1.25 誰かが覚えている
monogatary.com 2026年1月25日のお題『ガクチカ』について投稿したものです。
今回、情景文なしの会話形式メインで書いてみました。
「そういえばさ、若杉って学生の頃、何やってた?」
「急っすね。なんすか、思い出話大会?」
「いや、なんとなく。君の履歴書というものが、どうにも想像つかなくてな」
「なんとなく怖いなぁ。じゃあ適当に答えますよ。学内のイベント手伝いとか、そんな感じっす」
「イベント? 実行委員とかか」
「そんな立派なもんじゃないっす。人足りないとこに顔出す係。ステージの搬入とか、買い出しのパシリとか」
「それ、役割としては何になるんだ?」
「うーん……何でも屋、っすかね」
「一番説明しにくいやつだな。エントリーシートには何て書いたんだ」
「いや、書けないっすよ。だから誰も覚えてないし、形にも残ってない。ただの雑用ですから」
「責任者とかの経験は?」
「途中から会計。……あ、これ、佐藤に言うと怒られそうだな」
「途中から?」
「前の担当が飛んじゃって。誰もやりたがらないから、気づいたら俺がレシートの山と格闘してた」
「引き継ぎもなしに、よくやるな」
「やらないと学祭が終わらないんで。動くしかないっしょ」
「トラブルは?」
「毎回ありましたよ。音響が遅れたとか、機材が壊れたとか。そういう時、みんな誰かのせいにしたがるんすよねぇ。『あいつの確認不足だ』とかさ」
「典型的だな。それで君はどうした?」
「とりあえず、俺が謝る役」
「謝る役? 君のせいじゃないだろ」
「いや、誰かが頭下げたらその場は収まるじゃない。犯人探ししてる時間、もったいないし」
「……合理的とは言いにくいが」
「でも空気は落ち着くんすよ。それで赤字も出さずにすんだ。たまたまっすけどね」
「それを“たまたま”で済ませるのが、君らしいな」
「なんすか、その上司みたいなトーン」
「同い年だ。……今の仕事に、その経験は活きてると思うか?」
「どうなんだろ。考えたことない。その場その場で必死なだけなんで」
「問題起きたとき、君はまず、人の顔を見るだろ」
「あー……、言われてみれば、見ますね。誰が一番テンパってるかな、とか」
「俺は逆だ。先に仕組みを見る。どこでシステムがエラーを起こしたかを特定する」
「知ってるっす。佐藤の得意分野だもんね」
「だから、仕組みが正しく動いているのに問題が起きると、想定外の事態に弱い。……正論を言っているのに、誰も納得していない、そんな状況が、最近よくあるんだ」
「……」
「佐藤はさ、学生の頃からずっと、正解を選んでた感じ?」
「……ああ。最適解を選び続けてきた自負はある」
「でも今、その顔してるってことは……正解だけじゃ足りないってことなんすかね」
「若杉。君はもう一度学生に戻れるとして、同じことをするか? そんな、誰にも覚えてもらえない謝り役を」
「……たぶん、しますね。ほかにできること、思いつかないし。それに、その時隣で笑ってた連中の顔は、俺が覚えてるんで。――それで十分じゃないっすか?」
「そうか……」
「俺の話、説明しづらいでしょ。就活、普通に詰みかけてたし」
「ああ。少なくとも、経理の面接なら私は落としているかもしれない」
「正直っすねぇ。でも、今こうして隣にいる」
「運……だろうな」
「でも、悪い使い方じゃなかったかなって。そう思いません?」
「……君の話は、正解じゃないのに、否定もできない」
「それ、めちゃくちゃ褒めてます?」
「どうだろうな。……ただ、少しだけ、羨ましいとは思ったよ」
若杉の話は、履歴書には書けない。
成果も、肩書きも、数字も曖昧で、再現性もない。
それなのに、私の整然とした経歴よりも、彼の記憶の断片の方が、ずっと暖かそうに見えた。
私はこれまで、空白を埋めることばかり考えてきた。
選択肢を絞り、無駄を削り、最短距離を走ってきたはずなのに。
彼の歩いてきた道は、遠回りでも失敗でもなく、ただ『そこに人がいた』という動かしがたい事実の集積だった。
説明できない経験を、説明しようとしないまま抱えている彼。
私は初めて、自分の積み上げてきた経歴が、少しだけ心許なく感じられた。
それは、どこにも記録されていないのに、確かに誰かの中に残っているものがあると、知ってしまったからだ。




