表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『名も無き物語』  作者: 矢久 勝基
第2章 「追われる者」
17/49

第六節

 "銀"は予想外の手ごたえに、一度間合いをあけ、現状を把握しようとしていた。

「要するに仲間なのね」

 その言葉を、顔色を変えることもなくつぶやく。月の光では互いの顔をはっきり見ることはできないが、面倒になったということだけは言える。

 一方でニールは立ち上がって槍を構えなおし、声だけを自分の背中に投げた。

「お前ら、なんで俺がここにきてるって思ってんの?」

「そりゃわかるよ。でもメル呼びにいったら遅くなっちゃった。間に合ってよかったねあたし」

 彼女は制服のままだ。あの後すぐに彼の家まで走ったのだろう。メルケルの家までの距離を考えても、そうでもしなければこんなタイミングにはこれない。

「一人勇み足で死にそうになってんの。お前、全然ダメダメじゃん」

 メルケルも独自の構えで剣尖を"銀"に向けたまま、自分を出し抜いたニールを毒づく。

「いやむしろ、ほんっとに、ダメダメ」

「うるせーよ!!」

「とにかくこれからが本番だ。二人で行くぞ」

 メルケルの勝ち気な目が光る。だがニールは別だった。

「帰りたい」

「は?」

「お前らがいるなら、死なずに帰れそうだ」

「何で帰るんだよ!」

 その言葉が意外すぎて、思わず戦いも忘れてニールのほうを見るメルケル。

「今日はもういい」

「はっ! エリートはもろいよな」

「そうじゃねーよ」

 ここに、ニールとメルの意識の差がある。

 ニールはメルのように、なにがなんでも「魔王」を倒してその栄誉が得たいわけではなかった。

 先ほども述べたように自分の天才は何のために授かったのか、その答えが「魔王」ではないのかを問うのが今日の戦いの主旨であった。

 自信たっぷりに挑んだこの戦いがここまで一方的に劣勢になるとは思わなかったが、この圧倒的な強さは確かに自分へのひとつの答えであった。

 自分の実力も決してここが限界ではない。

 「魔王」を目標に、どこまで自分を高めていけるかを思えば、明日から、槍の素振り一つするでも、輝いて見えようものだ。

 それが分かれば、今日のところは帰りたい。だが、そういうキラキラしたところを素直に言える年齢でもなかった。

「とにかくそういうことだから囮よろしく」

「なにビビってんだよ。俺ら二人で行きゃ負けねえだろ!」

「お前とは一緒にやりたくない」

「な・ん・で・だよ! 結構仲いいだろ俺ら!」

「そう思ってんのお前だけだよ」

「ざっけんな!……あ、わかった。お前ユキが俺に土産買ってきたことを根にもってるんだろ」

「もってないっつの」

 メルのこういうところがめんどくさいとニールは思っている。ニールにとってユキはあくまで幼馴染のクラスメイトであり、人懐っこいので面倒は見ているが恋愛対象の外だ。

「とにかく戦いたけりゃ一人で戦えって。あいつ強えぞ」

「もったいねー! 考え直せよ!」

「ねぇ」

 その会話に身体ごと割って入ってきたのがユキである。

「帰る? そろそろ」

「は?」

 それで我に帰った二人が、気がつくと「魔王」すら忘れて会話していることを知った。そして、

「もうずっと前にどっか行っちゃったよ」

 「魔王」はどっかいっちゃった、らしい。

 "銀"たちにしてみればこの戦いは星の数ほどあるもののひとつに過ぎないわけで、あまりに無防備な二人にわざわざ茶々をいれて、再び火種を生む必要もないと思ったのだろう。

 ヒロなど、それに気付いていたユキに対してご丁寧に頭まで下げて行くほどの余裕だった。(ちなみにユキもぺこぺこ下げた)

 なににせよ唐突に終わった決闘は、ニールにとっての幸運である。彼は野外活動の延長線上のように言葉を交わしている二人から意識を遠ざけて、再び生きて目に映すことのできた世界を仰ぎ見た。

(あれが魔王か……)

 ニフェルリングにとって、明日が来ることがこんなに楽しみとなった日はない。


 翌日、ユキから自警団に「魔王」の話が伝わると、学校の周辺は途端に厳戒態勢がしかれた。指揮を行っている鋭い目つきの長身の男、これは紛れもなくヒロの婚約者である、ユンク。

 長い金髪の、小刻みに揺れる様からも苛立ちが見て取れるが、それでも彼は、表向きは平静を装って周辺の配備を行っていた。

 ビッツとバーツという二人の片腕を初日から行方知れずにされ、郊外に仲間の死体の山を築かれたまま逃げられたのでは自警団の面目が立たない。

 それになにより、あの「追われる者」はヒロまでたぶらかした。

(必ず殺す)

 その気になれば自警団を抜けても、あの男だけは自分が殺さねば気がすまない。

「盗まれたものは、地図と、食料と、バッグ……って書置きにありましたよ」

「自分で確かめてないのか」

 このどことなく頭の悪そうな女子高生によれば、ヒロは特に拘束されている風もなく、普通に行動を共にしているようだ。

 それがこの男にはまったく理解ができない。あの男がこの世界に迷い込んでから、明らかにヒロが変だ。

 彼女は自分が彼女の家に踏み込んだ時、あの男をかばった。だけではなく、自分達の監視網を振り切って逃げ出した。もともと言い出したら聞かない芯の強いところはあるが、彼女をよく知るつもりの自分にもまったく意図がつかめない。

「二人の特徴はどうだった?」

「特徴……?」

「恋人のようであったとか……」

「え、そんなのわかんないです……」

 ヒロが彼に惹かれた。そんなことは考えたくない。が、百歩譲ってそうだとして、問題はそれが世界共通の敵であることだ。このままではヒロまでもが世界を敵にまわすことになってしまうではないか。

 そういう意味も含め、誰よりも早く発見しなければならない。早く、ヒロの目を覚まさせないといけない。

「バッグはオンブリスのバッグです」

「ああ、もういい」

 そしてもし、ヒロがあの男に惹かれたのなら、殺す理由に「彼女のためにも」というのも入れなければなるまい。


 索敵網は"銀"達を捉えた。

 だが、その索敵報告を受けたユンクは苦い顔をする。

「チャックビルだと……?」

 いたはいた。ただし、場所が悪い。

 チャックビルとはこの街でも有名なスラム地区だ。自警団などという存在が徒党を組んでヘタに踏み込むと火に油を注ぐような過剰反応の危険が伴うところであり、迂闊なことはしないのが彼ら自警団のマニュアルであった。

 ちなみに"銀"たちがここに足を踏み入れたのはまったくの偶然である。

 ニフェルリングとの戦闘をやり過ごした"銀"たちは学校を早々に立ち去ったが、その後進んだ方向を間違えた。地図はあるものの、日が昇っても基準になる場所を見出せず、あてずっぽうで進んだ方角には、彼らの目指す場所は存在しない。

 そのことにも気付かずに歩いている二人を飲み込んだのが、スラム地区、チャックビルであった。


「なんか、やけに汚いところに来たなぁ……」

 "銀"の言葉が物語るように、風景全体がすすけたような場所である。家のレンガ壁は崩れ、通りを彩るはずの路地脇の花壇はみな干からびて、逆に景観を損ねている。

 そこかしこに溜まっている人々の格好はみすぼらしく、みな一様に"銀"を一瞥し目を光らせたが、すぐに何もなかったようにその目は生気を消した。

「銀さん、わたしここ知ってます……」

 バッグから地図を取り出すヒロ。

「たぶんここはチャックビルっていう、治安の悪いところです」

「スラムな。わかる気がする……」

 貧困層が大都市のへりに手を引っ掛けるようにして住むのは、それよりも人里を離れると生活していけないためだそうだ。大都市なら仕事がある。仕事はなくとも都市が出すゴミが仕事をくれる。

 そういう層が、地理的条件の悪い地域に押し込められるようにして生活しているため、相対的に少なくなる仕事を取り合い、食料を取り合い、争いの中で心がすさむ。

 そんな、腹をすかせた肉食獣のような集団が、今日を生きるための手段のみを考えているような場所である。彼らにとって街の法は法ではない。

 ……と、英治は学校で、スラムという地域のことをそう習った。その上で"銀"はなお気楽な声を上げる。

「でも俺、はじめから世界中に狙われてるから一緒だよね」

「……」

 しかし実際この空気のよどみ方は異様であった。青い空がその雰囲気で、心なしか黄色がかっているようにすら見える。ヒロもその重さに、"銀"の服の袖をつかんで黙ってしまっている。

 それでもこの男にはどんな状況でも切り抜けられるだろうという自信があった。

「もう一回地図見せて。ここの場所がわかるなら目指す方向もわかるよな」

「はい……」

 スラムの真ん中で、小奇麗な男女二人が観光気分で地図を開いている。

 周囲に光る「死んだ目」には、恰好のエサにしか見えない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ