観客の反応2
<さて、お待ちかねの罪状報告だぁ!最初の被告人は誰かな?犯罪者の諸君、覚悟はできましたかー?>
「くそ!」
苛立ち紛れに、五十嵐が液晶モニターを殴りつけるが当然傷ひとつつかない。
ばんっという音の後で、舌打ちをして画面に背を向ける。
<視聴者からの投票で罪状を知りたい犯罪者は誰か!?意外にもこの人、外国籍のタニア君!>
「WHAT!?」
まさかといった表情で、タニアが驚きの声をあげた。
映像には視聴者からの投票の結果が円グラフで表され、映し出されていた。
だが、この投票数はスタッフが番組の進行をスムーズにするための嘘グラフだった。
この投票結果で、一番興味のないタニアを刑の見せしめの意味も兼ねて早く処分したいだけだった。
早い段階で一番注目されている人物の結果を出して、映像から追放してしまっては視聴者の反応はヒートダウンしてしまう。
逆にいらない人物を消していけば、残ってる犯人も似たような目にあうと想像して、結果を楽しみにしてくれる。
ニュースで誤報は犯罪だが、エンターテイメントが絡んだ場合は真実も嘘も時と場合によりけり、視聴者が喜ぶ内容だけ与えるのが正義なのだ。
プロデューサーはそう考えていた。
<タニア君はブラジル出身。今年38歳になる彼女は、月に2度里帰りします。表向きは彼女の両親が病気で長くないといっていますが、実は麻薬を運んでいるのです。密輸してるだけではなく、それを自分の勤めている塾の生徒にも秘密で販売しております>
司会者を映し出されていた映像が途切れ、代わりに病院と目線に薄いモザイクがかかっている数人の男女の顔写真が映る。
「ノォッ!」
タニアはパニックに陥り、映像に背を向けて部屋の4人に見せないように手を広げて隠そうとするが、それがなんの効果ももたらさない事に気づけないようだ。
それを観た視聴者は、またコメント欄に書き込みだした。
【なんだコイツ、こんな必死になって隠したいなら麻薬なんて売るなよ】
【日本人から搾取しやがって】
【こいつに麻薬打つ刑とかどう?同じ苦しみ味わわせたい】
【イイネ】
【刑罰は選択肢から選ぶしかできないみたいだよ】
【自由な意見書けねーのか】
【まじで?一番重いのは何?】
【懲役1~5年しかないぞ。うちらが投票しなくてもこれくらいなら普通の裁判でもあるんじゃね】
【なんだそれ。番組的にそれじゃつまんねーな】
「こいつら適当な事ばかり言ってますねー……」
スタッフがパソコンのモニターに次々と現れるコメントを見ながら、笑いながら言った。
プロデューサーも頭上にある複数のモニターをみながら、番組の進行にミスがないか、編集のタイミングに狂いはないかを確認しながら答える。
「こういう映像を高みの見物気分で観て、ネットの世界でしか強気な事が言えないしょうのない奴らなのさ」
「明治時代にラジオが出た時、誰かが『ラジオの中で子鬼が歌っている』と言った人がいたそうですね。23世紀のパソコンにはこういう幼い精神の人間が閉じ込められて鬼になって棲んでいるのかもしれませんね」
「面白い事言うな。お前。でも、その子鬼のおかげで俺たちは商売になっている」
「そうっすね」
話をしている間も、画面上では視聴者のコメントがどんどん古いコメントを侵食するように重なっていく。
そして、有罪票の赤いゲージが溜まり、過半数を超えそうだ。
無罪の票はわずか0,01%に対して、有罪票が48%。
有罪票が視聴者の半数を越えれば、後は刑の重さだけが問われることになる。
これもプロデューサーの予想通りだった。
「よし、もういいだろ」
「はい」
プロデューサーの合図で、スタッフがキーボードでなにやら打ち込み、別室にいる司会者へ指示を送った。
<……彼女の反応から罪状は間違いないと思いますが、彼女にも弁論はあるでしょう。聞いてみたいと思います。タニア君、何か言いたい事はありますか?>
うつむいて、うなだれているタニアに司会者が優しく問いかけた。
「……母と、父の介護費用がなくて……仕方なく……」
涙を流し、同情してもらおうと思ったのか、それとも減刑目的かわからないが、よろよろとタニアは座り込んで泣き出した。
視聴者も少し心が動いたのか、無罪票こそ動かなかったが、彼女を批判するコメントは一時的に止まった。
しかし、顔を覆って泣いている彼女へ告げた司会者の言葉は視聴者を驚かせた。
<……ただいま入りました情報では、彼女のお父さんは農業者として元気に農作物を生産していますし、お母さんもその手伝いと家事を毎日こなしています。生活にも、いまのところは困ってないそうです>
部屋にいる4人の視線が全員タニアに向けられた。
「……ファック!」
だが、司会者は余裕の笑みで番組の進行を続ける。
<皆さん、ごらんください。タニア君の投票結果です>
『刑の執行』と書かれた円グラフが現れ、AからEの5種類の色分けをされていた。
Dの赤色が一番割合を占めていた。
おそらく、この色が彼女の決まった刑となるのだろう。
赤い色の場所がクローズアップされ、Dの文字にハンマーが当たって砕けるというアニメーションの後でひとつの文字が浮かびあがった。
(懲役7年)
<はい、注目の第一執行刑は懲役7年となりました!>
部屋の5人には残りの刑がどんなものかわからないが、これでも視聴者が一番重い罪を選択したのではないかと感じていた。
<それでは、タニア君を束縛させていただきます!>
何が行われるのか、という不安から部屋にいる人間は緊張で黙り込んだ。
ガシャッ、
映像が流れる壁とは反対側にある壁がシャッターのように開き、外から銃をもった兵士風の男達が8人入ってきた。
「きゃあ!」
銃口を向けられ、立花が叫ぶ。
「な、なんだ!」
「おちつけ!俺たちには関係ないはずだ!」
田口と五十嵐がそれぞれ、焦りながら壁の隅へと下がる。
日下部だけは落ち着いていた。
「なにするのっ!」
銃口を向けられたまま兵士二人に服をつかまれ、タニアはもがこうとするが、銃を近づけられるとさすがにおとなしくなった。
ずるずると引き連れられるようにしてタニアが部屋を出ると、すぐに壁が閉まり、部屋には再び沈黙が訪れる。
不意に、映像が切り替わり、タニアらしき女性が目隠しをされる所が映された。
最初はおとなしくしていたタニアも、目隠しをされると不安になったのか、何かをつぶやきながら、もぞもぞと身体を縛る縄を外そうと動き出す。
だが、縄が外れることなく、彼女はまるで物のように扱いながら木箱の中へと入れられた。
そして、蓋がされると鍵がかけられ、葬式のようにそのまま車に積み込まれた。
<皆さん、ご覧になりましたか?タニア君はこのまま警察に送られます。そして、釈放後には強制送還してもらう事が決定しております。我々、日本人を脅かす麻薬ブローカーを我々の手で追い出したのです!>
司会者の言葉に、拍手の音が鳴り響く。
<この調子でどんどん追求していきたいところですが、いったん小休憩です。このようなショッキングな映像を見せられた残りの4人がどう動くか、何を話すのか、注意深く観察しておいてください。次の審査に影響が出るかもしれませんよ>
意味深な台詞をあごに右手をあてて、にやりと笑って言った。
<自分の手で犯罪を挫くことができるのは当番組だけ!まだまだ番組は続きます。チャンネルはそのままで。それでは皆さん、グッチョイス!>
カメラを指差し、かっこよくポーズとった数秒後、壁のモニターは真っ暗になった。
画面が切り替わり、部屋の内部の様子だけが視聴者のパソコンに映し出されているのだろう。
「…………」
確かに、司会者が言うようにタニアが連れ出され、木箱に詰められて警察に送られるというショッキングな映像を見せられた4人は改めてこの部屋の異様さにのまれていた。
いや、日下部だけは相変わらず、のんびりとした表情だった。
田口が壁に寄りかかりながら、立花はへたりと地面に座り込み、強気な五十嵐さえ突風のようにタニアを連れ出した銃をもった兵士に圧倒されたのか、それぞれが呆然と壁を見つめていた。
「お、俺たちもあんな風にムショへぶちこまれるのか……」
がっくりとうなだれるように、地面を見つめていた五十嵐がつぶやいた。すると、ふと、なにかを思いついたように天井を見上げながら叫んだ。
「おい!これはあきらかに人権侵害だぞ!警察でもないのに、こんなことをしていいと思ってるのか!?俺たちを警察に連れていかれたら真っ先にこのことを……」
「……無理よ」
「なにィ?」
疲れた表情で座っている立花に反論され、五十嵐が睨みつける。
「まず、ここがどこかわからなければ警察に説明したところで探しようがないわよ。どうせ連中のことだから、放送が終了したとこで別の所へ隠れてまた同じような番組を放送をするはず」
「お前ら、落ち着いてる場合か!?」
真っ赤になって怒鳴る五十嵐に、横から田口が口を挟む。
「いや、気持ちはわかるが、ここは落ち着こう。いくら騒いでも番組側が困ることはないし、状況も改善されないだろう。ここまで強引な連中だ。弁護士を頼んでも100%無視されるのがオチだ」
「うるせえ!このロリコン!」
不安と怒りが頂点に達したのか、五十嵐が座っている田口の顔面を蹴ろうと、足を突き出した。
「……お、ぉお!?つぅっ……!」
とっさに放たれた蹴りを、日下部が片手で防いだ。そのまま勢いよく持ち上げたことによって五十嵐はバランスを崩してしりもちをつく。
「いてえな!」
「喧嘩はナシですよ。怪我しても連中が治療してくれるかわからないんですから」