監禁3
「なるほど、こんな腐った番組を見て楽しむような根暗な男共なら、確かにこの中で一番いい女のお前を見守りたくなるだろうよ。無駄な仏心というか、この場にいれば助けて、あわよくば自分の女にしようという下心がおきそうないい女だ。お前だけは助かるぞ、羨ましい。あの女とは偉い違いだ」
五十嵐はタニアを見て言う。
彼女はというと、なぜ自分がここにいるのか理解できないように泣き崩れて、英語でなにやら言っている。
「日本人は例え善人でも、外国人には容赦がない。『外国人は日本に罪を犯しに来たのではないか』、『外国人は日本人を馬鹿にしている』という被害者意識を持っている。多分、アイツが一番最初にクビ切られるだろうよ」
確かに、日本人に限らず、人間は他者と比べるようにできている。
差別とは区別の域を越えてしまっただけで、外見、性別、人種などとカテゴリーわけするという性質は変わらない。
特に人間は、見た目で相手の性格などのほぼ9割を無意識のうちに決定づけてしまう。
殺意や侮蔑まで発展しないとはいえ、やはりタニアのような外人、しかも日本で罪を犯したとなると、日本人の視聴者達は無責任に、ろくに調べもしないうちから有罪を決めつけてしまうかもしれない。
日本人は兎にも角にも勧善懲悪を好む。もちろん、正義は自分たちだ。
タニアのような、カテゴリーわけの少数派を『わかりやすい敵』に設定してそれを叩く。
中学生のいじめと同じだ。
常に多数側にまわろうとし、不特定多数の陰に隠れて何かを見下したがる。
しかも、今回はその犯罪者という『わかりやすい敵』を自分の手で裁けるという優越感にも似た感情で楽しんでいる。
映像を観ていた日下部は番組制作サイドの思惑を理解し、思わず笑みがこぼれた。
「おい、あいつは何を笑ってるんだ?」
喉から笑い声が漏れそうになり、片手で口元を押さえる。
それを見た田口、五十嵐、立花の三人は、いぶかしい顔で眺めていた。
「いかれたか?」
「なんか言ってるわよ」
抑えている口元から、日下部が何から言葉を発しているのが聞こえる。
「なるほど、なるほど。そういうわけか。面白い……」
映像が消えた液晶モニターを、ぎろりと開いた瞳でにらみつけながらそうつぶやいていた。
「恐怖でおかしくなったのか、それとも……なにか思いついたのか?おい、お前、何が面白いんだ?」
五十嵐がからかうように、日下部に声をかけた。
すると、日下部はくるり、と首をまわしたかと思うとまぶたをしぱしぱさせて、照れたように頭をかく。
「いや、すいません。オレをここに連れてきた理由がわかったんで、笑っちゃったんです」
「は?」
どこに笑う要素があったのか、わからないというように聞き返す。
「いやいや、多分、オレは間違えて連れてこられたんでしょうね。有無を言わさず付いてきてって言われる事よくあるんで、今回もとりあえず黙ってついてきたんですが……司会者が言ってたのを聞いてびっくりですよ」
「はあ、じゃあ、アンタはなんの罪も犯してないのに、ここに無理やりつれてこられたってこと?」
「はっはっは」
口をあけて笑いながら、手を左右に振る。
「逆ですよ」
「逆?」
田口が聞き返した。
「彼らもまさか二度目の放送で、竜の尾を踏むとはね。指示系統でミスがあったのかな?今頃、番組の上層部ではあわてているでしょうね。自分達の手にあまる存在を中枢部に入れてしまったのだから。気づかない振りして静観を決めるか、それとも機嫌をとりに来るか。まー、どちらにしても様子を見ますよ」
それだけ言うと、日下部は壁に寄りかかって座りこんだ。
「おい、何わけわからないこと言ってんだよ。ここから抜け出す方法知ってるのか?」
五十嵐がつかつかと近づき、座っている日下部の肩を掴み、立ち上がらせる。
「おちついて、コレ、映ってますよ」
「うるせえ!一人だけ納得しやがって!この状況を説明しろ!」
もうそろそろ不安が爆発しそうだ。肩を揺さぶりながら怒鳴りちらす。
「……本当に?オレの予想だよ。多分合ってるけど。それに、話したところでどーにもならないけど」
「いいから早く言え!」
相手を弱いと思っているのか、五十嵐は強気の口調で説明を要求する。
日下部は、諦めたように、やれやれわかりましたよという表情をしながら、ひそひそ声で話しだした。
「まあ、だいたいはそこの田口さん?の言っていた通りですよ。前回の放送とまったく同じ。さっきも映像で司会者が言っていたけど、オレ達のように日陰でしか生きられないような人間を集めて、その様子をネットで公開。誰がどんな罪を犯したかを暴露して、視聴者に各人その罪の重さを判断してもらって、番組側が罰ゲームならぬ刑罰を与えて楽しむ……そんなところでしょう?」
それこそ、番組のタイトルのように48時間まるまる拘束してね、と続ける。
「じゃあ、なんでお前はさっき笑ったんだよ!」
「理由を言ってもあなたは納得しないと思うけど……まあ、簡単に言うとオレは番組側のミスで連れてこられたから」
じっと、五十嵐の瞳をみつめて答える。
「なんでそれがわかるんだよ?」
「番組制作の一環としてあなた達は無理やり連れてこられた。局が逮捕の権利を最大限に利用してね。司会者もオレ達の事を゛出演者゛って言ってたでしょ?でも、これはひとつ問題がある。逮捕権があろうと、所詮、局は局。警察でも自衛隊でもない。『ペンは剣より強し』とはいっても、単純な戦力としてはあまりにも心もとない。奴らは視聴者に罪状と顔を暴露したい。でも、その報復は恐ろしい。ゆえに、ここに連れてこられるのは……わかるでしょ?大企業のバックにいるような大規模なヤクザとか政界のドンとか大物は避けてる、ハズ。ここがオレの予想なんだけど」
日下部の言っていることを理解できているのか、五十嵐は黙って話を聞いている。
「大物の悪事を暴露できれば、番組としては正義の放送とアピールできる大チャンスだけど、リスクが高すぎる。上層部全員の首が物理的に飛びかねない。オレがさっき笑ったのはそこなんだ。オレを逮捕して暴露する事はリスクが高すぎるから、『逮捕者リストを渡す時にミスをしたんだな』って笑ったんだ」
「じゃあ、なんだ?お前はヤクザの幹部か何かだってのか?」
「そんなつもりはないですけど……」
五十嵐がからかうような笑みで言うと、日下部も苦笑気味につぶやく。
「まあ、オレはここで顔を公開されても、それほど気にしませんけどね。どうせどこにでもいるような顔だし。ただ、関係者は殺すけど」
ぞわっ、
つぶやいた日下部の表情に、五十嵐は背筋に寒気が走って、つい、手を離してしまった。
「……と、言うわけで、しばらく様子を見ようかなって。長くても48時間以内にはどうなるかわかりますし」
服を直しながら、日下部は心配とか不安とか一切ない笑みで答えた。
「…………」
五十嵐はそれ以上に何も言わず、日下部に背を向けて歩き出した。
「だめだ、なに言ってんのかわからねえ。ここから抜け出す方法を思いついたわけじゃないみたいだ」
「私達、これからどうなっちゃうのかしら……」
立花が床をみつめながら、途方にくれたような声をだす。
「とりあえず、様子を見よう」
田口がそう言った。
「おそらく、時間がくれば向こうから反応があるはずだ。俺達の罪を暴露するとか。その時に反論するとか、視聴者の同情を誘うとか何か手はあるはずだ。いまみたいに何をしても状況が変わらない状態で、動くのは得策じゃない」
「いっそ、ストライキするとかどうだ?俺達がなーんもしなければ見ているやつらも飽きるだろ」
しかし、田口は首を振る。
「だめだ。前、見た番組の二人も、最初は協力してストライキをしたんだが、番組側がそうさせないために操作された。彼氏の浮気現場の写真を見せて喧嘩させたり、どちらかを助けると言ったりして動揺を誘った。そして、結局は失敗した」
「でも、俺達は元々繋がりがない。動揺を誘うネタはないはずだ」
「あるだろ?繋がりがないからこそ、急場の信頼関係じゃ奴らの甘い誘いに乗る奴が絶対出る」
断言する田口に、五十嵐も納得したように黙り込む。
「とりあえず落ち着こう。ここまで一方的な公開処刑は絶対に問題視する人間が出るはずだ。この放送を誰かから教えてもらった第三者がもしかしたら警察に通報してくれるかもしれないし、そうじゃなくても殺される心配はないかもしれない」
「そうよ!TV局は犯罪者を逮捕できる権利があっても、拘束できる時間は限られてるはずだわ。確か、72時間!それまでに警察に引き渡さない場合は、資格を剥奪されるだけじゃなくて関係者全員逮捕される……ってことは連中もそこまでひどいことはしないってことね。罪状と顔が暴露されるのは痛いけど……」
田口の言葉に、立花も元気がでたのか、思い出したように言った。
「それがヤバイッてんだよ!」
五十嵐が叫んで、床に足を叩きつける。
「俺のしたことが組にバレたら、ここからうまく出られても、俺は組から狙われる!」
わなわな、と身体を震わせながら二人をにらみつける。
「関係者がこの放送を観ていないことを祈るしかない」
「何、落ち着いてんだ!自分らはたいした罪じゃないから安心してるのか!?」
「やめてっ!」
田口に掴みよろうとする五十嵐の前に立花がさえぎる。
「おい、お前は何をしてここにいるんだよ?どうせ捕まっても死刑はないんだろ?こんなとこに連れてこられるくらいなら、警察に自首した方がマシだったんじゃないか?」
「…………」
さすがに自分の罪を言いたくないのか、田口は口を閉ざして五十嵐をにらみつけた。
数分、にらみあいが続いたかと思うと、再び壁から映像が流れだした。
<さて!皆様、お待たせいたしました!それでは出演者たちの罪状を一人づつ紹介していきましょう!>