2.15 食べ損ねたラブレター
monogatary.com 2026年2月15日のお題『アフター・バレンタイン』について投稿したものです。
タクヤ、三十三歳。
大阪住みが十年を超えるのに、いまだに大阪弁が喋れない。――ただいま絶賛練習中。
ひとり暮らしだが、この静けさも、終わりを迎えるかもしれない。
日曜日の朝、一日ゆったりと過ごそうかと考えていたら、後輩の若杉からLINEが届いた。
『タクヤ先輩。大至急、相談お願いっす』
『なにごと?』
『できれば会って』
『昼過ぎなら』
『じゃ1時に難波の居酒屋』
おいおい、昼間っから飲むつもりか……。
『わかった』
待ち合わせ場所に行くと、若杉はコーラを飲んでいた。
「どうした? 飲んだらできない話か?」
「そうっす。まずは真剣に聞いてください。あ、タクヤ先輩はお酒強いから飲んでもいいっすよ」
といっても、俺だけ飲むわけにもいかず、ウーロン茶と軽食になりそうなものを注文する。
「で? 若杉が慌ててるってどんな大事件なんだ?」
「事件じゃないっす。……あ、いや事件といえば大事件っす」
「どっちだよ!」
「……実は昨日。同じ職場の女の子からチョコ貰ったっす」
「昨日? 土曜日は休みじゃなかったのか?」
「今、いくつかプロジェクトが動いてて、ウチの職場は週休一日状態なんす。土曜もほぼ全員出てるんすよ」
「そりゃ大変だな。で、同じ職場の子なら『義理チョコ』じゃねえのか?」
「かも知れないっす。でも義理チョコでもなんでも、その子から貰えたことが嬉しいんっす」
「若杉もその子に気があるってことか?」
「気があるとか……。わかんないっす。でも、その子と妙に気が合うなってのは感じてます」
「ナンパ師の若杉なんだから、デートくらいは誘ったことあるんだろ?」
「ないっす。なんか、その子の前だとおちゃらけるのも嫌なんすよ」
「……へぇ。若杉がそんなこと言うなんて、雪でも降るんちゃうか」
「笑ってくださいよ。俺、昨日からそのチョコ、怖くて開けられないんっす」
若杉がバッグから取り出したのは、派手さのない、小さな、でも丁寧に包まれた箱だった。
「……」
「で、明日からどんな態度でその子と接すればいいっすかね」
「いや、意味わかんねえ。恋愛経験豊富な若杉が、色恋沙汰には奥手の俺に、何を相談したいんだ?」
「タクヤ先輩は、いい恋愛してるじゃないっすか。きちんと付き合ってるって意味では、先輩っすよ」
俺はまだ、ミサキに振り回されているだけや。
あ、これはあれだ。犬も食わない類のやつだ。
「すみませーん。ナマください」
飲んでないと聞けないと判断した俺は、店員にビールを注文した。
「若杉はどうしたいんだ? その子と付き合いたいのか?」
「……。俺ってチャラ男キャラじゃないっすかぁ。だから、その子にも“チャラ男”だって思われてたら怖いんすよね」
「それくらい、若杉の経験上わかるんじゃないのか?」
「それが、その子の笑うとこ見たことないんすよ。怒ってるのか、普通なのかもわかんないっす。あんまし人と話もしないみたいっす」
「そんな子でも、全員にチョコ配るのか……」
「いや……。全員にかどうか知らないっす。彼女が休憩に入るときに俺の席にスッと置いていったんす」
「……それ、義理にしては丁寧すぎるだろ」
「え?」
「全員に配るなら堂々と渡す。目立たないようにする理由がない」
若杉がぽかんと口を開けた。
これは……、脈ありなんじゃねえの?
てか、若杉ってこんなに鈍感なやつだったの?
あ、当事者になると見えなくなるってことかな? ……うん。自覚もある。
「もうさ、思い切ってデートに誘ってみろよ」
「一か月後にっすか?」
「いや、別にホワイトデーまで待つ必要ねえんじゃね? 来週にでも『チョコのお返しにメシ奢るよ』とかなんとか言ってよ」
「あ! それいいっすね! さすがタクヤ先輩」
なんだよ、その飼い主を見つけた子犬のようなつぶらな瞳は……。
「ビールおかわりお願いー!」
飲むペースも上がるってもんだ。
「あ、俺にもビールお願いっす」
結局、飲むのかよ。
その後、夜まで些細な惚気話を聞かされ続けたのであった。
夜になり、若杉は上機嫌で帰っていった。
「来週、誘ってみますわ!」
そう言って、妙に真面目な顔をして。
テーブルに残った空のジョッキを眺めながら、俺は少しだけ笑った。
バレンタインは、当日だけで終わるものではないらしい。
本番は、どうやらその後だ。
バッグの中で、まだ封を切られていない小さな箱。
想いを込めたラブレターへの返事は、来週きっと届く。




