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『名も無き物語』  作者: 矢久 勝基
第4章 王のいる世界
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第一節

 再び画面が明るくなったとき、そこは見知らぬ部屋だった。

 ここもまたユキの家と同じく木で造られたバンガローのような内装で、自分はベッドの上にいる。そして同じ部屋で何かをしている女の背中があった。

「ヒロ?」

 声とともに振り返った女は振り返ってもらうまでもない。明らかにヒロではなかった。

「この子起きたよー!」

 女は"銀"から目をそらすと、どこかにむかって人を呼んだ。四十に差し掛かるだろうか。それなりに歳はとっているし家庭の匂いはするが、やや釣り目なのが似合う、なかなかの美人である。

「早く来い!!!」

 性格はきつそうだが……。

 傍らを見ればユンクの残した剣もそのままなので害はないだろうと思い、場を見守る。するとばたばたとあわてて部屋に入ってきた男には見覚えがあった。

「あ、お前」

「よぉ魔王様」

 名前は知らない。が、戦ったことがある。顔の造りは暗くてよく覚えていなかったが、特徴的な白い髪と、人を食ったようなしゃべり方、確かこの男、手ごわい槍使いだった。

 入れ違いに女が部屋を出ていこうとする。出掛けに「お茶もってくるね」という言葉を残して、部屋は静かになった。

 そのまま、しばらく二人はお互いを見たまま止まっている。

「……なんか言えよ」

 この白髪の男が"銀"を促すが、

「いや、お前が何か言うのかと思ってたから」

「べつにねーよ」

「じゃあ何で俺の前にいるんだ」

「ここは俺の家だ。いるのは当たり前だろ」

「お前の家?」

 このゲームは死ぬとこの男の家に移動するのか?

「お前を運んでやったんだよ。倒れてたからさ」

「なに?」

 この槍術の天才は"銀"と一戦を交えた後、その実力に惚れ込んでいた。いつかは"銀"を超える実力を……と思いつつ、同時に親近感というか、憧れというか、なんとなく近くで関わっていたい気持ちが芽生えている。

「なかなか目が覚めないから死んでるのかと思ったけどな」

 ニフェルリングは"銀"がスラム地区へ足を踏み入れたことを知った後、気がつけばふらりとその方角へ向かっていた。

 チャックビルの恐ろしさは知っているので踏み込むつもりはなかったが、こういうのをファン心理というのだろうか……なんとなくその軌跡をたどっていた。その道すがら……チャックビルの入り口付近の山道で倒れていたのが他でもない、"銀"であったというわけだ。

 "銀"は死体になった後、スラムの出口に捨てられた。どういう心理が働いたのかは知らないが、スラムの住人はそういう行動に出た。本来は死亡したところから開始するはずなのだが、この二つの偶然によって、彼は遠く離れたニフェルリングの実家からゲームを再開することとなったわけだ。

 なお、ここはヒロのいる医療所にも近いが、"銀"は当然のことながら気付かない。

「礼くらい言えよ」

 ニールはしかし素直ではない。あくまで彼はライバルなのだ。

「別に。頼んでねえよ」

 "銀"はベッドから立ち上がる。世界は自分が死んだことでどう変わった?

「そういや新聞とかある?」

「あるよ」

 あるのか。

「見せて」

「なんでだよ」

「いいから見せろ」

「ふざけんな」

 ……と、先ほどの女が盆に紅茶をもって現れる。

「何もめてんの?」

「こいつが新聞読ませろってうるさくてさぁ」

「新聞くらい読ませてあげなさいよ」

「だってなんかコイツ性格悪いんだもん」

「アンタがそんな乱暴だからでしょ!!! とっとと新聞もってきなさい!!」

「わかったよぉ……」

「わかったんなら急げ!!」

「はぃーー!!」

 ニールはその場から転がり落ちるように部屋を出て行った。

 静寂が訪れる部屋と、なんとなくバツの悪い雰囲気。だが女は気にせずテーブルに紅茶を置くと、「どうぞ」と声をかけてから言った。

「あの子は女手一つで育てたのが悪かったのかちょっと乱暴なところがあって……誰に似たのかしら……」

「はぁ……」

 原因に気付いてないのか。"銀"は思わず苦笑いを浮かべ、勧められたテーブルに腰かけた。

「アンタ、あいつの親?」

「一目見てわかるでしょ?」

 彼女は自分の頬の辺りをとんとんと指差すとにっこり笑って見せた。確かにいわれてみればつり目のラインとかアゴがほっそりしているところとかそっくりだ。

「あいつの親にしちゃ若いな……」

「はっはは、褒めたって何もでないわよ。それよりキミ、「追われる者」なんでしょ?」

「まぁ……」

「ふーん……」

 上から下まで、まるで値踏みをするかのように"銀"を見て、彼女は言った。

「キミをやっつけても一文にもなりそうにないけど……」

「そういわれてもなぁ……」

 ゲームの都合だ。"銀"の知ったことではない。苦笑いを浮かべたままマグカップを口に近づける。すると女は怪しく微笑んだ。

「それ、毒かもよ?」

「ぶっ!!」

 "銀"は反射的に飲みかけた紅茶を吐き出してむせた。ついでにマグカップも落とすところだったが、それはからくも取り留める。その様をみて、母親は愉快そうに笑っていた。

「あっはは、「追われる者」ってどんなコワモテかと思ってたけどかわいいんだねー」

「……」

 なんだか遊ばれてるようで腹が立つが、そこへ新聞を取りに行っていた息子が戻ってきたので、その流れは一度分断される。

「ほら」

 その新聞を投げてよこすニールの尻を叩いて「行儀が悪い!」と叱る母。そんな光景を横目にはさみながら"銀"は新聞を広げた。紙面は一面、「ルーディギウス」から始まる見出しで埋まっている。

「新国王よ。知ってる?」

 "銀"の向かいの椅子に座った母親が背もたれによっかかって、ため息をついた。その様子から、明らかにそのことを良くは思っていないことがわかる。

「三日前に決まったんだけど何であんなのに決まったのかしら」

「コイツ、チャックビル束ねてたヤツなんだってさ」

 隣の椅子に座ったニールの声にもこの新国王に対する悪意が感じられた。

「お前、あそこ行ってたんだろ? なんか事情知ってるんじゃねーの?」

 "銀"はここまで聞いてようやく飲み込んだ。

 そういえばヒロの声は自分を殺した相手は王になるといっていた。ということは自分を殺したあのヒゲ面の名前がルーディギウスということになるか。そして、どうやらそのことが"銀"が死んだときの報酬であることは、この世界の住民は知らないようだ。

「そこの記事読んでみてよ」

 母親が促す記事の内容が、この男の傍若無人ぶりを表している。

「以下、新法にて即日施行するものとする

1、税は各々のその週における収入の九割を収める事。

1、自警団の廃止。以後王直属の近衛兵の指示に従う事。

1、一月後に宮殿を完成させるに当たり、選抜されし者は昼夜を問わず働く事

1、……」

 等、数十項目にわたって「新法」とやらが制定されている。

 子供が作ったのかと疑う幼稚な条項の数々なので逆にわかりやすく、住人の生活を極端に圧迫する内容であることは一目にして瞭然であった。

 ちなみにニフェルリングの通う学校も新王即位のために数日間臨時休校……ということになっている。

「こんなの無視すればいいじゃん」

 日本の若者は言う。だがニールは軽く首を振ると、

「王の命令には逆らえない」

 王が直接命令した言葉に、この世界の民は逆らうことはできない。それがこのゲームにおける王の特権である。

「王の命令を無視できるのはこの世の中に一人しかいねー」

「一人?」

「お前だよ」

 そう、「追われる者」のみが、王になった者に正面から抗うことができる。つまり「追われる者」は一転「救世主」となりえるわけで、その二面性でこの世界を楽しませるのがこの『名も無き物語』であった。

 もっとも今の"銀"にとって、そんなことはどうでもいい。今この世界で用があるのはヒロだけだ。

 しかしそれが、「どうでもよく」なくなる事態が、この後展開していくことになる。

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