2.16 人騒がせ(前編)
monogatary.com 2026年2月16日のお題『ダイイングメッセージが短歌だった。』について投稿したものです。
タクヤ、三十三歳。
大阪住みが十年を超えるのに、いまだに大阪弁が喋れない。――ただいま絶賛練習中。
ひとり暮らしだが、この静けさも、終わりを迎えるかもしれない。
早朝。まだ暗い時間にミサキからLINE通話が入った。
「タクヤ! どうしよう。ユイナが殺される!」
「???」
こちとら、寝起きや。不穏な言葉に声が出えへん。
「聞いとる?」
「ああ、聞いてるから、落ち着いて話しいや」
「あんな、さっきユイナからLINEが届いてん」
「こんな朝早くっていうか、夜中に?」
「せや! LINEのスクショ送るな」
『こぼれ月
廊下の軋み
寒き指
黎明待たず
留守の街出ず』
「これだけ?」
「せや、これだけ送られて来てん。ウチもわけわからんから最初は無視しよう思うたけど、なんか胸騒ぎがして電話したんやけど、電源入ってへんねん」
「俺には普通に旅立ちの歌に見えるけど……」
「ちゃうねん。最初の一文字だけを縦読みすると『ころされる』ってダイイングメッセージになんねん!」
「え?」
たしかに、こ、ろ、さ、れ、る……。ほんまやな。
「考えすぎとちゃうか?」
「ウチもそれやったら安心なんやけど、今ユイナのマンションに来てるんや」
「ユイナちゃんの部屋の鍵、持ってるん?」
「持ってるで。ウチの部屋の鍵もユイナ持ってる」
「……」
いや、三十超えてそれもどうかと思うが、今はその距離感に少しだけ救われている。
「玄関のマットが濡れてるし、なんかいつもと違う雰囲気で、誰もおらんねん」
「雨なんか降ってたか?」
「降ってへん! 誰かが水をまいたか、それとも……」
「ちょっと落ち着いて、そのLINEを考えてみようか」
「ウチは縦読みしかわからへんねん。『こぼれ月』とか、ようわからん」
「『こぼれ月』は、満ちてない月のことやから、不安定な状態をさすと思う」
「タクヤは短歌わかんの?」
「実家が少し古風なんや。……次に『廊下の軋み』って、そこマンションや言うてたけど、軋むほど古いんか?」
「いーや、まだ新しいマンションで、派手に歩いても音がせえへんで」
「じゃ、どこか廊下が軋む宿にでもいるんじゃないのか?」
「ちょっと待って、新聞受け見てくる」
「……」
「あんな、昨日の新聞が残ってたわ。一昨日からどっかに連れ去られたんやろか」
「いや、土日で旅行行ってのとちゃうか?」
「まあ、ユイナはこれまでもフラッと旅に出ることあったけど……。次の『黎明』って何?」
「黎明は、『夜明けを待たずに』ってことやと思うで。最後の行の『留守の街出ず』ってのが、街が留守なのか、自分が留守にするのか、とにかく『夜明け前に街を出る』ってことやろな」
「何で今日になって送ってくるねん。犯人の隙を見て暗号で送ったんやと思うで。ウチら縦読みの暗号LINEで遊んでたさかい、それを期待してんのと思うねん」
……普通は縦読みなんて気づかへん。
「とにかく、今日は仕事やろ? ユイナちゃんと同じ会社やねんから、案外ひょっこり出社してるかも知れへんで」
「せやな。ウチも用意して会社行ってみるわ」
始業時間前にミサキから着信があった。
「今日も休みやと連絡があったらしい。ただ、誰が受けたかわからんみたいや。ユイナ本人からというのも怪しい」
「まだユイナちゃんのスマホには連絡できんの?」
「うん。電源が入っていないか電波の届かない所らしい」
「とりあえず、夕方まで待って、それから考えようか」
「わかった。いつもの喫茶店でええ?」
「ああ、ええよ」
夕方、就業間際にLINEが届いた。
『ユイナから連絡があった。無事』
それまで、どこか張りつめていた肩の力がやっと抜けた。
……なんにせよ、無事なら良かった。
ただ、あの短歌の意味は、まだ聞けていない。
……一日不在にしてたので、お題二日分で(前編・後編)という組み立てにしてみました。




