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『彼氏にしたくないランキング』


 僕は見事に第一位に輝いた。お爺ちゃんが言っていた。何でもいい、一番になりなさいと。お爺ちゃん、やったよ。一等賞を取ったよ。草葉の陰でお爺ちゃんも喜んでいるだろう。今日はパーティーだ。スーパーで買い物してから家に帰る。


「ただいまーっ」

 と言っても「おかえり」と迎えてくれる家族はいない。美男美女ぞろいの家系で例外となっている僕は家に居づらくなって高校進学と同時に一人暮らしをすることにしたのだ。親にも兄弟姉妹にも似ていないから、よくお前は失敗作だとか橋の下で拾われたとか言われたものだ。でも、僕は気にしない。唯一、僕を可愛がってくれたお爺ちゃんがマイナス思考にはなるな、前を見て生きろと言っていたからだ。


「他人を恨んだからって環境や待遇が良くなるわけじゃないからな」

 陰湿な気分になるだけだ。だから僕は現状を受け入れることにしている。でも、やはり見た目だけで判断されるのは辛い。そこで僕は自ら最低な奴になる事を決めた。女子の着替えや入浴を盗撮して売りさばくのだ。もちろん、バレないようには気をつける。盗撮された女子が傷つかないようにだ。盗撮という最低な行為をしている僕は女子から嫌われても当然の存在だ。だから不名誉なランキングでも素直に受け入れる事ができる。


「素直だけが僕の取り柄さ」

 とは言いつつもやはり寂しい。だから、今宵はお祝いであると同時に慰め会でもあるのだ。スーパーで買ってきた炭酸飲料の缶を開ける。ビールの代わりだ。爺ちゃんの遺影に缶を掲げる。


「爺ちゃん、僕一等を取ったよ」

 生きているうちに一等が取れなくてごめん。天国の爺ちゃんに詫びながらグビグビしていると、ベランダの方から「ニャー」という声が。


「ちょっと待ってて」

 ベランダを開けて猫を入れてやる。この猫は僕の唯一の同居人(いや、猫か)だ。僕がここに引っ越す前に根城にしていたようだ。僕が住んでからは留守にする事が多くなったが、たまにこうして戻ってくるのだ。


「ちょうど良かった。君も祝ってよ」

 水を入れたボールと目刺しを乗せた皿を出してやる。今日帰ってくるってわかってたら猫用のミルクと缶詰を買ってきたのに。


「悪いけどこれで我慢して」

 心が広いのか猫は不平を垂れることなく目刺しを頬張った。こっちも惣菜で快挙を祝おう。今日は奮発して刺身もつけてある。


「じゃ、改めて宴の開始としよう。乾杯」

 缶をボールに当てる。あまりにも細やかな宴だが祝ってくれるのが猫だけなのだからしょうがない。宴が終わって後片付けを済ませると、僕は仕事に取り掛かった。昨日までに撮りためた盗撮画像や映像を被撮影者を特定できないように処理するのだ。その前に画像をチョイスして印刷しておこう。選りすぐりの画像を印刷してファイルに保存しておくのだ。もちろん、個人的に楽しむためである。


「これと…あ、これもいいな」

 作業は順調だった。そこへ猫が僕の膝の上に飛び乗ってきた。


「コラ、仕事の邪魔をしちゃ駄目だろ」

 僕は猫をどけようとしたが猫はニャーっと抗議して立ち退きを拒否した。


「まったく……」

 一応この家の先住者だ。その意思は尊重しなければならない。猫の意思がどうなのかは正直わからない。ただパソコンの画像をじーっと見入っている。女の子の入浴を見て楽しいのだろうか。このスケベめ。


「いや、僕もご同様だな」

 正直、見知った同級生の裸を見て何も思わないわけじゃない。僕だって立派なホモサピエンスのオスだ。メスの裸を見れば人並みに興奮はする。日頃、僕をひどいのになると雑菌扱いしてくる女子たちが知らず知らずのうちに素っ裸にされるのだ。そう思うとちょっとした仕返し気分にもなるし、裸を見せてくれた上に金まで稼がせてくれるのだ。だから、僕には彼女たちに何も思うところはない。むしろ、毎日の仕打ちを補ってあまりある事をしてくれるので感謝している。唯一難点なのは仕事が忙しすぎて予習や復習をする時間が取れないことだ。だから僕は成績がよろしくない。元々、そんなに成績が良い方じゃないので勉強しなきゃ成績も上がらないのだが、金を稼がなきゃ生きてはいけない。勉強は将来の為にするものだと言うけれど、僕には今日明日を生きていく資金を稼ぐ事の方が大事だ。家出同然で実家を飛び出した僕には当然仕送りなどあるはずもなく、喰っていくには働くしかない。


「今日はここまでにしよう」

 あとは風呂入ってテレビを見て寝るだけだ。宴があった以外はいつもと変わらない日常。明日以降もそんなに変化の無い日常が訪れるだろう。何の根拠もなく漠然とそう思っていた。まさか、この日がそれまでの毎日の終焉だったとは夢にも思わなかった。僕はいまの暮らしがそんなに嫌いじゃない。家族からは見捨てられたも同然で、女子からの扱いは最悪、男友達すらも皆無で、相談に乗ってくれる大人もいない。人間関係なんて無きに等しい。でも、それを無理して変えようとは思わなかった。そりゃ傷つくときだってあるさ。でも、傷つかない人生なんて無いんだし、いまの状況を変えるにしたってどうやって?下手な事をすればいまよりも状況が悪くなるだけだ。そんなリスクを冒すよりはいまの現状を受け入れた方がまだ無難だ。状況なんてそう簡単には変わらない。この日まではそう思っていた。それがまさかいとも簡単に変わってしまうなんて……。


 -・-・-・-


 翌朝、猫はまた旅に出たのか僕が起きた時にはすでにいなかった。


「また、一人か……」

 本当に猫は気ままだ。僕も猫になりたいよ。などと思いながら玄関から配達の牛乳を取ってくる。これと昨日買ってきたアンパン一個が今朝の朝食だ。家賃と水道光熱費と授業料その他諸々で食費に回せるのは限られている。毎日、朝食が食べられるだけでもマシな方だ。ちゃぶ台の上には違う意味でのオカズもある。昨日、印刷してファイルした学校女子たちの裸画像集だ。そんなもの卓袱台に置くなと批判されそうだが、どうせ誰も来やしない家だ。問題は無い。写真を見ながら食事もいいが僕は朝食に時間をかけない主義だ。10秒で食事を終える。あとは歯を磨くだけだ。


「爺ちゃん、行ってくるよ」

 歯を磨いて爺ちゃんの遺影に手を合わせた僕は家を出た。そんなに特筆することのない平凡なありふれた朝だ。この後、学校に行って帰ってくるだけだ。もしかしたらいつもとは違う何かが起こるやもしれん。なれどそれはせいぜい誤差の範囲であろう。何かが劇的に変わるなんてそんなの有りえない。


「……」

 そう今日も僕は女子にリアルバイキンマン扱いされるのだ。学年一のイケメンくんの方がよっぽど心が汚れているというのに外見で騙されるんだからな。男子にも爽やかな好印象を与えるイケメンくんは唯一僕にだけは本性を見せてくれる。僕からの好感度など上げる必要も無いと思っているのだろう。僕が『彼氏にしたいランキング一位』の彼の本性を皆に暴露したところで誰も信じないだろうしな。あ、噂をすれば。相変わらず女子たちに囲まれてのご登校だ。そのうちの一人と目があった。露骨に嫌な顔された。朝っ早からうっとうしい顔を見せるなとでも言いたげだった。


「……」

 今宵のメインディッシュは彼女に決定だな。確か前にファイリングしたはず。日頃、僕を馬鹿にする女子に奉仕させる妄想はまた格別である。いかん、思わず本性をさらけ出してしまった。でも、妄想だけだからさ勘弁してよ。それくらいしか楽しみがないんだから。さて、どんなシチュエーションがいいか。やはり嫌がる彼女の弱みを握って…というのがいいな。グヘヘヘッ今夜が楽しみだぜ。よく妄想が暴走して犯罪に走るとか言われるけど、僕はちゃんと現実と妄想の区別がつくのでご安心あれ。今夜が待ち遠しいなあ。

 結論として楽しみにしていた夜は来なかった。盗撮という犯罪に手を染めた事に罰が下ったのか、僕は交通事故に巻き込まれた。すごい衝撃だった。自分の体から血が大量に出ているのか見て取れる。意識もすでに朦朧としている。ああ、人間ってこうもあっさり人生終えちゃうんだな。死ぬかもしれないというのになぜか落ち着いていられた。まあ、生きていてもしょうがない人間だと自分でもわかっていたからな。現世では良いことなんてほとんど無かったけど、来世ではちょっとはいい人生でありますように。


 -・-・-・-


 気がつくと僕は見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。


「どこだ?ここは」

 入院患者が着ている服を着させられているからどっかの病院か。どうやら一命は取りとめたようだ。しかし、参ったな。入院代なんて払えないよ。


「どのくらい寝てたんだ?」

 外はもう日が沈もうとしていた。夕焼けマンが仕事をしている時間帯か。それが今日なのか違う日なのかまではわからない。


「……さて逃げるか」

 医師や看護師に見つかる前にトンズラしよう。その前に体がちゃんと動くかどうか。腕を動かしてみる。痛くない。どこか痛いところはないか体中を触ってみる。どこも痛くない。と、手が胸に触れた時だった。むにっ。


「……むにっ?」

 あれ、僕ってこんなに脂肪がついてたかな?両手で触ってみた。むにむにっ。胸に目をやるとはっきりと大きな膨らみが二つ……。


「……」

 いかん、事故で視神経に異常を来したらしい。ありえないものが見える。やはり、あれだけの事故で何とも無いわけがない。


「ここは正直に金が無いと言うしかないか…」

 ……。気のせいかな。自分の声じゃないような。さっきまでは寝起きだったせいか気にもとめなかった。もう一回確かめてみる。


「あーあーあー」

 どうしよう、目だけじゃなくて耳にも障害が発生しているようだ。いや、声がおかしいのか?思った以上に体へのダメージは深刻かもしれない。交通事故だからな。包帯だらけになっていても不思議ではない。


「それにしても人気が無い病院だな」

 この部屋にはドア以外には窓すらない。あるのは僕が寝かされているベッドとトイレと思われる小さい個室だけだ。僕は他に体に異常がないか調べた。あった。髪の毛が長くなっているのだ。人間って過度な衝撃を受けると髪の毛が長くなるのか?自分自身はもちろん、身内や知り合いに事故に遭った人がいないからわからなかった。


「……」

 ……。見たところこの部屋には鏡もその代用になりそうなものも見当たらない。膨らみのありすぎる胸、長い頭髪、他にも明らかに自分のとは異なる肌などなど…。鏡を見なくても自分の身に何が起きているかはだいたいの想像がつく。しかし、まさか…そんなことが……。


「……」

 確認する術はある。しかし、確認したところで状況が良くなる事はないだろう。殴られるか蹴られるかの違いだけで僕が痛い目にあうのは同じということだ。僕は手を股間にそっとあてた。…ごくり、生唾を飲みこむ。そして、手を股間に押し当てた。


「……マジか?」

 にわかには信じがたい事に僕は股間をまさぐってみた。でも、無い。何が無いって?股間にあるべきものだよ。


「すーっはー、すーっはー」

 僕は深呼吸すると覚悟を決めて股間を直接視認する事にした。


「……そうだった、僕は事故で視神経をやられてるんだった」

 だから、無いはずのものが見えたり、あるはずのものが見えなかったりするんだ。……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


「んなわけねえだろ」

 認めたくはないが目の前の現実は受け入れるしかない。しかし、なぜだ?なぜ僕はこうなった?僕は無性に鏡が見たくなった。もう自分が以前とは似ても似つかぬ変わり果てた姿になっているのは明白だ。でも、それでも僕はいまの自分の姿を見てみたかった。でも、この部屋に鏡なんて……。


「あ、トイレになら小さい鏡があるかも」

 トイレと思しき小部屋に行ってドアを開けてみる。案の定、そこはトイレだった。そして、


「あった」

 手洗いの上に小さな鏡。そこに映っていたのは想像以上だった。自分自身なのに惚けてしまうくらいだ。僕が鏡とにらめっこしていると部屋のドアがガチャと開いた。僕はハッとなって身構える。状況からして僕はここで姿を変えられたと見るべきだろう。果たして姿を現すのは何者か。


「おお、目覚めておったか」

 現れたのは頭の禿げた小太りの初老のおっさんだった。白衣を着ているから医者か科学者だろう。


「あんたは?」

「ワシは怪しい者ではない。この研究所の所長じゃよ」

「研究所?なんでそんなところに僕はいるんだ?しかもこんな姿で…」

 研究所ってことはこのおっさんが僕をこんな姿にした張本人か?


「ああ、誤解せんでくれ。君をいまの姿にしたのはワシじゃが、君を死なせないためにはそうするしかなかったんじゃ」

「どうゆうこと?」

「自分が交通事故にあったのは覚えておるか?」

「うん、微かに」

「かなりのスピードで撥ねられたのじゃろう。あのままでは君は死んでおったんじゃ。そこでワシが君をここに運んで手術したんじゃ」

「?????」

「まあ、理解できんのも無理はないじゃろう。手術は成功じゃ。体に痛みや違和感はないか?無ければもう帰ってもいいぞ」

 いや、帰れと言われても……。


「元には戻れないの?」

「本郷猛が元に戻れたか?」

 そういうレベルの話か。あまりにも非常識すぎて頭がついていけない。わけわからぬまま家に帰らされた。治療費はタダだった。人間一人をまるごと作り変えてしまうような手術なのに治療費がいらないなんて…。


「まあ、生きてるんだから細かい事は気にしないでおこうか」

 今日はいろいろとありすぎて疲れたのでもう寝よう。事の重大さに気づいたのは翌朝の事である。いつも通り顔洗って飯食って歯磨いて着替えてさあ出発だとなるはずだったが……。


「駄目じゃん……」

 いまになってやっと気づく。見た目がまったく変わったことはそれは別人になったと同義だ。顔を変えただけというならば整形したということで説明のしようもある。されど、見た目はおろか体の中まで変わってしまっては僕だと証明するのはほぼ不可能に近い。いまの僕を見て誰が僕だと信じる?このまま学校に行っても門前払いされるのがオチだ。急に力が失せてきた。立っている事もできずに座り込む。今日は結局学校には行かなかった。何をしてたかというと家でボーっとしていた。それが3日ほど続いた。その間、学校からは一通も電話も連絡も無かった。それが学校における僕の存在価値だ。


「もうなんかどうでもよくなった」

 このまま誰にも気づかれずに野垂れ死にするのもいいかもな。と、僕が人生に諦めかけていたときだった。携帯電話が鳴った。学校からか?いや知らん番号だ。


「……もしもし」

「おお、ワシじゃ」

 誰?はて、どこかで聞いたような……あ、僕の体を作り変えた博士だ。しかし、その博士が何の用だ?まさか、やっぱり治療費を払えとか?


「いや、実はなあれから気になっとたんじゃよ。どうじゃ?ご家族の方は君だってことに気づいてもらえたか?」

「……生憎と僕には家族なんていないよ」

 絶縁状態と言うよりもいないと言ってしまった方がややこしくない。


「おお、そうじゃったか。じゃ、学校はどうじゃ?」

「学校にはもう僕の居場所なんて無いよ」

「うーむ、やはりそうか。心配してた通りじゃ。そんな事になってしまったのにはワシにも責任があるからな。どうじゃ?お前さんさえよければワシのところで住み込みで働いてみんか?ちょうど助手でもいてくれたらと思っていたところじゃ」

 助手ねえ…。僕は即答を控えた。


「まあ、ゆっくり考えてみなさい」

 そう言って電話が切られた。助手かぁ。そうだな、他にやることも無いしな。ここはあの博士の好意に甘えるとするか。


「他人の好意ってほとんど受けた記憶無いな。ははッ」

 自嘲気味に笑う。こないだまでの自分が如何に矮小な存在だったかわかる。だからか、存在そのものが消えてしまった。いまの僕はそれまでの惨めで哀れでちっぽけな存在ではなく、まったく新しい存在へと生まれ変わった。これからは博士の助手として生きていこう。


「そうと決まったら荷物をまとめないと」

 元々、そんなに荷物は無い。学校関係や衣類のほとんどは必要ないからな。荷物を風呂敷に包んでヨイショッと。あ、そうだ。


「猫が帰ってきたら僕の居場所がわかるように地図を書いて置いておこう」

 メモにペンでこの家から博士の研究所までの道順を書く。猫ならたとえ姿形が変わっても僕だって気づいてくれるはずだ。よし、書けた。これを猫がいつも出入りするベランダへ置いておく。


「よし、行くか」

 僕は荷物がつまった風呂敷を背負って家を出た。もし、これからの事が予見できていたら僕はきっと踏み止まっていたと思う……。 

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