表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『お題のmonogatary』―どこに向かうか誰もわからないー ストーリーは『今後のお題』しだい  作者: もとき未明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/80

1.28 先に出しただけ

monogatary.com 2026年1月28日のお題『攻撃は最大の防御』について投稿したものです。



 そのトラブルは、朝一番のメールから始まった。


〈先日の請求処理について、至急確認したい点があります〉


 佐藤はそれを見て、心の中で静かに、かつ深くため息をついた。

 『確認』という言葉ほど、ビジネスにおいて振れ幅の大きいものはない。

 単なる質問か、責任転嫁の布石か――少なくとも、油断していい合図ではなかった。


 経理というポジションにいると、この後に続く『面倒な展開』が、雨雲の動きを見るように予見できてしまう。


 案の定、昼前には「一度、関係部署で集まりましょう」という招集がかかった。

 論点は曖昧、責任の所在も未確定。

 だが、何となく「経理が説明する側」になる空気だけが、現場では出来上がっている。



 佐藤は、その空気の湿り気を読み、決めた。


 ――今回は、待たない。



 会議室に最初に入ったのは佐藤だった。


 請求データ、処理ログ、メールの履歴。

 いつも通りの完璧な仕事だ。

 ただ、提示の順番だけを変える。


 普段なら「追及されてから出すエビデンス」を、最初からテーブルに並べ、全員が着席する前に画面へ投影した。



 会議が始まる。


「えーと、今回の件ですが、まずは状況から……」


 主導権を握ろうとした監査部の担当者が、資料を開こうとしたその瞬間。


「先に、こちらから説明します」

 佐藤の声が、抑揚なく会議室を貫いた。


 全員の視線が集まる。

 ほんの一瞬、間があったが、誰も止めなかった。


 佐藤は淡々と、かつ高速で事実を提示した。

 処理の流れ、判断基準。

 そして「もし問題が起きているとしたら、どの工程か」というリスクの分岐点。


「以上です。なお、万が一こちらに不備があった場合のリカバリー案も、最終ページに記載しています。……何か、これ以外に不明点があれば質問を受け付けます」


 会議室に、真空に近い静寂が流れた。


「……つまり」

 誰かが困惑したように言葉を継ぐ。

「経理としては、現行の処理に瑕疵かしはない、と?」


「はい」

 佐藤は即答した。

「少なくとも、現時点で確認できる全ログの範囲では」


 その「少なくとも」という、相手の逃げ道を先に潰すための釘が効いた。


 佐藤の潔い先制によって、責任追及に費やされるはずだった時間は消失し、議論は「では、次どうするか」という建設的なフェーズへ強制的に移行した。



 会議が終わり、廊下に出たところで、若杉が声をかけてくる。


「今日どうしたんすか。なんか先制攻撃みたいでしたけど」


「攻撃ではない。説明のシーケンスを、前倒ししただけだ」


「それを世間では攻めって言うんすよ」


 若杉は楽しそうに笑った。


「佐藤の先制パンチ、今日はキレキレだったっすよ」


「……守るために、順番を変えただけだ。黙っていると、不当な役を押し付けられるからな」


「合理的っすねぇ、相変わらず」


「当然だ」



 その夜、佐藤はいつも通りの時間に帰宅した。

 特別な達成感があるわけではない。

 ただ、いつもなら会議後に感じているはずの「澱のような疲労」がない自分に気づく。


 先に動いただけで、余計な摩擦を回避できた。


 それだけのことだ。


 佐藤はカバンを置き、ネクタイを外す。

 鏡に映る自分は、いつも通り「正解」の顔をしていたが、ほんの少しだけ、いつもより身軽に見えた。



 ――たまには、こういうやり方も悪くない。



 そう思った自分に、ほんの少しだけ驚きながら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ