2.25 遠回りした吉報
monogatary.com 2026年2月25日のお題『もう少しで春だからね』について投稿したものです。
タクヤ、三十三歳。
大阪歴十年。いまだ大阪弁は練習中。
独身やけど、独り暮らしはそろそろ終わりかもしれん。
スマホが震える。
――おふくろ?
昼間に電話なんて珍しい。
胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。
「もしもし」
「あー、タクヤ。あんた結婚するんね」
「え……」
「なし黙っちょったん? 今日、ハルト君のお母さんに会うて初めて聞いたきビックリしたわ」
「黙っちょったわけじゃねぇけど、まだ先方に挨拶にも行っちょらんし」
「挨拶に行くんなら、そん前に連絡くらいせんね」
「あー、悪ぃ」
「ほんっとにもう……」
電話の向こうで、盛大なため息が聞こえる。
「ハルト君のお母さんがな、『春には忙しゅうなるねぇ』っち言いよったで」
「……ハルト、なんち言いふらしちょん」
「ふらしちょるわけやなかろう。嬉しかったんやろ。あんたの式のスピーチでなに喋るかもう考えよるらしいよ」
「……」
幼なじみのハルトは、声がでかいのも、せっかちなんも昔からや。
「で、本当なん?」
「……まあ、そのつもりではある」
「“つもり”じゃなくて」
「ちゃんと考えちょる」
少しの沈黙。
電話越しでもわかる。
おふくろは、たぶん今、台所に立っちょる。
昔から、嬉しいことがあるとやたらと手を動かす人やった。
「なんにせよ、やっと我が家にも春が来そうやね」
「春は毎年来よろうもん」
「いーや、あんたが所帯を持つまで、ウチはずーーっと冬んごたった」
「大げさな……」
「大げさじゃないんよ。あんたを急かせんごつしちょったけど、心ん中は年中吹雪やったんやき」
その一言に、少しだけ胸が詰まる。
急かされた覚えはない。
でも、待たせていた自覚はある。
「……で、ウチにはいつ連れて来るんね」
「四月に入ってからくらいかな」
「わかった。家じゅう掃除しちょく」
「掃除はええけど、無理すんなよ」
「無理なんかせんわ。春ん準備と思うたら、体も軽うなるわ」
そう言って、電話は切れた。
通話終了のボタンを押すと、どっと疲れが押し寄せてきた。
吉報のはずなのに、回り道して届いた。
いや――遠回りさせたのは、俺か。
ああぁ、三月からはイベントが目白押しじゃぁ……。
大阪弁にせっかく慣れてきちょったんに、また地元モードに戻らにゃならん。
……あかん、語尾が迷子や。
俺は、ミサキから大阪弁を補給すべくLINEを開く。
打って、消して、また打つ。
――もう少しで春やからな。
俺の人生にも、ちゃんと来るらしい。
遠回りはしたけど、春は、ちゃんと待ってくれちょった。




