3.7 言いたくなったら言えばええ
monogatary.com 2026年3月7日のお題『ふと履歴を覗いたら…』について投稿したものです。
ミサキ、三十歳。中堅企業の受付をしている。
今年に入ってできた彼氏と、予想以上に進展していて、年内に結婚までこぎつけるやもしれん。
今日もタクヤの部屋に掃除(遊び)に来て、まったり過ごしてるとこや。
タクヤがスマホを置いたまま、キッチンへコーヒーを淹れに立った。
覗くつもりはなかったんやけど、テーブルに置かれた画面はブラウザを開いたままやった。
「何を検索しようとしてたんや?」
ふと視界に入った画面には、『ホワイトデー 決定的なプレゼント』と入力途中の文字。
アホやなぁ。ホワイトデーには二人で雪まつりに行く予定やんか。
ウチは、あのランタンを一緒に見られるだけで充分すぎるくらいや。
これ以上、高価なプレゼントなんかいらん!
これは後で、しっかり抗議(という名のノロケ)をせなあかんな。
緩みっぱなしの口元を隠しながら、スマホを手に取った。
まあ、検索履歴の輝かしいこと。
『つなん雪まつり』の攻略法は当然として、駐車場の位置からシャトルバスの時刻表、さらには現地の予想気温まで調べてある。
続いて『車中泊デートの注意点』やら『大阪と和歌山の間にある落ち着いた喫茶店』など、ウチとの未来に向けた準備の足跡ばかりが並んでいる。
こんなん、ニヤけるなっちゅう方が無理や。
けど、さらにスクロールしようとした指が、ピタッと止まった。
『柴犬の平均寿命』
……。
鼓動が少し速くなる。
これは、見てはいけないものを見てしまった気がした。
たしか、大分の実家では柴犬を飼うてた。
「コテツっていうんや」と、愛おしそうに写真を見せてくれたこともある。
タクヤからは、昨日も今日も、何も聞いてへん。
いつものように笑って、いつものように「練習中の大阪弁」で喋ってる。
キッチンから、コーヒーを注ぐ音がした。
ウチは、そっとスマホを元の位置に戻して、読みかけの本に視線を落とした。
自分から言いたくなったら、その時に聞く。
「お待たせ。今日は奮発して、ええ豆使うてるで」
戻ってきたタクヤが、少しだけ無理をして笑っているように見えた。
ウチは本から顔を上げ、いつもより少しだけやわらかい声で返した。
「おおきに。……ゆっくり飲もうか、タクヤ」
今日だけは、この静かな時間が、彼への一番のプレゼントやと思いたい。




