3.15 氷壁に響いた直球
monogatary.com 2026年3月15日のお題『有言実行物語』について投稿したものです。
若杉が「報告いいっすか」と言うときは、大抵ろくな話ではない。
仕事終わりの立ち飲み屋。
俺は一杯目のビールを喉に流し込みながら、目の前でやけに背筋を伸ばしている若杉を見て思った。
「……何の報告や。また既読スルー三日目とかか?」
「成功しました」
「何が」
若杉は誇らしげに、頼りない胸を張った。
「ホワイトデーっす。俺、やりきりましたよ」
ああ、と俺は思い出す。
新潟へ行く前、こいつは確かに宣言していた。
『俺、次は変化球なしのストレートで告白します』
ミサキとナミさんに散々いじられながら、それでも真顔で言っていた。
「ほんまに……逃げずに言ったんか」
「はい」
「事故にならんかったんか」
若杉は一瞬だけ遠い目をして、それから深く頷いた。
「そこなんすよ。紆余曲折、銀河系一周分くらいありましたけど」
――ホワイトデー当日。
「最初は普通に、ちょっといい店でディナーの予定やったんです」
「ほう、王道やな」
「で、店に向かう途中で俺、言ったんすよ。『ナミさん、今日は真面目な話があります』って。そしたらナミさん、なんて言ったと思います?」
「なんて?」
『その前に、あそこの屋台寄ろ。たこ焼き食べたい』
「……」
「結局、寒い歩道でたこ焼きハフハフ食べました。雰囲気、ゼロっすよ」
「お前らしいな」
若杉は真顔のまま、虚空を見つめて続ける。
「で、食べ終わって今度こそ……と思ったら、次は会社の先輩にバッタリ。ナミさん、そのまま十分くらい捕まりました。……で、やっと店に入って。俺、デザートが出る前に覚悟を決めたんす」
『ナミさん、俺――』
『ご注文の追加よろしいですかー!』
「……」
「一番いいところで店員さんがハイテンションで来ました。俺の人生、バラエティ番組のドッキリにかけられてるんかと」
それでも、若杉は引かなかった。
三度目の正直。
深呼吸して、テーブルの下で拳を握り込んで。
『ナミさん、俺、あなたのこと好きです。付き合ってください』
めちゃくちゃな直球。
若杉らしい、不器用な全力投球だ。
「それで? 相手の反応は」
「ナミさん、ハイボールを一口飲んでから、こう言いました。『……知ってる』」
「え?」
「俺も『え?』って言いました。そしたらナミさん、『若杉くん、ずっと言う言う詐欺やったし。やっと言ったなと思って』って」
俺は思わず吹き出した。
全部、ナミさんの手のひらの上だったわけだ。
たこ焼きも、店員を呼んだタイミングも、もしかしたら全部。
「でも最後に、ちゃんと笑ってくれました。『うん、ええよ。……付き合お』って」
俺は空になったグラスを置き、若杉の肩を叩いた。
「ほな、二杯目で祝杯やな」
「はい」
「おめでとう、若杉。有言実行や」
カチン、と軽くグラスを鳴らす。
「おー、ここやここ!」
聞き慣れた嵐のような声。
ミサキと、そして少し照れたようなナミさんが立っていた。
「なんでおるん」
俺が聞くと、ミサキがナミさんの肩を叩いて笑う。
「若杉さんの祝勝会やろ? ナミからリアルタイム実況聞いてたんや。な?」
ナミさんは静かに俺たちを見て、少しだけ口角を上げた。
「告白、四回くらい噛んでたけどな」
「五回っすよ」
若杉が自虐的に訂正する。
「でも」
ナミさんは若杉の隣に腰を下ろした。
「ちゃんと言い切ったから。合格」
若杉は鼻の下をこすりながら、新しいグラスを持ち上げた。
「俺、宣言したことはやる男なんで」
ミサキが吹き出す。
「いい歳して純真かよ。……まあ、そこが若杉さんのええとこやけどな」
四つのグラスが、立ち飲み屋の喧騒の中で静かにぶつかった。
有言実行。
言葉にするのは簡単だが、やり遂げるのはいつだって難しい。
ナミさんの氷壁は、相当な難敵だったろうに、見事に溶かしきった若杉に、乾杯や。




