3.9 遠い銀河の果てから
monogatary.com 2026年3月9日のお題『恋人は宇宙人』について投稿したものです。
タクヤ、三十三歳。
大阪歴十年。いまだ大阪弁は練習中。
独身やけど、独り暮らしはそろそろ終わりかもしれん。
独身生活に終止符を打つアテは、ミサキという一風変わった女性だ。
どこがどう変わっているのか、言葉にはしづらいが、とにかく俺とは根本的な感性が違う。
たまに会話のドッジボールどころか、バドミントンのシャトルが飛んでくる気分になるが、そこがまた飽きなくていいのだ。
ちゃきちゃきの大阪弁を話すので、俺もだんだんと染まってきた気がする。
——ただし、最近ひとつだけ気になることがある。
「タクヤ」
キッチンからお玉を持ったまま顔を出したミサキが言う。
「なあ。地球人ってさ」
「なんや急に。主語がデカいな」
「なんで、好きって言葉をそんなにケチるん?」
真顔で聞いてくる。
「いや……ケチってるわけやないけど、そんな安売りするもんでもないやろ」
「好きなら好きって言うたらええやん。言葉、タダやで?」
言い方が、妙に理屈っぽい。
なんというか——
観察している感じなのだ。
「なんか、研究してるみたいやな」
「そら研究対象やもん」
「誰がや」
「タクヤ」
食い気味の即答やった。
ミサキは火を止めて、エプロン姿のまま腕を組む。
「だってな。地球人って、好きなくせに『まあまあ』とか『悪くない』とか言うやん」
「それは……照れや」
「照れって、なんなん?」
俺はしばらく黙った。
説明しろ言われても、言語化の限界や。
「……文化?」
「便利な言葉やなあ」
ミサキは、妙に納得した顔でうなずいた。
「やっぱり地球人は奥が深い。非効率の極みやわ」
「お前、どこの星から来てんのや」
軽くツッコむと、ミサキは一瞬だけ目を細めた。
それから、ふっと悪戯っぽく笑う。
「内緒。機密事項やし」
「なんやそれ」
「言うたら面白ないやん」
そう言って、機嫌よく鼻歌を歌いながら料理を再開する。
しばらくして、テーブルに並んだのはオムライスだった。
「はい」
差し出された皿のケチャップを見て、俺はスプーンを落としそうになった。
赤い文字でこう書いてある。
『スキ』
「……お前、これ」
「観察結果のフィードバックや」
「フィードバックなん?」
「うん。タクヤ、言わへんから、先に出しといた。『仮説:地球人男性は、言語プロセスの前に過度な照れブロックが発生する』」
「論文でも書く気か」
「学会で発表できるレベルやね」
俺はため息をつき、スプーンでケチャップ文字を少しだけ崩した。
「ミサキ」
「ん?」
「……好きやで」
言ってから、しまったと思う。
顔が沸騰しそうに熱い。
ミサキはきょとんとして、それからパチパチと瞬きした。
「おお……ほんまに言うた」
「なんやその、珍獣でも見たような反応」
「初観測。……録音しとけばよかった」
「観測言うな」
ミサキは、今日一番の嬉しそうな顔で笑った。
「ほな、報告せなあかんな」
「誰にや」
「実家。……というか、母星?」
「まだ言うか、その設定」
笑いながらツッコむと、ミサキは肩をすくめた。
「まあ、冗談や。……たぶん」
「どっちやねん」
その夜、ミサキが風呂に入っている間に、ふとスマホが光った。
テーブルの上に置きっぱなしの、ミサキのスマホだ。
ロック画面に、一行だけ通知が出ていた。
《観察記録:地球人オス、愛情表現を確認》
送信先の名前は――
『母船オペレーションセンター』
……。
俺は、見なかったことにしてそっとスマホを裏返した。
まあええ。
たとえ宇宙人でも。
ミサキなら。
たぶん、地球でもやっていけるやろ。
しばらく留守にしていたので、まとめての投稿になります。




