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『お題のmonogatary』―どこに向かうか誰もわからないー ストーリーは『今後のお題』しだい  作者: もとき未明


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3.4 笑顔のとなり

monogatary.com 2026年3月4日のお題『仕事場ではこういう自分を演じています』について投稿したものです。



 ミサキ、三十歳。中堅企業の受付をしている。

 毎日、いろんな人と話をするけど、本音で話すわけにはいかへんから、ストレス溜まりまくりや。

 ウチはここでは、“水野さん”を演じている。

 でも、ウチには彼氏がおんねん。

 付き合いだして、まだ二か月くらいしか経ってへんけど、タクヤのことはようわかるようになってきたし、タクヤもウチのことをわかってくれてると感じる。

 幸せや……。



「いらっしゃいませ」

 スーツをビシッと着こなした若い会社員が自動ドアから入ってきよった。

 この歩き方と視線の配り方……。たしか、総務部長まで直にアポ取ってきとるやつや。

「苗場総務部長に会いに来ました。遠藤です」

 ほらな。

 でも、そんな顔はおくびにも出さず、口角を三ミリ上げて、目はやわらかく。

 鏡の前で何度も練習した“受付用の笑顔”を貼り付ける。

「遠藤様ですね。少々お待ちくださいませ」

 一礼してから、総務部長室の内線を呼ぶ。

『はい。総務部長室の前田です』

 部長秘書のアキが電話に出るけど、いつもの口調では話さない。

「こちら、受付からですが、遠藤様が総務部長にお会いにみえております」

『はい。聞いております。お通ししてください』

「かしこまりました」

 ウチは、電話口にも一礼してから静かに受話器を置く。

「遠藤様。総務部長室はおわかりになりますでしょうか」

 知ってることも知ってるけど、一応尋ねる。

「はい。前にも来ていますから、わかります」

「かしこまりました。では、こちらの来客カードをお持ちください。カードについてもご説明は不要でしょうか」

「大丈夫。エレベーターも総務部門への入室もかざすだけだよね」

「左様でございます」

 ウチが深くおじぎをしている間に、エレベーターホールへと消えた。


 ――五分後、内線が鳴る。

 番号から見て、アキやん。

 ウチは、そっとため息をついて受話器を取った。

「はい。受付の水野です」

「なにを、スマした声出しとんのミサキ」

「仕事中ですから」

「ウチかて仕事中や。でも来客者にお茶出したら暇なんよ。なぁなぁ、さっきの遠藤さんって人、イケメンやんな」

「はて、そんなイケメンが受付を通ったか存じませんけど」

「ええ加減にしいや。そっかぁ……、ミサキには素敵な彼氏がおるさかいな。ほかの男には興味ないか……」

 そないなこと言われたら、タクヤのこと思い出すやんか。

 ウチは声を潜める。

「あんたこそ、ええ加減にしいや。アキと違うて、ここはいつ誰が通るかわからへんねやで。おしゃべりしとる場合とちゃうねん」

「はいはい。真面目に受付業務せなあかんよ。今度、タクヤさんも一緒に飲みに行こうな」

「誰が邪魔しとる思うてんねん! 一緒になんか飲み行かへんわ。もったいない!」

 投げつけたいのを我慢して、受話器を静かに置き、呼吸を整えて、一秒で“受付スマイル”にギアを戻す。


「はぁ……。タクヤに癒してもらわんとやっとられへんわ」


 ここでは笑顔を貼り付けるけど、タクヤの前では、ちゃんとウチでおれる。

 “水野さん”やのうて、ただの“ミサキ”として、大きな声で笑うたり毒づいたりできる。


 それだけで、明日もこの三ミリの口角を維持できる気がすんねん。



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