3.17 言わせんなよ、ほんま
シェアードユニバース短編シリーズの第76話
一話だけでもお楽しみいただけます♪
三人称神視点の回
若杉は、だいたい空気で生きている。
深く考えず、その場が笑えればそれでええ、みたいな。
そうやって、適当な軽口を建てにして生きてきた。
今日も、いつも通りの調子でナミに声をかけた。
「ナミさん、今日なんか機嫌ええっすね。もしかして、昨日より俺のこと好きになりました?」
「……は?」
低い。
奈落に落とされたときみたいな、嫌な既視感のある低さだった。
「いやいや、冗談っすやん。いつもより優しい顔してるなーって」
「そんなこと言わないでさ」
ぴしゃり、と拒絶が飛んできた。
若杉は一瞬、言葉の行き場を見失う。
ナミがこういう返しをするとき、大体はノリで返してるだけのはずだ。けど今のは、肌に突き刺さる質感が違った。
「……え、どゆことっすか」
「別に。軽く言うなってだけ」
「軽くって……いや、軽口はいつもじゃないですか」
「だからやろ」
間髪入れず返される言葉に、若杉は内心でブレーキを踏む。
けど同時に、いつもの悪い癖でアクセルも踏んでしまう。
「えー、でもナミさん、そういうの嫌いじゃないタイプでしょ? なんやかんや構われるの」
「……」
ナミは答えない。
ただ、少しだけ視線を逸らした。
「ほら、図星」
「ちゃうわ」
被せ気味に否定が飛んでくる。
「そういう決めつけ、ほんまやめて」
「決めつけって……」
「自分が楽なほうに解釈してるだけやん」
言い方はきついのに、声は少しだけ揺れていた。
若杉は、そこでやっと気づく。
――あ、これ冗談ちゃうやつや。
「……ごめん」
反射で出た言葉に、自分でもちょっと驚く。
普段の自分なら、ここでまだ笑いに逃げる。
「別に謝ってほしいわけちゃうし」
「でも、なんか……あれやろ。軽く扱われたみたいで嫌やった?」
「……」
ナミはまた黙る。
けど今度は、拒絶の沈黙ではなかった。
「……そういうとこやねん」
「え?」
「なんで一回で当ててくんの。腹立つ」
「いや、当てにいったわけじゃ……」
「そういうの、ちゃんと考えて言ってよ」
小さく息を吐く音が聞こえる。
「こっちは、ちょっとは考えて喋ってんのに」
その一言で、全部つながる。
若杉は、そこでようやく理解する。
――ああ、なるほど。自分はずっと、“適当でも成立する距離”に甘えてたんやな。
「……ナミさん」
「なに」
「俺、そんなにちゃんと喋れてないっすよ。基本、空回りっす」
「知ってる」
「ですよね」
思わず苦笑いがこぼれる。
「でも、あれですわ。ナミさんのこと、雑に扱ってええとは思ってないっす。むしろ逆というか……」
そこまで言って、言葉に詰まる。
――あかん、ここ大事なとこや。
若杉は後頭部をガシガシと掻いた。
「……ちゃんとしたこと、言わせんなよ」
「は?」
「俺、そういうキャラじゃないんで、めっちゃ恥ずいっす」
「知らんわ」
即答やった。
でも、さっきよりずっと声が柔らかい。
「……まあ」
ナミが小さく肩をすくめる。
「一回くらいなら、聞いたるけど」
「え、ハードル上げるやんそれ」
「自分で振ったんやろ」
くるっとこっちを見る。
真っ直ぐで、逃げ場のない目。
数秒の沈黙。
若杉は観念して、腹の底から言葉を絞り出した。
「……雑にしたくないっすよ。ナミさんのことは」
「……うん」
「だから、さっきのは普通にミスりました」
「うん」
「すんません」
「うん」
三回目の「うん」は、ちょっとだけ笑っていた。
「……しゃあないな」
「許してもらえました?」
「別に怒ってへんし」
「いや、さっきまでシベリアの寒波来てたっすよ」
「怒ってへん」
「いや絶対――」
「もうええって」
軽く遮られる。
でもそのまま、ナミは少しだけ視線を逸らして。
「……そんなこと言わないでさ」
今度は、さっきよりもずっと熱を帯びた静かさで言った。
「ちゃんと聞きたいときも、あるんやけど」
若杉は、ちょっとだけ笑う。
「……了解っす」
「軽い」
「いや、ちゃんとっすよ」
「ほんまかいな」
「ほんまほんま」
ナミは疑うようにこちらを見て、それから観念したように小さく息を吐いた。
「……まあええわ」
そう言って歩き出す背中は、いつも通りで。
でもたぶん、さっきまでより少しだけ距離が近い。
若杉はその後ろを、少しだけ慎重に追いかけた。
――ほんま、言わせんなよ。




