ」

 ニールがその背中に声をかける。

「外に出して俺がやったとアピールすればお前らが狙われることはないだろ」

「……」

 今、ものすごくかっこいいことを言われた気がして、ニールは思わず心がときめいてしまった。

 そしてこれは同時に、"銀"、いや、英治のこのゲームに対する姿勢が変わったことを端的に物語った言葉であるように思う。結論を出したわけではないだろうが、ヒロがそうであるように、他のすべての人物も、彼にとってはもう単なるゲームのキャラではなかった。

「手伝うよ」

 ニールがいう。が、"銀"は振り返りもせずにいった。

「お前が手伝ったらアピールする意味なくなるだろうが」

 そのまま一人目を抱えて家を出て行く。

 しばらくして戻ってきて、淡々とその作業を繰り返す。ようやく布団から顔だけを覗かせたユキも含めて、残る三人は呆然とそれを眺めているしかない。

「紙とペン貸して」

 ニールが黙ってそれらを渡すと、"銀"はなにを書くかを少し迷い、「斬奸 BY追われる者」などと書いてみた。

 なんだが稚拙だが、実際どうアピールしたら効果的かがわからない。

 とにかく、これを三つの亡骸の脇の地面にでも刺しておけば、「追われる者」が己の目的で殺った……ということはアピールできるだろう。

 そして同時に、自分はここから去る必要がある。

「じゃあな」

 その背中が、少し年下の二人にはかっこよすぎた。

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