2.2 余白の住人
monogatary.com 2026年2月2日のお題『平凡だったはずなのに』について投稿したものです。
タクヤ、三十三歳。
大阪住みが十年を超えるのに、いまだに大阪弁を喋れない。ひとり暮らしだが、この静けさも、近いうちに解消されるかもしれない。
日曜の夜。自室のソファに深く腰を沈めている。
洗濯は済ませたし、シンクも片付いている。
読みかけの本は傍らにあるが、今は活字を追う気分じゃない。
こういう凪のような時間は、昔から嫌いじゃなかった。
何も起きないことが、ちゃんと保証されている感じがするからだ。
思えば、俺はずっと「何も起きない人生」を選んで歩いてきた。
進学も、就職も、住む場所も。
派手さはないが、致命的な失敗もしにくい道。
周囲から見て「無難」と評される選択肢を、自分を守るための防波堤として、無意識に拾い続けてきた。
恋愛も、その延長線上にあったはずだ。
かつての俺なら、ミサキのような女は最初から選ばなかったと思う。
感情の起伏が読めず、思いつきで動き、肝心な説明を省く。
正解を出すことより、自分が納得することを優先する。
控えめに言って、めんどくさい。
正直に言えば、かなり。
以前の俺なら、会って二、三回でそっと距離を取っていたはずだ。
「悪い人じゃないけど、自分とは住む世界が違うから」
と、角の立たない理由を並べて。
なのに。
今、こうして一人で部屋にいると、
ミサキがここにいないことの方が、妙に落ち着かない。
無造作な洗い物の音。
勝手に変えられるテレビのチャンネル。
何の脈絡もなく放り込まれる、答えの出ない問い。
どれも、騒がしく、俺の平穏を乱すはずのものなのに、
気づけば生活の一部みたいに収まっている。
たぶん俺は、彼女と一緒にいるとき、
「正しい自分」でいなくていい。
判断が遅れてもいい。
結論を先延ばしにしてもいい。
黙り込んで考えていても、彼女はそれを「無駄な時間」とは呼ばない。
それが、これほどまでにも心を軽くするとは思わなかった。
スマホを手に取ると、特に用もないのに画面を眺めてしまう。
連絡すれば、たぶん即座に騒がしい返事が来る。
来なかったとしても、それを理由に不安にならない自分がいる。
それが一番、不思議だ。
人生が劇的に変わったわけじゃない。
仕事も、収入も、住む街も、昨日までと同じだ。
それでも、同じ部屋、同じ夜の景色が、少しだけ違って見える。
何かを選び間違えた気はしない。
かといって、胸を張れるほど立派な決断をした自覚もない。
ただ……。
気づいたら、この立ち位置にいた。
ソファに背中を預けたまま、天井を見上げる。
特別な音楽も流していない。
ただ、エアコンの微かな稼働音だけが部屋を満たしている。
悪くない。
むしろ、これまで守ってきたどの「無難」よりも、今の心地よさの方が、ずっと信用できる。
こんな夜が続いていくのなら。
これまで大事に守ってきた「何も起きない人生」も、
案外、あっさりと手放していいのかもしれない。
俺はそう思いながら、穏やかな眠りに誘われるまま、そっと目を閉じた。




