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『名も無き物語』  作者: 矢久 勝基
第2章 「追われる者」
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第二節

 ところでこの世界にも天才がいる。

 ニフェルリングという青年もその一人だ。槍術の名手で、十八にして名前は街中に轟いている白髪はくはつの優男である。

 彼の様子を追うために、やや時間を戻そうと思う。"銀"とヒロが「空き家」でりんごを食べていた日の朝だ。

 彼は"銀"がこの世界に舞い降りたことを新聞で知った。新聞といっても、こちらの世界のように毎朝毎夕発行されるものではなく、不定期に発行される目の荒いものではあるが……。

「へぇ、「追われる者」ねぇ……」

 おもしろい。自分の技量を存分に振るえる機会もない退屈な世の中に一つの光明が差したようで、全身の血がたぎった。

 どうやら相手は初日から派手に暴れまわっているようで、新聞での扱いはまるで、放射能を吐く巨大怪獣がついに現れたかのような大げさなものだ。が、この青年は少しも臆することなく、テーブルの上のティーカップに口をつけながら、鼻で笑ってみせた。

(人間だろ?)

 槍が届かないわけではない。腕が三本あるわけでもない。ならばそうそう遅れはとるまい。

 戦ってみたい……と、純粋にそう思った。世界無二の名誉よりも、紙面どおりの剣の達人なら、そんな男と渡り合う機会はそうそうない。

(よし……)

 彼は新聞をテーブルに置いた。思いついたらまっすぐの男だ。もはや朝メシにも手をつけずに立ちあが……

「朝ごはん残すな!!!」

 ……ろうとしたニフェルリングは、

「わぁ!! お母さんゴメン!! 食べる!!」

 見えない力に引っ張られて、椅子に飛び込むように座りなおすと、あわててパンにかじりついた。と、同時に部屋に入ってきた影。

「っとねぇ、食べ物を粗末にするんじゃないよ!!」

「ちゃんと食べてるよぅ……」

 なんで自分が食べずに立ち上がろうとしたことが、見てもいないのにわかったのか。

 ……まぁ、親と言うものは、そういうものだろう。

 その"親"は、借りてきた猫のようにシュンとおとなしくなってしまった彼の前の椅子にどっかと座って新聞を見た。

「へぇ、「追われる者」ねぇ……」

 親子で同じ反応だ。

「僕さ、それ見てたらわくわくしちゃって、今からそいつ見に行こうかなって思ってさ」

「ハァ? 学校は?」

「え……?」

「高校あるでしょが」

「え、だって「追われる者」だよ?」

 すると新聞越しに母親の目が光る。

「あんたが勉強に追われてるんだよ!! なにあの成績は!! 次テストが悪かったら槍取り上げるよ!!」

「わぁぁ~~~ゴメ~~~ン!!」

「いいから早く食べなさい! 片付かないでしょ!!」

「はぃ~~~!!」

 ニフェルリングはもはや、飲み込むようにパンを平らげた。とりあえず学校は行かないと危ない。

 ……彼の野心(?)は放課後に持ち越しということになった。


 "銀"が来たことによって始まったこの「ゲーム」だが、この世界すべてがすでに殺気に満ち満ちているわけではない。昨日の今日、とくにまだ実物を見ていない住民の多くは実感もわかずに日常生活を続けている。あるいは"銀"を見ると、殺意がわくシステムなのかもしれない。

 ニフェルリングはそんなわけで母親の必死の説得もあり(?)、いつもどおり制服を着て登校したわけだが、実は"銀"とヒロの潜伏先がこの学校に近い。初日の凄惨な事件(住民や自警団が大量に返り討ちにあったこと)が、わりあい近所で行われたこともあり、話題はその事で持ちきりであった。

 学校では緊急の朝礼が行われ、伝説のモンスターが現れたことに対する注意喚起と、万一この学校が襲われた時の避難経路の説明、集団下校などの徹底などを周知させられた。

「よぉ、ニール」

 朝礼後、ニフェルリングの愛称で彼を背中から呼んだのは、同期のメルケルである。この成長しきったヤナギの木のようなブレイズヘアの男は頭一つ小さいニールを見下ろしてカカカと笑った。

「お前今日学校来たのな」

「どういう意味だよ」

「お前のことだから「追われる者」なんて聞いたら、学校も来ないで飛び出していくかと思った」

 軽く言い放つメルケルに対して、彼は立ち止まり振り向く。

「馬鹿野郎。学生ってのは勉学が第一だろ」

 今隣にいるはずのない母親に睨まれている気がして、いやに模範的なことを言い、その後黙るニール。

 メルケルはそれを強烈に睨まれていると認識した。

「睨むなよ。で、どうするんだ?」

「どうするって?」

「やるんだろ? 魔王退治」

 この学校の生徒内では「追われる者=魔王」ということで落ち着いているようだ。しかし彼はめんどくさそうにパタパタ手を振ると言った。

「やんねーよ」

「うそつけ。その顔、やる気マンマンじゃねえか」

 いや、これは単に母親を思い出して表情が固まっていただけなのだが……。

「ふん」

 メルケルが鼻を鳴らす。身長はニフェルリングと同程度で、見るからに勝気そうな男だ。

「行く時は必ず声をかけろ。俺たちならやれる」

 自信たっぷりに言い放つ彼も、剣を持たせたら相当の腕の持ち主である。ニフェルリングには及ばないが、模擬戦闘を行うと激しい乱打戦となってなかなか勝ちを譲らない。

「それよりメル。追試は?」

「追試~~?」

「古文の追試だよ。お前あれで十点以下だと留年なのわかってる?」

「留ね……え?」

 止まるメルケル。だがすぐに勝気な表情に戻ると言った。

「お前って駄目だな。いよいよ魔王が現れて俺らも一旗挙げられるっつうのに「へ・へ・へら・へら・へら」とかやってられっかよ」

「なんだそのへへへらへらって……」

「五段活用だよ、しらねえのか?」

「そんなのあったかなぁ……」

「まぁとにかく、俺は英雄になる。そんなものは必要なくなる」

「いや、高校くらいは出とけよ。英雄が古文ができなくて留年して「学校辞めました」とか言ったらお前、死ぬまでネタにされんぞ」

「……」

「それに、留年したらお前の愛しのユキは先に卒業するぞ。まちがいねぇ、絶対嫌われるね」

「いや、そんなことは……」

「加えてお前、自分のテストの点わかってる? 古文とか、八点以上取ったことないだろ」

「……」

「ちなみに百点満点でだ」

「……お前だって似たようなもんだろ……」

 すっかり下を向いてしまっているメルケル。今度はニールのほうが鼻を鳴らす番だった。

「一緒にすんな。古文はアベレージ十五点は取れる」

「一緒だろ!」

「一緒じゃねぇ、俺は追試をクリアできる。お前はできない。さよならメルケル」

 その時、始業のチャイムが二人の間に割って入る。

「と、とにかく、魔王退治はするぞ!」

 メルケルはやっとそれだけを言うとその場を走り去った。


 先ほど古文の話題が挙がっていたが、ここは一応ファンタジーの世界だ。だから……と直結するわけでもないだろうが、普通の教育のカリキュラムのほかに、生徒達には戦闘訓練が施されている。

 そんな中で現れた「魔王」である。大それたことは考えない生徒も多い中で、ハネッ返りや強がりだけは一人前の生徒もいて、学校内は討伐話でにわかにお祭り騒ぎの様相を呈していた。

 ニフェルリングは……というと、そんなざわめきを背中に感じながら、少し冷めてしまっている。

 もともとこういうトレンドに乗るのが苦手なタチだ。こんな大騒ぎの中で自分が戦えば、当然注目の的であろう。大体は肝試し程度にしか思っていないだろうし、そんな衆目の中で自分一人真剣勝負を挑むのも馬鹿馬鹿しい気がしてきた。

 ニールはだから、徒党を組んで討伐しにいこうとする者達の誘いを、片っ端から断っている。

「元気ないねぇ」

 あまり誘われないように下を向いて教室の机に座っていると、上から甘たるい声がかかった。

「どした? おべんと忘れた?」

 見上げると、

「ああ、ユキか」

「ユキよん」

 同じクラスの女生徒である。美しいブロンドの髪をショートで流している、まつげの長い小柄な少女である。ちょっとなにを考えてるのかわからないところもあるが、人懐っこい笑顔は学校内でも人気がある。

「別に……」

 ニールのほうは、さらに頭を机に突っ伏すと、

「この騒ぎに乗らないようにさ」

「あはは、ニールは飛びついていくかと思ったのに意外だねぇ」

 言いながら、その背中をとんとんと叩くユキ。

「まぁ、ニールは強いからさ、あたしが魔王と鉢合わせしたら助けてよね」

「メルに頼れよ」

「もちろんメルにも頼るよー」

 屈託のない笑顔でコロコロと笑ってるユキの思考は、ニールにとって子供をそのまま十八歳にしたようにも見えてしまう。

「で、なんか用?」

「うん、羽ペン貸して? ペン先折れちゃったの……」

「何で俺……」

「おにいでしょ?」

「お兄に頼るな」

 彼はめんどくさそうに羽ペンを取り出し彼女に渡すと、再び机に突っ伏した。

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