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1.4 天王寺にて

monogatary.com 2026年1月4日のお題『3つの約束』について投稿したものです。


 タクヤ33歳。大阪住みが10年を超えるのにいまだに大阪弁をしゃべれない。ひとり暮らしだが、独身主義者ではない。


 仕事終わり、帰宅の準備をしていたらスマホが震えた。

 高校の同級生で、在阪の親友ハルトからのLINEだ。

『今日、飲みOK?』

 新年早々、しかも平日にか?

 ハルトは泉大津に一軒家を構える二児の父だ。

『お前は大丈夫なん?』

『年末も断られたやん。年が明けたら早めに飲もうってあれほど約束したやろが』

 そういえば年末、残業続きでボロボロだった俺は、彼の誘いを三回ほどスルーしていた。

『わかった。いつもの所か?』

『りょ』




 天王寺。あべのハルカスの向かいにある森田屋の二階へ上がると、ハルトは既に生ビールとてっちゃんを突っついていた。


「ナマと湯豆腐。あと俺にもてっちゃん」

 店員さんに告げて向かいに座る。

 ハルトも被せるように、

「こっちにも湯豆腐とだし巻き追加!」

 と気勢を上げた。


「マグロのスキミはいいのか」

「そら、次の熱燗おかんのときに頼むわ」

 すぐに届いた生ビールで乾杯する。

 喉を焼く苦みが、仕事の疲れを溶かしていく。


「……なぁ、月にいっぺんは飲もう言うてんのに、十二月は結局ずっと放置ほたられとったわ」

「なんか大阪弁に大分弁が混ざって変な言葉になっちょるぞ」

「あちゃあ、ほんまタクヤと話しとると大分弁に引っ張られんねん。お前の大分弁、強烈すぎるんや」


 たわいもない会話を肴に、すずのちろりで温められた二合徳利が三本空いた頃、ハルトがふと真面目な顔をした。


「……ところでタクヤ。ミホちゃんが結婚したん、知っとるんか」

 不意打ちだった。元日の震度四、母からの震度百に続く、三度目の余震。

「……ああ、最近、おふくろから聞いた。結構、効いちょる」

「そらそやろ。俺ら、絶対タクヤとくっつくもんやと思うとったもん」

「なんでやねん。もうずっと音信不通やったんぞ」

「お前なぁ……。まさかお前、ミホちゃんに謝ってないままちゃうやろな」

「謝るって何をよ」


 ハルトの目が、酔っぱらいとは思えないほど据わった。

 ミホとは高校一年の秋から二年までおよそ一年間付き合っていただけだ。

 理由は忘れたけどほんの些細なことで雰囲気が悪くなり自然消滅みたいな別れやった。


「お前、高校二年のときにミホちゃんとの約束破ったやんか」

「……約束?」


「あれや。二人で買い物に行く約束を部活優先でドタキャンしたやろ」

「……ん?」

 わからん。全然思い出せん。

「ほら、吹奏楽部の部長しとったシオリ先輩からどうしてもタクヤにって頼まれた言うてたやつや」


 あ、なんかあったかも……。

 記憶の底から、埃をかぶった映像が掘り起こされる。

 次期部長を決める打ち合わせに、先輩から呼び出されたあの日か。


「そん顔は思い出したようやな」

「……あ、なんかあったかも。マスコットを一緒に選んでほしいとか言われてたような」

「せや! ミホちゃん、カバンに付けるペアのマスコット、えらい楽しみにしてたんやぞ。それを『部長になるかもしれんから』って一蹴しやがって」

「いや、実際、次期部長の方が……」

「はあああ……!」

 ハルトが天を仰ぎ、盛大にため息をついた。


「お前、ほんまにわかってへんのやな。問題は、約束を破ったこと以上に、『ミホちゃんよりシオリ先輩を優先した』ことや!」

「ん? なんでそこでシオリ先輩が関係してくるんや」

「シオリ先輩もタクヤを狙うてたからや」

「え! 初耳なんじゃけど……」

「ほんま鈍感なやっちゃ。同時に二人の女を泣かせとったんかい!」


 ちょっと待て、脳がパニック起こしそうや。

 たしかに二年の秋からは部長の引継ぎで部活優先になったけど、そのたびにミホには了解をもらっていた……はず。

 けど、ミホとギクシャクし始めたのもその頃だったかもしれない。

 俺は、自然消滅だと思っていた別れの引き金を、自分で引いていたのか。

 それも、無意識のうちに。


「悪ぃ、ハルト。……その話、一人でゆっくり考えさせてくれ」

「そうせい! 反省しろ!」

 完全に絡み酒モードに入ったハルトをなだめ、俺たちは店を出た。


「ほんなら今日はこれで。またな」

「おう! 次はタクヤんちに行くで! 例のドラマ見るんや」

「例のドラマ?」

「大分が舞台の『じゃあ、あんたが作ってみろよ』や。知っとるか」

「聞いたことはあるな。大分のお菓子が売り切れになるほど人気になったとか」

「それや。大分の男のヘタレ具合が強烈らしい。嫁はんと一緒に見る勇気あらへんから、お前んちで検証するんや」

「そんなにか?」

「らしいで」

 俄然興味がわいてきた。


「じゃあ次の日が休みだといいな」

「約束やで。これ破ったら。タクヤのヘタレ具合を地元のみんなにぶちまけるからな」

「わかった、わかった。ちゃんと調整するわ」



 駅の改札を抜けるとき、さっきまで千鳥足だったハルトが急にしゃんと背筋を伸ばした。

 さすが、守るべき家族がいる男は切り替えが早い。



 御堂筋線の窓に映る俺は、十数年前の自分の鈍感さに打ちのめされていた。


 ミホ、ごめん。……今さら遅すぎる謝罪が、冷たい窓ガラスに消えていった。



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