プロローグ
ジャンプの小説賞に投稿して落選した作品です。
本当は短編にだすつもりがどうしてもきれず、むりやり長編にした作品です。
なので、いろいろと不具合があるかもしれませんが、少しでも面白いと思ってもらえるように仕上げたつもりです。
2020年、日本では犯罪者が増えた。警察より鼻が聞き、足の早いTV局やマスメディアに一定の責任を条件に、犯罪者(容疑者)を逮捕してもよいという権利を与えた。
そのタイミングはまさに瞬間的で、事前に前もって政治力の強い議員が利益のためにやったのではないかという早さだった。
この権利はインターネット番組や地方TVにはあまり好まれなかったが、全国放送のオーナーはとびついた。
権利を得た大手番組は急遽、「犯人を追う」をテーマにした新企画を続々と出した。
犯罪者とのリアルな激しい争いが視聴者にうけたのだろう。
視聴率はみるみるあがっていった。
しかしそうなると、当然、他のテレビ局も真似をする。
より差別化をはかろうとしたディレクターはさらに過激な番組を考えた。
新企画書 : 『犯人を裁くのは貴方だ!実況中継48時!』※有料版
「つまりこういう内容です」
少し薄暗い、秘密の会議室で重役5人の前でディレクターが資料を手に持ちながら、語り始めた。
「番組が徹底的に調査、取材した容疑者数名をひとつの部屋に閉じ込め、ゆっくりとその模様を生放送で実況中継するのです。犯罪者たちの個人情報から、どんな罪を犯したのかを流し、視聴者による有罪判決が出たら、番組スタッフが視聴者の代わりに刑を執行するという企画です。番組時間はタイトルにありますように、48時間」
「そんなもの通常の番組ではとても無理だな、もしかしてインターネットの番組か?」
資料を見つめながら、メガネを直す中年の男性が口を開いた。
「その通り。従来の放送では企業広告をCMして、その宣伝料で番組を製作してきました。ですが、この番組はお茶の間で家族と一緒に観る事はとてもできない、観たくても意識して観る事は恥のようなものを感じて、あえて観ないでしょう。ゆえに個室でゆっくりと自分のPCで観てもらうのに適しているインターネットで放送したいと思います。こちらの方が口コミの速さも世界中に一瞬ですし。視聴者もワンクリックで入金できます。有料版でも確実に固定客がつく事が予想され、回数をこなすごとに利益は倍増していくと考えられます」
「だがな……」
利益増大の言葉に心揺れた右端に座っている男性がしきりに髭を触りながら口を挟む。
「犯人にもプライバシーがある。それに、逮捕する権利はあっても、容疑者を犯人と断定し、裁く権利は当局にはない……」
利益は追求したいが、同時に人としての良心とも葛藤しているのか、それとも権利を多いに超えた行為に対する処罰に脅えているのか。
おそらく両方だろう。
髭の男性はディレクターと資料を互いに見比べている。
「問題は確かにあります。いま言われた不安、それから……犯人たちの動向です。打ち合わせもリハーサルもない他人同士の生放送。どんな予期せぬエラーがあるかわかりません」
そこでディレクターは深呼吸をする。
「しかし、視聴者はそのリアルさに興奮するのです。フォローはスタッフの中でも特に腕がよくて、企画に賛成の者でします。この企画のテーマは『秘密』です。我々の提供する情報を観て、神秘のベールを自分の手で開けているかのような錯覚に興奮し、自分の手で犯罪者の命運を握るとなれば、あたかも自分が悪人を裁いているように考えるはずです。推理小説を読むかのように、手ごろな娯楽の延長線上のように、人事と考えて観るでしょう。自分の手で犯人を裁くとしても……自分の手を汚さぬ、善意に酔うのです。「自分が悪を滅ぼした」と、ね。大衆は残酷で、安易な刺激を求めています。いまのように毎日、誰かが殺されていても平和はタダと思っている日本人には特に……」
それから、ディレクターは一呼吸置いて、じっと重役たちを見つめながら続ける。
「ゆえに、視聴者たちもネット内では匿名で番組の情報を流したり、宣伝はするでしょう。しかし、番組をつぶしたい者はいないはずです。これが悪いことだ、と考える前に、続きを観たいという興味と好奇心の方が勝るからです。ネット警察が番組を突き止める事についての心配ですが、こちらは複数の国のサーバーを使って見つかったと思った瞬間、次の回線に繋いで爆破させます。こうすればバレる不安はありません。それから、我々は容疑者を逮捕する権利と、警察に引き渡す前になんらかの事情があって渡せない可能性も考慮し、72時間容疑者を拘束する権利もあります。刑を執行するのは問題あっても、拘束してその模様を録画すること自体に重い罪はありません」
「……うむ」
それでも全員の不安が払拭されることはなかった。
しかし、過去の犯罪者を逮捕する番組がヒットしている事と、それによる予想利益を見せられてしまうと、却下するには惜しい企画だと重役5人は考えた。
だから、まず実験をすることにした。
最初に選ばれたのは、若者たちに海外からのドラッグを手配している売春婦、宮田美千代と、その恋人のビザ無し外国人のタイニー。
この二人は、最初こそは協力して抜け出そうと言っていたが、少しずつ番組側からお互いの秘密が暴露されていくごとに仲たがいをし、罵り合う二人に視聴者は飽きてしまったのか、48時間どころか12時間もたたないうちに二人の罪に対する判決が決定してしまった。
どちらも死刑どころか、5年程で釈放されるような小者だったので、室長の意見は辛口だった。
「最初のデータとはいえ、これでは次回も期待できんぞ。予想の半分だ」
ばんっ、と報告書を机に放り投げて、室長は叱った。
「次はもっと複雑な……そうだな、中にひとりふたり死刑になりそうな凶悪犯を入れろ。死刑執行の映像を見せれば視聴者も大興奮するだろう」
笑いながら、白い封筒から次の容疑者リストをつくるために顔写真を取り出して、見比べて言う。
口ではきついことを言っていても、室長も番組を自分で観てみたら思いのほか興奮したようだ。
そういう意味では最初の実験は成功と言える。
「そうだな。五人もいれば48時間くらいどうにかなるだろう。次は有料会員100万を越えるようにしろ。この五人でいい、さっそく番組の流れをくんでそれぞれ捕獲してカメラの前に閉じ込めろ」
「……わかりました」
ディレクターはゆっくり椅子から立ち上がり、写真を受け取りながらうなずいた。
「24時間単位で収入が変わってくるんだ。いかに馬鹿な視聴者を喜ばせるか、それを考えろ。せいぜい犯罪者をいたぶり、他人の不幸という蜜の味を味わせてやれ」
喉を震わせ、笑いながら言った。
室長は金になると思うと、行動がはやい。
24時間視聴権で3万円。
それが次の放送を観る価格だった。
前回の有罪判決の後、次回放送の予告をしたら、予約が殺到した。
3万円という大金なのに。
どれだけ大衆が刺激に飢えているのか。ディレクターは逆に、視聴者達の予想以上の反応に少し萎えていた。
他人の人権やプライバシーなど、紙幣より軽いというわけだ。
「不景気の正体などこんなもんだ。皆が金を使わないから流通が減り、循環が悪くなる。しかし、皆が皆、金がないから使えないのではない。金があっても使わない小金持ちが多くなったのが問題だ。刺激を与え、金を使わせ、我々、強いては日本全体も潤う。いいアイディアじゃないか。これがうまくいったらボーナスは楽しみにしてていいぞ」
「……ありがとうございます」
ディレクターは頭をさげて礼を言うが、始める前に達成してしまった虚無感で、その笑顔は半減している。それでも、ここまできてやめるわけにもいかない。
「おい、こいつらだ。この写真の五人を集めろ」
容疑者を逮捕するために雇われた屈強の男達を手招きして、写真を渡す。
「わかりましたっ」
体育会系の男達は、足並みをそろえ、敬礼をして部屋を出て行った。
「お前もいけ、次の放送楽しみにしているぞ」
「はい」
こうして、翌週、第二回目の『犯人を裁くのは貴方だ!実況中継48時!』が始まった。
いかがだったでしょうか?
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