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『お題のmonogatary』―どこに向かうか誰もわからないー ストーリーは『今後のお題』しだい  作者: もとき未明


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3.21 はるのとなり

monogatary.com 2026年3月21日のお題『会えないけれど、心にのこる人』について投稿したものです。



 タクヤ、三十三歳。

 大阪歴十年。いまだ大阪弁は練習中。

 独身やけど、独り暮らしはそろそろ終わりかもしれん。


 夕方の風は、もう冷たくなかった。


 日が落ちきる前の、やわらかい時間。

 街路樹の葉がかすかに揺れて、どこか遠くで子どもの声がする。

「……なんか、今日ちょうどええ気温やな」

 ミサキが空を見上げながら言った。

「分かる。暑くも寒くもないやつ」

「一年で一番好きかも、この感じ」

「期間短いけどな」

「すぐ終わるやつな」

 二人で少しだけ笑う。


 歩幅は自然と揃っていた。

 特に急ぐ理由もなく、なんとなく並んで歩いているだけの帰り道。


「……なあ」

 ミサキが、前を向いたまま言う。

「ん?」

「大分のミホさんって、どんな人なん?」

 タクヤは、一瞬だけ足を止めそうになって、それをやめた。

「急やな」

「いや、なんとなく。前ちょろっと名前出てたやん」

「出してたっけ」

「出してた出してた。忘れてるだけやろ」

 少しだけ考えてから、タクヤは肩をすくめる。

「普通やで」

「一番困るやつ来たな」

「いやほんまに。普通に喋って、普通に笑う人」

「それはみんなそうやろ」

「せやな」

 また少しだけ笑う。


 風が吹いて、ミサキの髪がふわっと揺れた。

「で、なんで別れたん?」

「急に踏み込むやん」

「流れやん」

「雑やなほんま」

 タクヤは少しだけ笑って、それから前を見たまま答える。

「なんやろな」

「お、来た。男の“なんやろな”。だいたい分かってるくせに言わへんやつやろ」

「いや、ほんまに分からんねんて」

 少しだけ、声のトーンが落ちる。

「気づいたら、離れてた感じ」

「ふーん」


 ミサキはそれ以上突っ込まない。

 ただ、隣を歩く速度を少しだけ落とした。

「連絡とか、せえへんの?」

 ミサキがふと尋ねる。

「せえへんよ。もう、それぞれの春やろ」

「冷たいなあ。一言くらい『今、こんな変な宇宙人と住んでるで』って報告したげたらええのに」

「そんなん、彼女の平穏な日常を壊すだけやろ」

 タクヤは少し考えて、首を振る。


「まあ、もうええやろって感じ」

「ふーん」

 同じ返事を、少しだけ違うトーンで返す。

 風が、またやわらかく吹いた。

「……じゃあさ」

「ん?」

「今でも会いたいとか、思うん?」

 その問いは、さっきまでより少しだけ静かだった。

 すぐには答えなかった。


 歩きながら、少しだけ空を見た。

 夕焼けが、ゆっくり色を変えている。


「……会いたい、とは思わんな」

「へえ」

「別に嫌いになったわけちゃうけど」

「うん」

「会わんでええ人やな」


「……そっか」

 ミサキは小さく頷く。

「ええ関係やったんやな」

「どうやろな」

「そういう言い方するやつは、大体そうやで」

「適当やなあ」

「経験や」

 また、少しだけ笑う。


 その笑いは、さっきよりも落ち着いていた。

「……なあ」

 ミサキがもう一度だけ声をかける。

「ん?」

「ええな、それ」

「なにが」

「会わんでええ人ってやつ」

 少しだけ視線を上げて、空を見る。


「ちゃんと残ってる感じするやん」

「……まあな」

「ウチ、まだそういうのおらんかも」

「これからやろ」

「どうやろな」

 ミサキは肩をすくめて、小さく笑う。

「そのときは、ちゃんと覚えとくわ」

「なにを」

「会わんでもええ距離のやつ」

「それ、ちょっと寂しくない?」

「ちょっとな」

 即答だった。


 でも、そのあとに続く言葉は軽かった。

「でもまあ、残るならええやん」

「まあな」

 二人の歩幅は、また自然に揃っていた。


 風が、少しだけ強く吹く。

 けれどそれは、もう嵐ではなかった。


「……帰るか」

「せやな」


 どちらからともなく、足を進める。

 特別な話は、もう出てこない。

 さっきまでの会話も、風に溶けるみたいに静かに残るだけだった。


 それでも、隣にいる距離は変わらない。


 そよ風に吹かれて、おうちに帰ろう。


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