~バッドエンドの向こう側~
いつもの街の中、人の目につきにくいところで、ダルそうに座り込んでいる男性が1人……
私の瞳には、いつも先輩が写っていた。
「せ~んぱいっ! こんなところでなにしてるんですか?」
「うおっ! いきなり話しかけんじゃねぇ!」
「ボ~っとしてるからですよ、そんなことじゃすぐ闇討ちにあっちゃいますよ?」
「闇討ちされる覚えなんてねぇよ!」
ビックリしてる先輩は可愛くて、怒ってる先輩はかっこいい。
普段は目付きが悪くてみんな近づこうとはしないけど、私は先輩の優しさを知っている。
ずっと見ていたから、ずっと見ていたかったから、先輩の隣にいたいと思った。
それはこれからも変わらないし、変えるつもりもなかった。
「わかりませんよ~? 先輩結構恨み買ってますから」
「だいたいお前は何してたんだよ」
「私ですか? もちろんボ~っとしてる先輩を描いてましたよ?」
「はぁ!? なに勝手に描いてんだよ!」
慌てる先輩、笑ってる先輩、怒ってる先輩、恥ずかしがってる先輩、困ってる先輩……
いろんな先輩が見たいから……
ウザがられてもいい。
先輩の隣が私ならなんでもよかった。
でも……
悲しそうな顔だけは見たくないから…
「描かれたくなかったらもっとシャキッ!と、してください。シャキッ!と」
「そんなできた人間じゃねーんだよ、それよりそれ貸せ!消してやる!」
先輩が私の描いた絵を消そうと、スケッチブックに手を伸ばしてくる。
本当は先輩に魅取れててなにも描いてないんだけど。
私の嘘だとわかれば先輩はどんな顔をするかな?
怒るかな?
呆れるかな?
そんな先輩の顔も見たかったけど、もう少し慌てる先輩を見ていようと思ってた。
先輩にスケッチブックを取られないように右へ左へと動かしていく。
必死になっている先輩は可愛くて、私以外にこの先輩を引き出せる人はいないと思っていた。
「やべっ!」
「……え? キャアァ!」
先輩はバランスを崩したらしく、私を押し倒すように地面に倒れた。
「いってて……、わりぃ、大丈夫……か!?」
私の上に覆い被さる先輩、お互いの顔がとても近く、徐々に頬に赤みを帯びていく。
少し顔を起こせば先輩の唇に届く距離、少し顔を下げれば私の唇に届く距離。
このまま時間が止まればいいと思う自分と、時間が進んでほしいと思う自分がいる。
「わ、わりぃ……怪我ねぇか?」
「あ、うん……なんともないよ」
ゆっくりと私から離れていく先輩。
先輩はそんなことをしないとわかっていた。
先輩には好きな人がいる、付き合ってる彼女がいることを、私はもちろん知っている……
期待しちゃいけない、期待なんてしても私の心が傷つくだけ……
それでも期待する私は……
ただのバカだ。
「せ、先輩はこれからなにか予定とかあるんですか!?」
こんな気まずい空気を残しちゃいけない。
私と先輩は仲のいい友達……
この関係が崩れたら私は先輩といられなくなってしまうから……
「ん? あぁ……これから……」
「やっと見つけた~! 待ち合わせ場所くらいちゃんと決めててよ! あと携帯! 電源いれとく!」
明るく、可愛らしい声が後ろから聞こえる。
私にも知らない先輩を引き出せる人……
私が女性として尊敬している反面、疎ましい存在でもある。
この人さえいなければ先輩の隣は私だった。
先輩が彼女を好きになる気持ちはよくわかる。
だからこそ悔しかった、私がもっと早く彼女に近づければ先輩は……
ううん、いくら彼女に近づいても彼女にはなれない。
だからこそ悔しかった。
彼女が先輩と出会った時から、どうすれば先輩が振り向いてくれるか、そればかり考えていた。
……本能的になにかを感じとっていたのかもしれない。
彼女さえいなければ……
彼女とさえ出会わなければ……
そんなことばかり思っている自分が憎い。
そんなことしか思えない自分が悔しい。
私の先輩が一番幸せになれるのに……
私の先輩を幸せにできるのが彼女なのに……
それを喜べない私は……最低だ。
先輩達はこれからデートらしく、私はただ一人残されてしまった。
「あ~あ……つまんないな……」
フラフラしてる時間はない、コンクールが近いのだ。
描く絵は決まっている。
私の気持ちを込めた、最高の絵……
必要な画材を買い、早速絵を描き始めた。
思ったより筆が進む。
それだけ絵のイメージが私の中でハッキリしているということ。
完成図がキャンバスに写し出される。
これが私の気持ちだ……
描きたくなかったけど描きたかった一枚の絵……
もう一枚は、描きたかったけど描けなかった絵……
二枚とも今までの私の中で最高の出来だった。
でもコンクールに出せる絵は一枚だけ、先輩の笑顔が見たいから、先輩の喜ぶ顔が見たいから、私は泣くことにした……
コンクール当日、私の描いた絵が大賞を取ったらしい。
複雑だった。
確かにあの絵は私の中で最高の出来だった。
だけど大賞なんて取りたくなかった、誰かに否定してほしかった。
私のこの心はニセモノだと……
「……でもこれで先輩の笑顔が見れるんだし! 先輩の喜んでる顔貴重だからな~、あ、それとも照れたりして」
何度も何度も、自分をごまかそうと必死になっている私がとても可哀想に思えてきた……
先輩の声を聞けば明るくなれる、先輩の顔を見ればなんでもできる。
これがいつもの私だ!
私の描いた最高の絵を先輩に見てもらう!
自分に負けないように気合いを入れ、早速先輩に電話をかける。
『現在電波の届かないところか電源が……プツッ、ツー……ツー……』
「先輩らしいというかなんというか……」
自然に笑みがこぼれてくる。
「あ、仕事中か」
忘れてた。
すぐに出掛ける準備をして、早速仕事場に向かう。
仕事場には先客がいた。
先輩の、彼女だ……
「あら、いらっしゃい。修理の依頼に来たの?」
「あ、いえ……そういうわけじゃないんですけど……」
気まずい、先輩だけなら誘いやすかったけど、彼女が来てるなんて予想外だった。
……でも、あの絵は2人で見てもらった方がいい気がする。
「あの……、2人共少し時間ありますか?私の描いた絵がコンクールで入賞したんで見てもらいたくて……」
「あ? わざわざ見に行かなくてもいいだろ……、お前の絵の才能は知ってるし……」
「先輩に見てもらいたいんです!」
あ……
必死な私を見て、先輩は少し引いていた。
「少しくらいいいんじゃない? 今日はお父さんもいることだし」
「はぁ……、めんどくせぇな……。 行くなら早く行こうぜ」
絵の展示会に向かう途中の2人を、私は見ていられなかった……
会場に貼り出されている数百枚の絵の中、一際目立つ絵が一枚……
『大賞』と書かれた一枚の絵。
私が描いた作品だった。
「これって……私達……?」
「どっからどうみても俺達……だな。 ったく……どんなビックリだよ」
大賞に選ばれた私の絵……
それは結婚式を挙げている先輩と彼女の絵だ。
幸せそうな彼女に、恥ずかしながら手を繋いでいる先輩……
『幸せ』という言葉を絵にし、見るもの全てにこれが幸せだと認識させる絵だ。
「ありがとな、まさかお前がここまで俺達のことを想ってくれてるとは思わなかったよ」
「こんな素敵な結婚式を挙げられるように頑張るからね!」
今までにない最高の笑顔。
私が見てきた中でも、初めて見る先輩の最高の笑顔。
私が見たかった先輩の最高の笑顔……
でも、どこかで見たくなかった私がいる……
この絵が評価されたことは、これが私の本心だということ……
それを認めたくない私はやっぱり最低なんだろう……
「どうした?」
「あ、ううん! なんでもないです! いいですか先輩! 私にこーんな素敵な絵を描かせたんですから、ちゃんと2人には幸せになってもらわないと怒りますからね!」
悟られないように、気付かれないように、先輩の笑顔を消さないために、私はまだ泣かない。
「ああ、言われなくてもな」
……ダメだ。
見たかった先輩の笑顔が今の私には……つらい。
「……っ!」
我慢の限界だった。
今の私が先輩を見たら、たぶん、全てが爆発しそうだ……
「ど! どうしたの!?」
急に泣き出した私を見て、彼女が心配してくれた。
「ぁ……ぅ……ふ……2人に、こんなに喜んでもらえるなんて思ってなかったから……ぐすっ……」
「おいおい……ビックリ仕掛けた本人がこれかよ……」
ビクッ!と、先輩の声に反応してしまう。
今の私はここにいられない。
嘘がバレないように、強がりができるうちに、私は2人を残し、逃げるように走り帰った……
二枚描いたうちのもう一枚の絵の前に私はいた。
描きたかったけど描けなかった一枚の絵……
結婚式の絵だ。
恥ずかしそうな先輩、だけど幸せな顔をしている先輩。
その先輩の腕にしがみつくように寄り添っている私……
私の理想の未来……
私の一番の幸せ……
私の願望……
叶うことはない……
わかっていた……
でも求めてしまった。
自業自得だ……
でも……
「私…頑張ったよね……、だからもう……泣いてもいいん…だよね…………?」
誰もいない部屋で
幸せそうな絵の前で……
私はただただ声をあげながら……
ーー泣いた
明日から……
先輩の一番の友達になるために……
幸せそうな2人の絵は滲み……
私にはもう……
見えなくなっていた……
翌日、大学に向かう途中ダルそうに歩く先輩を発見。
「せ~んぱいっ!」
バシィン!と背中を叩き、心地いい音が朝の街に響き渡る。
「いってぇ! なにしやがる!」
「ぼ~っとしてるからですよっ! もっとシャキッ!としてくださいシャキッ!と!」
うん!
今日も私は絶好調!
「そのダルそうな顔! 明日も見せてくださいね!」
だって先輩の幸せな顔を見るだけで
私はなんだってできるんだから!
壁|ω・){評価やアドバイスもらえたら嬉しいです。
まだまだ小説書き始めた素人なので