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『お題のmonogatary』―どこに向かうか誰もわからないー ストーリーは『今後のお題』しだい  作者: もとき未明


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2.18 四十分のランチ

monogatary.com 2026年2月18日のお題『名前をつけない方がいい関係』について投稿したものです。



 若杉が「相談いいっすか」と言うときは、大抵ろくな話ではない。


 仕事終わりの立ち飲み屋で、俺はすでに二杯目に手を出していた。

 寝不足の胃にアルコールが染みる。


「また恋愛っす」

 やっぱりな。

「この前のバレンタイン、チョコもらったじゃないですか」

「おう。義理か本気かわからんやつな」

「それっす」

 若杉はジョッキの泡を指でなぞりながら、ため息をついた。

「お返しに飯誘ったんです。そしたら“ランチなら”って」

「ディナーは却下か」

「しかも四十分だけ」

「昼休みの交代枠やん」

 若杉は笑わない。どうやら本気で悩んでいるらしい。

「行ってきたんですよ。駅前のイタリアン」

「四十分でパスタは忙しいな」

「ちゃんと食えましたよ」

「そこは、今はええねん」

 話を聞く。


 会話は止まらなかったらしい。

 仕事の愚痴、最近観た映画、春の異動の噂。

 沈黙はない。

 でも、弾みもしない。


「なんか……悪くないんすよ」

「ほな、ええやん」

「でも、特別でもないんす」

 若杉は言葉を探すように視線を泳がせる。

「同僚以上、友達未満っていうか」

「ほな同僚や」

「いや、そこまで割り切れないっていうか……」

 面倒くさいな、お前。


 俺は串カツを一本かじる。寝不足で思考が雑だ。


「次の約束は?」

「してないっす。向こうも“また会社で”って」

「営業メールやな」

「でも嫌われてる感じはないんです」

「好かれてる感じもないんやろ」

「……そうなんすよ」

 若杉は頭を抱えた。

「このままが一番平和なんすかね」

 平和……。便利な言葉やな。

 俺は欠伸を噛み殺す。

 昨日の騒動で俺の理性はほぼ瀕死や。


「踏み込んだら壊れますかね」

「何が」

「今の距離感」

「距離感て」

「ちょっとだけ近いけど、重くない感じ」

「都合ええな」

「そうなんすよ。でも他の男と仲良くしてたら、たぶん嫌なんす」

「所有欲や」

「違いますよ!」

 若杉は真顔で否定するが、ほぼ同義だ。


 ジョッキを空にして、俺はゆっくり言った。

「若杉な」

「はい」

「ほんまにその距離で満足してる奴は、わざわざ俺に相談せん」

 若杉が止まる。

「……どういうことっすか」

「悩んでる時点で、もう現状に不満や」

 静かに、油の弾ける音がする。

「でも告白するほどの熱はないんです」

「ほな待てばええ」

「待ってる間に、誰かに取られたら」

「その時に本気出せ」

「遅くないっすか」

「知らん。俺は今、自分の睡眠時間との関係修復が最優先や」

 若杉がようやく笑った。

「それ、かなり冷え込んでますね」

「破綻寸前や」


 店のテレビでは春の特集をやっている。

 桜の開花予想だの、新生活だの。

 若杉はしばらく黙ってから、小さく言った。

「無理に形にしない方がいいことも、ありますよね」

 俺は肩をすくめる。

「形にせんと保てるもんもあるし、形にせな始まらんもんもある」

「どっちなんすか、俺は」

「それを決めるんがお前やろ」

 若杉はジョッキを見つめる。

 泡はすでに消えている。


 四十分のランチ。


 短いようで、長い。

 何も起きなかったようで、何かが始まりかけている時間。

 俺は席を立つ。

「とりあえず、もう一回誘え」

「ディナーで?」

「昼でも夜でもええ。時間を四十分以上にしろ」

「……怖いなあ」

「怖がるくらいがちょうどええ」

「タクヤ先輩も、ミサキさんに会うとき、今でも怖いんすか?」

「……俺のは『恐怖』の種類が違う。台風の進路予想を見てる時に近いわ」

「それはそれで嫌っすね」

 俺の答えに、若杉が少しだけ肩の力を抜いた。


 店を出ると、夜風が冷たい。

 若杉はスマホを取り出して、何か打ち始めた。

 送るかどうか迷っている顔だ。

 俺はその横で、もう一度欠伸をする。

 曖昧なまま保たれている関係は、案外長持ちする。

 けれど、長持ちすることと、望んでいることは、たぶん別だ。


 送信ボタンの上で、若杉の親指が止まる。

 それでも、押した。

 画面に「送信完了」と出た。

「送ったっす」

「何て?」

「“今度はゆっくりどう?”」

 俺は小さく頷く。


 結果がどう転んでも、

 少なくとも四十分よりは前に進んだ。


 俺の睡眠時間は戻らんけどな。



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