1.9 姉さん、ピンチです!
monogatary.com 2026年1月9日のお題『緊急事態』について投稿したものです。
タクヤ33歳。大阪住みが10年を超えるのにいまだに大阪弁をしゃべれない。ひとり暮らしだが、独身主義者というわけではない。
「タクヤ先輩! 今日、飲み会あるんすけど、代打お願いできませんか?」
午後の休憩中、喫煙所で二つ下の後輩、若杉に捕まった。
「急に一人来れなくなって。いわゆる『スリースリー』の合コンなんすけど、相手も三十前後を揃えるって言ってたんで。
先輩、興味ないっすか?」
明日は土曜で休みだし。予定も真っ白だ。
「いいぞ。ちょうど暇してたんだ」
「マジっすか! 助かります! じゃ会社終わったら通用門のところで合流して行きましょう。もう一人は経理の佐藤ですけど知ってます?」
長身でメガネのあいつか。おとなしそうに見えるけどプライベートで会うのは初めてだ。
若杉と同期だったかな。
「ああ知ってる。背の高いやつだろ」
「そうっす。ホント急に頼んで申し訳ないっす。あざーっす!」
コミュ力MAXの若杉は、嵐のように去っていった。
梅田の半個室居酒屋。
ノリのいい若杉と、意外と明るい経理の佐藤とで、三人とも三十歳だという女性グループと対面した。
その中にいた、少しおとなしめのミサキという女性と、俺は一番長く話すことになった。
「タクヤさんって、大分出身なんですか?」
俺の変な訛りから漏れた情報に、ミサキが食いついてきた。
「……そうだけど」
「せやったら、あのドラマ観ました? 『じゃあ、あんたが作ってみろよ』」
出た。今、もっとも旬な「大分県人ハラスメント」だ。
何を指摘されるのかと、少し身を硬くした。
「……見たことあるよ」
「タクヤさんは、あんなヘタレな感じとちゃいますよね?」
「……どうかな。筑前煮も作れんし」
「うふふ。筑前煮なんて、ウチらも作れへんよ」
彼女の屈託のない笑い声に、あのドラマで感じていた胸のつかえが少しだけ軽くなった気がした。
二次会のカラオケで盛り上がり、気づけば部屋には俺とミサキの二人だけになっていた。
若杉たちは、空気を読んでか、あるいは自分の獲物を仕留めてか、先に消えたらしい。
二人で三曲ほどデュエットし、深夜の梅田に出る。
「……もう一軒、行く?」
三次会となるショットバーでカクテルを二杯ずつ。
ミサキが、俺の肩にそっとしなだれかかってきた。
「タクヤさんちに行きたいな」
緊急事態、発生!
脳内アラートが鳴り響く。
三十三歳の男として、ここで頷かない選択肢はない。だが。
部屋の惨状が、頭をよぎる。
テーブルには空き缶の山。シンクには鍋や食器が放置され、ゴミ袋からは「ざびえる」の空き箱が顔を出しているはずだ。
若杉め……。前日にわかっていれば、掃除くらいはしていたのに。
姉さん、ピンチです! ……いや、俺に姉さんはいないけれど。
結局、翌日に映画を観る約束だけを取り付けて、ミサキを改札まで見送った。
まぁ自覚しているよ。究極のヘタレだってね。




