表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『お題のmonogatary』―どこに向かうか誰もわからないー ストーリーは『今後のお題』しだい  作者: もとき未明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/80

3.16 空振りホームラン

monogatary.com 2026年3月16日のお題『とどめのキック』について投稿したものです。



 若杉が最近、妙に調子に乗っている。

 理由は単純明快。

 一世一代の勝負に勝ち、彼女ができたからや。


「いやぁ、タクヤ先輩。恋愛って結局、タイミングと『押し』なんすよ」

 仕事終わりのいつもの立ち飲み屋。

 若杉はビールを片手に、悟りを開いたような顔で語っていた。

「へぇ」

 俺は枝豆を口に運びつつ、適当に相づちを打つ。

「要は覚悟っすね。俺、ついにその境地を掴んだんすよ」

 隣で飲んでいたミサキが、堪らず吹き出した。

「何その、三流の恋愛セミナーみたいな言い草。昨日までのヘタレはどこ行ったん?」

「ヘタレじゃないっすよ。充電期間です。人間、行くときは行かなあかんのです」

 若杉は真顔でジョッキを掲げる。

「ナミさんも結局、俺の強烈な押しに根負けしたってことっすよね。やっぱり女の人は、強引なくらいが……」

 ミサキがピタッと止まった。

「……おい」

 俺は小声で、若杉の脇腹を小突く。

「それ以上しゃべるな」

「え?」

 そのとき、店の暖簾が静かに揺れた。


「お疲れさまー」

 温度の低い、透き通った声。

 ナミさんや。

「おー、ナミ! 来た来た」

 ミサキが楽しそうに手を振る。

「今ちょうど、若杉先生による恋愛講座を聞いてたとこや」

「講座ちゃいますよ」

 若杉は調子に乗ったまま、得意げに笑った。

「ただの成功者の経験談です。ナミさんも、最初はあんなにクールやったのに、結局は俺の直球に落ちましたもんね」


 居酒屋の喧騒が、そこだけ真空になったように静まり返った。


 ナミさんは静かに席に座り、ハイボールを一口、ゆっくりと喉に流し込んだ。

「若杉くん」

「はい?」

「それ」

 ゆっくりグラスを置く。

「本気で言ってる?」

 若杉の背筋がピンと伸びた。

「冗談半分ですけど……まあ、事実かなぁなんて」

「へぇ」

 ナミさんは小さく頷いた。

 怒っているわけではない、観察しているのだ。

「なるほど。じゃあ、今のうちに訂正しとくわ」

 若杉が首をかしげる。

「訂正?」

「『押し』に負けたんじゃない」

 ナミさんは、若杉の目を見つめたまま微笑んだ。

「単なる、様子見」

「え?」

「若杉くんをこのまま放置したら、どこまで調子に乗るか」

 ミサキが机をたたいて爆笑し始めた。

 俺はそっと目を逸らし、額を押さえる。

 若杉だけが、石像のように固まっていた。


「で」

 ナミさんが淡々と続ける。

「今日、わかった」

「な、なにが……何がわかったんすか」

「もう少し様子見る必要あった、っていう反省。ちょっと早めに拾いすぎたみたい」

 若杉の顔から、急速に血の気が引いていく。

「え、ちょ、ナミさん! 拾うって……そんなゴミ捨て場みたいな言い方」

「大丈夫。まだ別れへんよ」

 若杉がホッとする。


 だが、次の瞬間。

 ナミさんは首を少しだけ傾け、この世でいちばん静かな死刑宣告を口にした。

「でも、次その口から『落とした』なんて言葉が出たら。――文字通り、奈落へ落としてあげるから」

 俺は笑いながら、若杉の背中を叩いた。

「若杉。今の、完璧なフィニッシュやな」

「……」

 ミサキが涙を拭きながら追い打ちをかける。

「若杉さん。空振りホームランどころか、バットへし折られてんで」


 ナミさんは涼しい顔で、氷をカランと鳴らした。



 若杉だけが、春の大阪で一人、シベリアの寒波に沈んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ