3.19 ラベル貼らんでええやろ
monogatary.com 2026年3月19日のお題『BFF』について投稿したものです。
「でさぁ、ウチ思うねんけど――“BFF”って、めっちゃ良くない?」
ミサキがグラスを軽く掲げながら言うと、テーブルの上に小さな笑いが広がった。
「急にどないしたん」
ユイナがストローをくわえたまま、面白そうに首をかしげる。
「いや、さっきSNS見てたら流れてきてん。“Best Friends Forever”やで? なんか、ええやん」
「Foreverて。重いわ」
ナミが即座に切り捨てる。
「えー、なんでなん。ロマンやん」
「どこが。勝手に“永遠”とか言われても困るわ」
グラスの氷をカランと鳴らしながら、ナミは淡々と返す。
「そもそも、そういうのってわざわざ口に出して言うもんちゃうやろ」
「え、でも分かりやすくてよくない? この人は“特別な友達です”って、周りにも自分らにも宣言する感じ」
「ラベル貼る意味、ある?」
「あるやろ。なんかこう、ちゃんと大事にしてる感出るし」
「出すもんちゃうやろ、そういうのは」
ぴしゃり、と言い切る。
ミサキは一瞬だけ言葉に詰まって、それからむくれたように頬を膨らませた。
「なんなんその徹底した否定。別にええやん、言葉の響きを楽しんでるだけやのに」
「否定はしてへん。ただ、私らにはいらんやろって話」
「いらんかなぁ……」
ミサキのトーンが少しだけ落ちる。
その変化を見て、ユイナがにやっと笑った。
「ミサキ、もしかして、ただ言いたかっただけちゃうん」
「なにを」
「“ウチらBFFやんな?”って。確認したかったんやろ」
「はぁ!? 言うてへんし!」
「顔に『承認欲求』って書いてあるで」
「書いてへん!」
慌てて否定するミサキを見て、ユイナはくすくすと肩を揺らす。
「ほな、ナミに聞くけどさ」
ユイナがストローで氷をくるくると回しながら、核心を突く。
「ナミ的に、“一番仲いい友達”って、誰なん?」
「は?」
ナミが露骨に眉をひそめる。
「なんでそんな順位つけなあかんの」
「いや、あくまでBFF的なニュアンスで」
「いらん言うてるやろ」
即答だった。
「そういうの決めた瞬間、なんか違うもんになる気がする」
「違うもん?」
「……」
一瞬だけ、言葉を探す間がある。
ナミはグラスを持ち上げて、少しだけ飲んだ。
「なんていうか……軽なるやん。名前つけた瞬間に」
「軽く?」
「うん。ほんまはもっと、ぐちゃっとしてて、整理できひんもんやろ。人間関係なんて」
ぽつりと落ちた言葉の重みに、二人が少しだけ黙り込む。
「そのときの距離とか、タイミングとかで変わるし。ずっと同じ温度で“親友です”とか、逆に嘘くさいわ」
「……あー」
ユイナが納得したように頷く。
「たしかに。“今日は一人にしてくれ”って日もあれば、“死ぬほど喋りたい”って日もあるもんな」
「あるある。ウチ、毎日がすい星の衝突みたいなもんやし」
ミサキも自嘲気味に笑う。
「でも、それでも結果的に一緒におるやん」
ナミが続ける。
その視線はグラスの中の氷を見つめていた。
「それでええやろ」
あっさりとした突き放すような言い方。
けれど、その中身は言葉よりもずっと深い場所にあることを二人は察した。
「……なんかそれ、ずるない?」
ミサキがぽつりと言う。
「え?」
「めっちゃ大事にしてる感じするのに、“特別です”とは言わへんやん」
「言う必要、ないし」
「いやでも、たまにはそういう甘い言葉、欲しいときもあるやん」
「……」
ナミはわずかに視線を逸らし、耳たぶを少しだけ赤くした。
「……知らん。勝手に期待すな」
「絶対、今の意味分かってる顔やん」
「知らん言うてるやろ」
ぶっきらぼうに突き放す。
ユイナがまた笑いをこぼした。
「はいはい、ツン入りましたー」
「うるさい」
「でもさ」
ミサキがグラスを持ったまま、少しだけ前に乗り出す。
「ウチは好きやで、ナミのその感じ」
「どの感じ」
「名前つけへんやつ」
ナミのほうを見て、柔らかく笑う。
「なんか、逃げ場ないやんか」
「は?」
「“BFFやから大事にする”とかやなくて、“おるから一緒におる”みたいな」
「……」
ナミは何も言わない。
「そっちのほうが、なんか本気っぽい」
「それ褒めてんの?」
「たぶん」
「たぶんて」
ナミは小さく息を吐いて、グラスを置いた。
「……まあ」
少しだけ間を置く。
「……嫌いではないけどな。今の感じは」
「お、デレた」
「デレてへん」
「今のはデレやろ」
「ちゃうわ」
即座に否定しあういつもの応酬。
けれど、そのあとに続く言葉は少しだけ遅れた。
「……そういうの、わざわざ言わんでええやろってだけ」
「ほな今のも言わんでええやつやったんちゃう?」
「……うるさい」
ナミは軽く睨んで見せたが、その瞳に険しさはなかった。
ミサキはそれを見て、満足そうに微笑む。
「まあええわ」
「なにが」
「別に」
グラスを掲げる。
「ラベルなくても分かるしな」
ミサキは少しだけ目を細めた。
「……」
「ウチらのこと」
ナミは一瞬だけ言葉を失って、それからすぐに目を逸らした。
「……知らん」
「はいはい」
ユイナが笑いながらグラスを合わせる。
「ほな、とりあえず――」
「何に乾杯すんの」
「なんでもええやん」
軽い音が三つ、店内に響いた。
そのあとも、どうでもいい話で笑いが続く。
特別な言葉は、もう誰も口にしなかった。




