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最後の逆転

「も、申し訳ありませんっ!た、ただちに、早急に、上司からすぐ中止するように命令させますので!」

絵里奈と憐の後を追って、局長が廊下に飛び出してきた。

「なにとぞ!なにとぞお許しを!あの男はすぐに退職させますから!」

「いえいえ、全然気にしてませんよ。これっぽっちも」

「……そ、そうですか」

冷や汗をかきながらそう返事をしたが、局長は何気ない笑顔で答える絵里奈が逆に怖かった。

「でも、私たちにできる事はしてもよろしいんですよね?」

なにかをたくらんでいそうな、子供が何か思いついたかのような笑みで問いかける。

局長は彼女が何をしようとしているのか、彼なりに考えたが、どう考えても自分にも会社にも利益にはならないだろうと思った。

だが、彼がそれを止められるとも思えなかった。

「せっかく持ってきたもんね。コレ」

そう言って、燐が持ち上げるたびにずしりという音のする重そうな鞄を笑顔で軽々と何度も上げたり下げたりする。

それを見て初めて、彼女達がなにをするつもりなのか、少しだけ想像できたのか局長は顔を青ざめる。

「ちょっと手荒な事しますけど、なるべく原型は留めておきますので。失礼」

かなり物騒なセリフを言い残し、二人は廊下を歩き出した。

何も言えず、局長はその後ろ姿を黙って見ているしかできなかった。


逃がすわけにはいかない。正義のためにも。

警察の制服によく似せて作られた警備員の服装を身にまとっている男は本気でそう考えていた。

彼には子供の頃から『正義』の二文字を胸に生きてきたという自負がある。

悪い事には罰を。正しい事には心ばかりの報酬を。

万引きをした子供の腕を折ったり、ネコババした奴にはぼこぼこにして財布ごと燃やしてやった。

自分は常に正しく生きてきた。不正を見逃さず、自分に厳しく、まっすぐに生きてきた。

だが、そんな私を警察は親の敵のように認めなかった。

警察の採用試験にも何度落ちたことか。

まあ、不祥事だらけの警察などこちらから願い下げだが。

私の手で改善できなかったのが残念なだけだ。

捨てる神あれば拾う神あり。

警備員などやっている時、秘密を守ることを条件にこの職場に配属された。

ここは私にとってまさに天職。

犯罪者を集め、監禁して、視聴者が判決するが、最終的に私の手によって犯罪者を一掃できる。

なんという至福。

警察など礼状がなければ容疑者も連れてこれない弱者である。

屈強の犯罪者すら畏怖する私達、いや、私こそが絶対強者なのだ。

「脱走中の五十嵐を捕らえたぞ!」

迷路のような建物である隠しスタジオを散々走り回ったのか、疲れている五十嵐の背中に拳銃を押し付けながら仲間に聞こえるように叫ぶ。

「おお、よくやった」

警備兵の隊長が喜びの声をあげながら私の背中を叩き、五十嵐に手錠をかける。

「他の者は3階を探している。私はこいつを連行してくるから、見つけた事を知らせてくれるか?」

「わかりましたっ」

隊長に敬礼して答える。

「おい、さっさと来い!」

半ば引きずるようにして隊長が五十嵐を連れて行く。

「……今日も正義は守られた」

感無量といった表情で拳銃を懐にしまう。

これで後は部屋に閉じ込めている4人の犯罪者が裁判で公開処刑を待つだけだ。

「なんか騒がしいね。お姉ちゃん」

下の階から声が聞こえてきた。

1階には仲間がいないはずだが……

「さーって、久しぶりに派手に暴れちゃおうかしら」

「はい、お姉ちゃんは刀だよね」

声から推測すると若い女性、それも2名だ。

明らかに部外者の声に、緊張がはしる。

「誰だ!」

拳銃を両手で構え、声のする踊り場へ向けた。

そこには鉄でできた刀を両手に持ったすらっとした眼鏡をかけた知的美人と、小さく可愛らしい服装を着た幼さの残る美少女が見るからに重そうな鈍器を持って立っていた。

「……なんだ、お前ら……」

予想を遥かに超えていた二人の姿に、私は驚愕して再び問いかけた。

「誰でもいいじゃない」

美少女の方が笑みを浮かべながら、少しばかりませた視線を向ける。

「そうそう。貴方からしたら私達は不法侵入者だし、私達からしたら貴方はただの邪魔者」

絵里奈は言いながら、刀の感触を確かめるように刀を握りながら両手首をくるくるまわす。


私と戦うつもりか……


彼女達がなにを言っているのかわからなかったが、大人しく捕らえられるつもりはさらさらないということだけは容易に理解できた。

いいだろう。殺しはしないが、不法侵入者として捕まえてやる。

正義は必ず勝つのだ。

「えーいっ」

元気な掛け声と共に、燐が階段から飛び降りた。

「え……?」


正義は勝つ。正義は勝つ。正義は勝つ。正義は勝つ。

正義は勝つ。正義は勝つ。正義は勝つ。

正義は勝つ。正義は勝つ。

正義は……ぐぼあぁっ!


彼女の持つ鈍器が、顔に近づいてきたかと思うと、自分の胸にゆっくりと、ゆっくりと激突して、その重さで胸が圧迫、勢い×重量×彼女の腕力=衝撃の威力で頬と胸の骨がべきべき折れていく感覚がわかる。

その時、20年以上信じていた持論が一気に滅び去った。

そして、さらに理解した。自分が正義と信じていたモノ以上に、脅威的な力があることに。

権力であろうが、財力だろうが、それを越える腕力があることを。

「誰か捕まっちゃってたみたいだけど、ダーリンじゃないよね」

「あのバカなわけないじゃない。人の『意識』を消す力持ってるんだから脱走したらまず見つからないわよ」

それに、と一呼吸置いて、絵里奈は続ける。

「あの人、待ってるのよ。私達が迎えに来るのを」

「じゃあ、早く行ってあげなきゃ」

「問題は彼が捕まっている部屋を探さなきゃね。この男は気絶しちゃってるし……」

絵里奈は燐が一撃でのした男を見下ろしながら言う。

「ま、建物全体はそんなに広くなさそうだし。何人も監禁しているようだし大きい部屋を探しましょう。この警備員と同じ人達がうろうろしてればすぐ見つかるでしょう」

「そうだねっ」

姉の楽観的な言葉に励まされ、燐は安堵した。

そして、二人は注意深く回りを見ながら小走りで並んで走り出した。


「五十嵐を捕まえた!?でかした!そいつは『処刑室』に連れていけ!」

警備兵隊長からの連絡で、プロデューサーが喜びの声をあげた。

「よーし!いけるぞ!これは前半戦最大の目玉だ!ヤス!部屋にいる全員の罪を暴露して、あおれ!最後に五十嵐を処刑してハイライトシーンにして流せ!後半も絶対に数字とれるぞ!」

「え、五十嵐の罪で死刑にはならないんじゃ……」

「少しは頭を使え。そこはこっちで調節すんだよ。どんな罪だろうが、ネタで死刑にする奴は絶対いるんだ。五つか六つ程の刑に平均的に数値を配分して、最終的に死刑がトップだったっていうありえそうなケースにもってけ。視聴率ってのは現場で起きてるんじゃない。製作部でつくるもんなんだよ」

「わ、わかりました」

真実を伝えるマス・メディアではなく、娯楽番組だからいえるぎりぎりの発言に、ヤスは眼を白黒させながらもうなずいた。

司会者に送った指示で、何度目だろうか、日下部と立花、田口のいる部屋のモニターに明かりがついた。

『さて、皆様お待ちかね!今回は全員の秘密を告白しよう!』

先程のハプニングを払拭せんばかりの勢いで、司会者はカメラの前で堂々と語る。

「順番に完全公開だ!今回見逃した方用に何度もハイライトシーンを流すから悲しむことはないぞ」

最初の放送同様、司会者の後ろにはタニアを除く4人の写真が3Dで映し出されている。

『まず!田口君!彼はもう公開済みだが、再度お伝えしておこう!彼は10歳以下の幼女を性的いたずらをするために、自分の住んでいる地下へ浚ってビデオに撮っている男性としては許されない行為の常連者だ!』

司会者の後ろから老若男女問わぬブーイングが流れる。

『さて、次はこの場所にいないが、五十嵐君!彼は……実に巧妙な犯罪者だ。幼い頃、彼は貧しい村で暮らしていた。だが、その村はダム化計画で村民すべての家を追い出される形になってしまった。五十嵐君の家族は都会に出た。だが、不景気の嵐で家族は一家離散。そして、あるとき、自分の村がなぜ時代遅れのダム化計画で追い出されなくてはならなかったのかを知ってしまう!』

五十嵐がいたら、さぞかし罵声をあびそうないやらしい笑みを浮かべながら司会者は続ける。

『実は、そのダムを製造に巨大な税金が使われていたのだ。しかも、ひとりの政治家がヤクザと土建屋がつるんで計画したものだと知った五十嵐は、政治家とつるんでいたヤクザの組に入り、とうとうその政治家からなんと1億強奪に成功してしまう。実に数年に渡る計画的犯行だったのです!』

「なるほど。道理で、ただのならくれ者ではないと思ったわけだ」

「では次だ!立花君!」

日下部の言葉は聞こえていないのだろう。司会者は声高々に、立花の名前を宣言する。

「……!」

覚悟していたとはいえ、やはり動揺は隠せない。立花は驚愕の表情でモニターを食い入るようにみつめた。

『彼女は唯一、犯罪者らしからぬタイプの人間に思われた。この部屋の中では紅一点。視聴者の中には彼女の無罪を信じたい者、一番軽い罪にしたい者もいるんじゃないでしょうか?でも、これを聞けば彼女の見方もかわるんじゃないでしょうかね。彼女の罪状は、殺人です!』

「なに!」

田口が驚きの声をあげ、振り返って立花を見た。

その視線から逃れようと立花はうつむき、哀しそうな表情で顔をふせている。

「あ、あんたも人を殺したのか……っ。おい!頼む!刑の軽い順に刑務所へ連れて行かれるんだろう!五十嵐がいない今、次は私の番のはずだ!早く、早くここから出してくれ!」

司会者が映るモニターに向かって田口は、両手を開きながら懇願する。

「視聴者の皆さん!お願いです、ここから出してください!罪を償いますから早く刑務所にいれて……」

『おやおや~?まだ私が話しをしている途中ですよ。進行は守ってください~?」

「……っ」

注意されて、田口があわてて口を閉じる。司会者の機嫌を損ねたら何をされるかわからないと思ったのか。

『では気をとりなおして、最後の受刑者!日下部君!この人物はもし、武器商人が『悪の卸問屋』と呼ばれるとしたら、彼は『悪の兵器』と呼ばれかねない程の極悪犯罪者です!皆様もご存知の通り、彼には人の意識をシャットアウトさせるという不可思議な能力があります!その能力で、彼は何人も殺人を犯した!だが、彼の犯した犯罪は一件たりとも警察の記録に存在していなかった』

モニターの画面いっぱいに日下部の顔写真がアップで映る。

『しかし!記録を抹消させるという愚劣な行為にも我々は負けず、資料を集め、彼が人を殺したという証拠を集めることに成功した!警察でも捕まえられなかった極悪人を我々の手で刑に処する事ができるのです!』

わーっ!パチパチ~っ!と観客の喜びの声と拍手の合成音が部屋全体を覆う。

『全員の罪が公開されたわけですが、さらにいいお知らせです!』

画面が切り替わり、再び司会者が姿を現す。さっきと違うのはその隣に大きい椅子がセットされた事だ。

日下部の顔写真がアップで映ったのはこの椅子を用意する時間稼ぎだったのだろう。

遠隔操作なのか、司会者が何もしなくてもゆっくりと椅子が回転する。誰かを縛って無理やり乗せているようだ。

『こちらは脱走を企てた五十嵐君で~す!』

「……あちゃ、捕まったか……」

日下部が残念そうな声をあげる。自分が逃がしてやったのだから、できればこの建物から出てほしかったはずだ。

田口と立花はその光景を緊張した表情でじっと眺めていた。

明日はわが身といった心境で見ているのかもしれない。

『さて、これを見ていただければおわかりかと思いますが、犯罪者諸君!脱走しても、我々からは逃げられませんよっ!そう何度も逃がすミスはしませんし、逃げても何度でも捕まえてあげましょう!』

「ん~……っ!」

起きているのか、さるぐつわに白い布で目隠しされている五十嵐が何かを言いたそうに叫ぶ。

『おや~?何を言いたいんでしょうか。弁明?もしくは、最後の断末魔でしょうか。だが、脱走犯は何をするかわからないので、残念ですが拘束をはずすことはできません。興奮して舌を噛んでしまうかもしれませんからね。さらに、残念なことですが、ここで彼の裁判の時間です!』

司会者がそう叫ぶと、タニアの時と同じく書かれたA~Eの文字と円グラフが映し出された。

『今回の刑のレートはこれ!』


A 死刑

B 無期懲役

C 禁固刑20年

D 禁固刑10年

E 無罪


タニアの時とは若干罪の重さが強いからか、初めて死刑の文字が現れた。

『さあ、皆様がお望みの処刑のお時間です!時間は30分!存分のご選択されてください!』

お辞儀をして、ゆっくりと司会者は五十嵐を残したまま画面の外に姿を消す。

「……ちくしょおおおお!!!」

田口が初めて怒号の叫び声をあげた。

「お、俺は……俺は小さい子が好きなだけだ!手を出したのは悪かった……でも、俺の趣味は俺のせいじゃねぇ!俺だってお前みたいな美人を好きになりたかった!俺が悪いわけじゃ……ぶべらっ」

興奮しきって立花に向かって歩き出した田口が勢いよくすっころぶ。

「うるせえ」

ゆっくり振り返ると、日下部が足をひっかけたようだ。

田口の『足元を注意する』という意識を消したのだろう。

「もう隠す事もないし、あまり騒ぐようだったらお前も殺しちゃうよ?♪」

「……ひっ!」

可愛らしく、冗談のように言う日下部に、田口は恐れ慄き、手足をばたつかせながら壁まで下がっていった。

「それにしても、さっきまで大人しかった番組側が急に動きが早くなったな」

「そうね。何かあったのかしら」

「ま、だいたい想像つくけどね」

そう言って、日下部は立花をじっと見つめた。色恋沙汰ではない、何かを訴えるような視線に立花も気づく。

「なんですか?」

「君が、殺したのはなぜだい?」

「…………」

心の急所、核心を突かれ、立花は再びうつむいて黙ってしまった。

「これは想像でしかないんだが、俺にも君が計画的に人を殺すようには見えない。衝動的な行為だった、と思うのだがどうだろう?」

日下部の予想は当たっていたのか、立花の表情が一変し、両手で顔を覆う。

「タニアと五十嵐、そこにいる田口はヤクザと絡んでいた。実は俺も奴ら……番組スタッフの事だが、に見つかったのはその関係で、ヤクザの親分を殺したのを見られていたのだろう」

立花を慈しむ目で見ながら、床に座って続ける。

「君も……そのヤクザ、または政治家の関係でここにいるんじゃないか?」

「……ええ、その通りです」

覚悟を決めたように、立花はゆっくりと顔をあげて語り出した。

「私はネットアイドルやってて、それなりに楽しかった。芸能プロダクションには属してなかったからオーディションでは予選を通るのがやっとだったけど。最後にしようと思っていたオーディションの時、ある事務所のマネージャーに声をかけてもらったの。君を経費はすべてこちら持ちで売り出してあげる、と……」

「それで?」

「まあ、興味はあったし、話だけ聞いてみようと思って着いていったらある男性を紹介されて……その人は政治家だから将来は安泰だよって……でも、なんか嫌な予感がしたから断ったら……眠らされて……ホテルに……」

話しているうちに思い出したのか、彼女の目に涙があふれてくる。

「もういい。……ありがとう」

日下部は立花の目をじっと見ながら手で制する。

「……そこにいた男性が、『私の後ろにはヤクザがついている』と言った瞬間、もう逃げられないと思って……部屋にあった花瓶で……」

「わかった。もういい。思った通りだ。だが、安心していい。その男とつるんでいたヤクザは俺が始末した。この番組が観られてても、君を襲うことは確実にない。なぜなら、君を襲った事を俺が知れば確実に全員殺されるからだ」

人の意識を消すという事は想像している以上に恐ろしい。

たとえば、自分が普通に飲んでいる飲み物。特別に意識しなければコーヒーだろうが、水だろうが、喉が渇けば飲む。当たり前のように。

同じ要領で、「目の前の飲み物が毒である」という認識を消してしまえば喉が渇いていたなら、それが色の着いている毒でも自ら口に運ぶだろう。

明らかに他殺なのに、自殺に見せかける事ができ、その犯行声明通りに実行できる日下部は闇の世界で誰よりも恐れられている。

彼を敵に回す事は自殺と同意であると思っている者もいる。そんな相手が番組内でわざわざ宣告しているのだ。

立花にとってことほど安心できることはない。

「……ありがとうございます、と言ったほうがいいんですよね」

自分を守るためなら人も殺すと言ってくれた日下部に哀しみの笑みを浮かべて答えた。

じゃらーーん!

銅鑼が鳴り、再び司会者がモニターの前に姿を現わす。

『30分たちましたー!さてさて?視聴者の皆様は五十嵐君にどのような刑を望んでいるのかな~?』

モニターに次々と投票数と投票された刑のパラメーターが円グラフの中を駆け巡る。

『全体の数値がでました!まず、最下位票からお伝えしましょう!今回は難しい判決だったようです。票が平均的にちらばめられております。まず、最下位が無罪!それでもなんと全体の15%もあります』

「やばっ……これは、番組側は……五十嵐を殺しにかかってるかも……」

「えっ!?」

部屋の中の動揺が聞こえていないのか、司会者はさらに投票の解析結果を語り続ける。

『禁固10年が16%、20年も16%、無期懲役が18%……そしてっ!』

司会者が右手をぐっと握り、ガッツポーズをしながら叫ぶ。

『堂々の第一位は19%の死刑!』

がやがやがやっ!

部屋中にざわめく音が鳴り響く。

「陰謀だ!これはありえない!」

日下部の叫びに、立花も驚きの声をあげる。

「そうよ!横領で死刑なんてありえないわ!」

『……なお、無投票、無効票が16%ありました結果です。全体の票が一点に集中しなかったため、残念ながら五十嵐君の刑は死刑となってしまいました』

ハンカチで目をあてながら、嘘泣きをする司会者。

「ふざけるな!殺すぞ!」

この部屋に来て初めて動揺し、叫び続ける日下部を司会者は無視して、番組を進める。

もしかしたら部屋の状況は一切向こうに伝わっていないのかもしれない。

『ん~~!』

死刑判決が聞こえたのか、五十嵐がさるぐつわの下で騒ぎ出す。

『では、死刑執行は私がさせていただきます』

ハンカチをスーツの中に仕舞い、代わりに一丁の拳銃を取り出した。

「あ……」

立花と田口の息を飲む声が聞こえた。

『五十嵐君、さようなら。安らかに眠りたまえ。アーメン』


パァンッッ


乾いた音と共に、五十嵐の額は撃ちぬかれ、血しぶきが飛び散る。

「きゃああああああああああああ!」

それを見た立花が顔を覆い、泣き崩れた。

田口は放心状態になって、その場にへたへたと座り込んでしまった。

「……っ、くっ……ふふ、ふはははっ」

一人、日下部だけは歯の置くから笑い声をあげ、モニターを見ていた。

「いいさ。わかった。この番組、全員……殺してやるよ」

見る者を恐怖させる程の笑みを浮かべながら日下部はそう宣言した。


そのショッキングな映像が流れた瞬間、視聴者達も千差万別、様々な反応をした。

喜び打ち震える者、予想以上の残酷なシーンに呆然とする者、本当に殺していないと思っている者、警察に連絡するか悩む者……

それでも、多くの視聴者は、番組を途中で見るのを止めるという選択肢を選んだ者は少なかった。

多かれ少なかれ、自分には絶対できない映像を観れたという事に感動していた。

しかし、少数ではあれど、立花が泣くシーンに人の命を奪うことに対して虚無感や罪悪感を感じる者、日下部の表情に脅えてネットを閉じた者もいたのも事実だ。


「本当に……殺しやがった……」

田口が放心状態のままつぶやく。

「俺、俺も……死ぬ……のか……」

がっくりと肩を落とし、じっと床を見つめている。

「お前は殺されないだろうさ。少なくとも視聴者には」

「なぜそれがわかる!お前に何がわかる!」

数分前は日下部は恐怖の対象だったのに、さらなる恐怖を見て麻痺してしまったのか、日下部に食ってかかる。

「俺が殺すから、って言ったらどうする?」

「……っ!」

「嘘だよ。視聴者にロリマニアが多そうだから、もしかしたら助けてもらえるかもってだけだ。まあ、番組側が数字いじってるだろうからわからんがな」

一瞬、脅えたように身を震わせた田口だったが、とりあえず身の危険はないと思ったのか、安堵の表情を浮かべた。

しかし、立花は人を殺している。視聴者の判決で言えばほぼ確実に死刑が執行される。

彼女は顔面蒼白で、かすかに震えている。

「立花……さん、あんたも死刑だと思っているだろうが、大丈夫。助けが来るよ」

慰めのつもりだと思っているのか、ゆっくりと目だけ動かし、日下部を見る。

「奴らは本当はもっと番組を遅らせたかったはずだ。そうじゃないと48時間も持たないからな。だが、進行が早まった理由は何かトラブルがあったからと考えるのが妥当だ。で、そのトラブルについて、ひとつ俺に心当たりがあってね。ある二人組みが俺を助けに来てくれるはずなんだ」

「……場所も、監禁されたこともわからないのに?」

「ああ、多分、俺の予想ではもうこの建物内にいるはずだよ」

それだけ告げると、日下部は床にごろんと横になり、怒りを静めるために目を閉じた。


                  ☆☆☆


絵里奈と燐は人の気配を探しながら歩いていると、複数の気配を感じた。

それと同時に、今居る階では壁になっているが、あきらかに上の階では人がいる気配のする無駄に広いスペースがある事に気づいた。

「もしかして……そこにいそうね。行くわよ」

絵里奈が刀を腰にさして、走り出した。

「りょーかいっ」

燐もそれに続く。

上の階に着くと、下の階にはなかったパスワード式の頑丈な扉があった。

「ビンゴぉ!」

「さーて、じゃあコレの出番ね」

先程、燐が一撃で倒した警備兵の持っていたトランシーバーを取り出す。

<ザッ……、オーバー、オーバー……>

声を低くして、弱弱しい口調で絵里奈がトランシーバーで呼び出す。

<……どうした?……どうぞ。ブッ、>

<ブッ……す、すまん……侵入者だ。強えぇ、両腕を折られた……頼む、助けてくれ……なんとか扉の前に着いたが……パスワードを入れられない……ザッ>

姉の迫真の演技に燐が隣でにやにやしている。どうやらうまくいきそうだ。

<侵入者だと!?どんな奴だ!、ブッ……>

<二人組の妙な奴らだ……それより、頼む!開けく…れ!…ザッ>

<……お、おう。わかった……待ってろ>

声が扉の向こうで聞こえた。

ガチャ、

「大丈夫……なんだ。お前ら!」

「はーい。侵入者でーす」

「くそっ!」

兵士は身構え、拳銃を抜こうとする。

「やぁっ!」

だが、それよりも早く絵里奈の鉄刀が兵士の喉を突く。

「……ヶっ」

「手加減してあげたわよ」

喉は本来急所のひとつである。下手をすると息ができなくなり死んでしまうのだが、気絶する程度で抑えたようだ。

「どうした!あ……なんだお前ら!」

「同じ事言わないでよ……。貴方達こそ、どういうつもりで人をさらったりするの!」

「犯罪者だからだ!我々は警察と同じっ、うわああ!……ぐべっ!」

話の途中だったが、燐が倒れた兵士を持ち上げ、自己満足の世界へ入りかけていた兵士に投げつけたのだ。

「犯罪者にもその人の生活や、周りを取り囲む人達の幸せってもんがあるんだからねーっ!」

燐の怒りの一撃に、さしもの銃をもつ兵士達に脅えの表情が浮かんだ。

勝負は何事も場の雰囲気に飲まれた方が負けるのが勝負の鉄則である。

ただでさえ、彼女達を止める事は難しいのに、畏怖してしまった残りの兵士達は一発の銃弾を撃つ事なく叩きのめされてしまった。

通路の先にスライド式の扉がある部屋があった。

今回はパスワードではなく、カード式のドアだったので倒れている隊長らしき兵士から奪ったカードを使ってみる。

ガー

自動でドアが開いた。

中には3人の男女が座っていた。

「おー、来てくれたか」

日下部が外から入ってきた二人の女性、絵里奈と燐に向かって立ち上がり、笑顔で手をふる。

「だ、ダーリン~ッ~♪」

燐が喜びの声をあげて抱きつこうと走り出す。

だが、それよりも早く、

「ふざけないでー!」

絵里奈のドロップキックが日下部の腹に炸裂した。

「ぐへーっ」

つぶされた蛙が出すような声と共に、壁まで吹っ飛ぶ。

「お、お姉ちゃん……?」

燐は姉の突然の行動に、どうしたらいいかとうろたえる。

「あんた一人のおかげで今日一日どころか、明日の予定まで全部おじゃんよ!どうしてくれるのっ!むざむざ捕まってるんじゃないわよ!しかも、わざと!」

「ご、ごめんなさい……」

いままで悪魔のごとき存在感を発していた男が面目なさそうに謝る。

『な、なななな、なんだ!お前達は!』

彼女らの情報など一切行っていないのだろう。司会者は突然の来訪者に目を白黒させてうろたえる。

「悪いけど、彼は連れて帰らせてもらうわよ!後は好きになさい!」

絵里奈が全然悪そうに見えない態度で司会者に宣言する。

「それなんだけどさ。まだ少しやることあるんだよね。手伝ってくれよ」

「なんですって?」

「頼むよ」

「わ、わかったわよ。所長には逆らえないわね」

日下部に真剣な顔で頼まれ、絵里奈は顔を背けながら答える。

「もう知っていると思うが、この番組は犯罪者を集めて奴らが独断で処刑をしている。俺は止めさせたい。それから、彼女を連れて行きたい。無罪とは言えないが、こんなとこでもてあそばれるほどの悪人ではない」

「えっ、番組を壊すのはともかく、その子まで……はいはい。了解しました。はぁ、立てる?」

じっと見つめられると弱いのか、絵里奈が降参したように立花に肩を貸す。

「ありがとうございます……。彼の言っていた彼女って貴女のことだったんですね」

立花に耳元でそっと言われ、絵里奈は驚いたように彼女の顔を見る。

だが、それも一瞬で、すぐに哀しそうな笑みを浮かべた。そして、燐の方を見て言った。

「……違うわよ。アイツが付き合ってるのは妹よ」

「でも、彼の事が好きなんですね」

「さあね」

女性にしかわからない、そんな感情を込めて小さい声で笑った。

「おい!俺、俺はどうなる!?連れて行ってくれよ!」

「あ、忘れてた。おい、燐、ちょっと……」

「なになに~?」

燐が可愛らしく、とてとてと日下部に近づき、耳を貸す。

「うん。わかった」

そう言ってうなずくと、燐は田口のもとに歩み寄る。

「手を貸して」

「お、お嬢ちゃんが連れて行ってくれるのかい?」

田口の性癖を知っている日下部が、気を利かせてこんな愛らしい美少女に手を貸してくれるように言ったのだろうと勘違いした田口はまるで疑わずに、燐に両手を差し出した。

「えいっ♪」

「ありが……んぎゃあああああああああああ」

肩を貸すと思いきや、燐は田口の両手を掴んで強く握った。

怪力の燐に全力で握られた指は、全部折れてしまった。

「な、に……をおおっ……」

なにをすると言おうとしたのだろうが、痛みで言葉になっていなかった。

痛みを少しでも和らげようと、腕を胸元に置き、肩で息をする。

「お前はここで待ってろ」

日下部が代わりに答える。

「ど、どういう事だ……」

気絶しそうな痛みに耐えながら、田口は涙目になって問う。

「お前はその罪を償わなくてはいけない。刑務所に行ってもすぐ釈放されるのがオチだからな」

「だからといって殺される程ではないだろう!頼むよ!もうしないから助けてくれ!」

「……両足も折られたいか?」

びくうっ、

日下部の言葉の意味が瞬時に理解できたのか、田口は即座に口を閉じて、一歩後ろに下がる。

「何度も言ったが、死刑になるとも限らん。諦めろ」

それだけ言うと日下部は出口に向かって歩き出した。それを合図に、田口は床に膝をついて静かに泣き出す。

「じゃあね」

少しだけ悲しそうに、燐がそう言って日下部に着いて行く。

全員が部屋から堂々と脱走する光景を、司会者はただ呆然と見ていた。プロデューサーとアシスタントのヤスも同様だ。

「な、ななな、なんじゃこりゃーっ!どうするんすか!」

「…………っ!」

ヤスの声で放心状態から開放されたプロデューサーは、あわてて引き出しから拳銃を持ち、部屋まで走りだした。

「ちょっとー!プロデューサーっ!?」

一人残されたヤスの声が部屋中にいつまでも響いていた。


「……なんで……お、俺だけ……」

田口が部屋に一人で、正座をしながら指の痛みと孤独、それからすぐやってくる処刑の宣言に脅えながらさめざめと泣いている。

だが、モニターこそ消されて司会者の姿は見えなかったが、裏では完全に司会者も次どうしようかあわてふためいていた。

「たぁーぐーちぃぃぃぃぃっ!」

外から声が聞こえ、扉の方を見る。

そこにはプロデューサーが立っていた。

「……誰?」

「お、お、俺はこの番組を企画したもんだよ!お前が残されたのはゆ、唯一の救いだった!」

よほど急いできたのだろうぜいぜいと荒い呼吸を繰り返す。

「俺は!俺の娘は!殺された!まだ6つだった!」

拳銃を構え、ゆっくり、ゆっくりと田口に近づく。

「…………」

「そう!お前に殺されたんだ!お前を探すために俺はこの番組を企画したといってもいい!こんなに早くお前を見つけられると思ってなかったがな!」

「俺は、殺してなんかいない……」

「嘘つけ!番組では放送しなかったが、調べがついてんだ!海に落ちて死んだように見せかけようとしやがって!娘はボロ雑巾のように身体になって帰ってきたんだぞ!」

拳銃を額につけられ、田口はがたがたと身体と、歯を震わせる。

『う、うああああああ』

部屋に内臓されてあるスピーカーから、司会者の断末魔が聞こえてきた。

田口はさらにびくっと身体を震わせる。

冷や汗で背中までぐっちょり濡れているのがわかる。

「……もう番組も、俺の人生も終わりだ。でも、最後の最後でお前に復讐できてよかったよ」

「あ……、ゆ、るし……」

「安心しろ、もう指の痛みに泣く事はない」

そう言って、指に力を込める。


パンッ、


五十嵐と同じように、額を撃ちぬかれ、田口の身体は床に倒れた。

「……終わった」

ため息をついて、達成感と悲壮感が混ざった表情を浮かべた。

そして、持っていた拳銃を自分のこめかみに当てて、

引き金を引いた。

その音を聞いた者は誰もいなかった。


後日、日下部が編集室で手に入れたDVDをマスコミに流し、『人権侵害』の路線からTV局に犯罪者の情報公開を控えさせるように世論が動き出した。

直接繋がりのある政治家にも圧力をかけて廃案の方向で動いてもらうつもりだ。

5人を捕まえて放送していたTV局は局長の穏便にという依頼だったので、どうにか倒産は免れた。

立花はというと、罪は罪と言って自分から警察に出頭していった。国選弁護士の話ではそこまで重い罪にはならないようだ。

タニアだけはあの事件の後すぐ、番組が梱包した状態で生物として国際宅急便で海外に輸送されてしまったようで、日下部たちにはどうにもできなかった。

事情が事情だし、誰かに話をしても信じてもらえないので、すぐに日本戻ってくるのは難しいだろう。

死んだ五十嵐と田口を除いた3人は、それぞれの人生を歩みだした。

あの強烈な番組を観ていた視聴者も、人の命について何か学んだかもしれない。

だが、好奇心半分で入り込んでいい世界ではない。

人ひとり裁くということは人生まるごと左右するといってもいい。

番組だからといって仮想空間のプレイヤーを消すように、匿名で人を処刑していいはずがない。

「今回は災難だったね~」

事務所に遊びに来た木下が笑顔で日下部、美崎姉妹に言った。

今日は燐の入れたコーヒーだから、味わって飲んでいる。

「そうだなー。ところでさ、お前、俺があの事件で捕まった罪状覚えてる?」

「殺人でしょ?」

「そうそう。ヤーさん殺した時にバレたみたいなんだ。それで、面白い事に他の人の話聞くと、同じようにヤクザ絡みなんだわー。それと癒着してた政治家も一緒に」

「へー」

なにくわぬ顔でコーヒーを一口すする。

「それで、麻薬の密輸と、ダムの工事費横領、それから芸能オーディションについてお前、なんか心当たりない~?」

何、しらばくれてんだという顔で、日下部は木下をじっと見つめて笑顔で問いかける。

「さ、さぁ~……」

「TV局に情報売ったのお前だろ」

「申し訳ありませんー!」

コーヒーを机に置いて、木下が頭を下げる。

「まったく、直接俺を売ったとは思ってないけど……情報の取り扱いには気をつけろよ」

「いやあ、僕もまさか君にたどり着くと思ってなかったし、まさか芋づる式に捕まると思わなくて、てか、むしろ、なんで君が捕まったのか疑問なんだけど」

「本当、なんで?」

いつのまにか、後ろから絵里奈と燐が日下部の顔を覗き込んでいた。

「え、」

今度は日下部の顔色が変わった。

「まさか、暇つぶし、とかなんとなくじゃないよね?」

「あ、わかった。『どんな理由で追いかけてきたのか知りたかった』という好奇心!どう?」

燐が得意げに回答する。

「……えっと、正解!」

居心地悪くなったのか、日下部は立ち上がって、じりじりと後ろにさがりながら、燐を指差して叫ぶ。

「わ~い……って、あっ!」

文句を言われる事を予想した日下部は、脱兎のごとき勢いで、事務所を逃げ出した。

「こらー。どこにいくのよ~!」


日下部事務所は今日も平和だ。

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